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2015.08.20

『弁天の夢 白浪五人男異聞』 戦い続ける五人男の熱きバトル時代小説

 派手に江戸を荒らし回る日本駄右衛門以下五人の盗賊・白波五人男。その一員である弁天小僧と赤星十三郎は、それぞれ謎の女に騙され、殺人者の汚名を着せられてしまう。その背後に蠢くのは、大老・井伊直弼の下で暗躍する隠密集団。この喧嘩を買って出た五人男と隠密たちの真っ向勝負が始まる。

 矢野隆の最新作の題材は白波五人男――歌舞伎などでよく知られたピカレスクヒーローであります。しかしここで登場する五人男は、従来のものとはひと味違ったもの。
 バトル時代小説の第一人者である作者らしい、常に戦い続ける男たちなのであります。

 と、バトル時代小説とは見慣れない表現かと思いますが、それも道理、私が勝手に作った――それも、ほとんどただ一人の作家の作品にのみ使っている表現。そしてその作家こそが、本作の作者である矢野隆なのであります。

 デビュー作の『蛇衆』以来、作者の作品の多くで描かれるのは、苛烈な戦いに身を投じ、ただひたすらに戦い続ける者たちの姿。

 戦う理由、戦う相手、戦いの形は様々あれど、彼らに共通するのは、己の命を削るように戦いに身を投じながらも、いやそれだからこそ、戦いの中でこそ己の存在の意味を知り、それを高らかに謳い上げることができる――そんな戦う者の姿なのです。

 そして最初に述べたとおり、本作もその系譜の先にある作品であり……そしてもちろん本作で戦う者は、タイトルロールたる弁天こと弁天小僧菊之助をはじめとする白波五人男であります。

 河竹黙阿弥の白浪五人男のリーダー、日本駄右衛門のモデル・日本左衛門は江戸時代中期――吉宗の時代に暴れ回った盗賊ということもあって、これまで五人男を扱った作品もその時代近辺を舞台としたものが多い印象がありますが、本作の舞台はなんと幕末。
 それも彼らが戦う相手というのが、当時の幕府の最高権力者……大老・井伊直弼の下で汚れ仕事を一手に引き受けてきた隠密集団というのが本作の独自性でありましょう。

 元々は天下の政道のことなどとは全く無縁の五人男、井伊直弼と対立するつもりも毛頭なかったものが、いわば権力者特有の猜疑心により勝手に狙いをつけられた、というのがそもそものきっかけではあります。
 しかし売られた喧嘩はきっちり買うのが彼らの流儀、巨大すぎる相手を前に、五人それぞれの想いと理由――彼らが彼らである理由、彼らがこの世にある理由――を胸に、死闘に向かうのです。

 そしてその戦いの中で自分を見つめ直すことになるのは、彼らだけではありません。
 隠密の頭である非情の男・名無、そして五人男を追い続ける南町奉行所与力・青砥左衛門(この辺りは黙阿弥からの引用)もまた、彼らを追ううちに、自らを縛るものに気づき、それを振り払ってまで、戦いの場に赴くことになります。

 かくて繰り広げられるのは5対500の大殺陣……あまりに豪快な数の暴力にはもはや唖然を通り越して楽しさすら感じてしまうのですが……
 しかし、『蛇衆』以来の無双描写は健在というべきでしょうか、当たるを幸いなぎ倒し、ただひたすらに前へ前へ――己の定めたゴールに突き進む姿から吹き付けてくるのは、作者ならではの熱い爽快さともいうべきものであります。


 作中の弁天や五人男の名乗りが黙阿弥のそれほとんどそのままなのはご愛敬と言ってよいか微妙ではありましょうし、五人男以外のキャラクターの書き込みが若干浅い点がある――折角一歩前に踏み出したかに見えたキャラクターたちが有耶無耶になってしまうのは残念――のは、惜しいところではあります。

 しかし、デビュー以来一貫して戦い続ける作者の、その作品の姿勢が全く変わることないのは何よりも嬉しいものであって……そして、そのままの姿勢で走り抜けて欲しいと感じるのであります。本作の五人男たちのように――


『『弁天の夢 白浪五人男異聞』』(矢野隆 徳間書店) Amazon
弁天の夢: 白浪五人男異聞 (文芸書)

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