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2015.08.13

天野純希『風吹く谷の守人』 少女は戦国の理不尽に立ち向かう

 最近は戦国武将を主人公とした歴史小説のイメージが強い天野純希ですが、歴史の中に埋もれたごく普通の人々――特に若者たちの姿を描く名手でもあります。凄まじい戦闘力を持ちつつも人の心を忘れぬ少女を中心に、平凡な若者たちが必死のサバイバルを繰り広げる本作も、その系譜に属する作品です。

 越前国の山村で育ての父・源吾とともに暮らす結衣は、女らしいことは苦手ながら、身のこなしや弓矢の扱いは男顔負けの少女。
 両親を失って姉と共に放浪する中、何者かに襲われて姉も失い、やはり放浪中だった源吾に拾われた彼女は、村に受け入れられて平和に暮らしていたのですが……

 その頃の越前は、朝倉義景が信長に討たれ、その後釜を巡って土豪が争い、さらにそこに信長の支配に反発する一向宗が介入することにより、混沌とした情勢。 結衣の村からも若者たちが一向宗に徴発され、信長の軍との戦いに駆り出されておりました。
 そんな中で村を襲った野伏りたちを、圧倒的な戦闘力を発揮して屠った結衣。実は彼女には、彼女自身が記憶の底に封印していた、忌まわしい過去があったのです。

 その過去と向き合いつつも前向きに生きようとする結衣。しかし、一向宗の専横に反発した村々は一向宗に滅ぼされ、さらにそこに来襲した信長軍の圧倒的な軍勢の前に、結衣の周囲の人々も、次々と命を落としていくこととなります。
 村の人々を守るために、必死に戦う結衣たち。しかしその前に最悪の敵が――


 幼い頃から無敵の戦闘技術を叩き込まれた少女というのは、現代アクションものなどではしばしば見る設定でありますが、時代ものではかなり珍しい部類に属するものでしょう。
 本作はそのシチュエーションを、しかし違和感なく取り込み、迫力と説得力あるアクションが描かれていくこととなります。

 特に中盤以降からラストに至るまで――信長軍が越前に来襲して以降の展開は、まさに怒濤というべき勢い。
 次から次へと繰り広げられる死闘と、その中で失われていく数多くの命を描く筆の勢いは最後まで全く衰えることなく、一気に結末まで読まされてしまった次第です。

 しかし――本作の魅力は、そのアクションサスペンスとも言うべき部分のみにあるわけではありません。
 本作の最大の魅力、それは乱世の中でつましく、それでも平和に生きてきた人々が、あまりに理不尽な戦乱の中において、必死に生き抜いていこうとする、その姿にあります。

 本作の背景である越前国一揆に限らず、戦国時代の戦の記録――いや、それを扱ったフィクションの多くにおいて描かれるのは武士あるいはそれに類する層の姿でありましょう。
 そこにあるのは、言うなれば上からの視点であり……この時代の大多数に属するであろう庶民の姿は、武士たちの姿に隠れてしまっているやに感じられます。

 それに対して本作は、一貫して武士たちの理不尽に翻弄される庶民の立場から、物語を描いていきます。
 比較的平和な時期の穏やかな村の暮らしが描かれる本作の前半部分と、一転して理不尽な死の連続が描かれる後半部分と――そのギャップが激しければ激しいほど、翻弄される人々の味わう悲しみ、恐怖、怒りは、我々の心に突き刺さります。

 特に作中に登場する村の若者たちは、冒頭に述べたように作者一流の瑞々しい描写でもって一人一人のキャラクターが掘り下げられるだけに、彼らが見たもの、経験したものが、痛いほど伝わってくるのであります。そして結衣もまた、そんな若者の一人であることはいうまでもありません。

 確かに、彼女は普通の若者とは異なる力と過去を持ちます。しかし、それもまた戦国の理不尽の生み出したものであり、彼女自身はあくまでも一人の少女に過ぎません。
 そして何よりも彼女自身がその力に――言い換えれば戦国の狂気に――飲み込まれることも潰されることもなく、一人の人間として生き抜こうとする姿は、理不尽の先にある明日を信じ、掴もうとする人間の強さの象徴として感じられるのです。


 奇想豊かな(彼女の過去に関係する人物のあまりの意外さに仰天!)戦国アクションであると同時に、歴史に翻弄される人々の悲しみと、それに負けない人間の強さを描く――天野純希という作家の魅力が詰まった作品であります。


『風吹く谷の守人』(天野純希 集英社) Amazon
風吹く谷の守人

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