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2015.09.19

東村アキコ『雪花の虎』第1巻 女謙信と長尾一家の物語始まる

 戦国武将を女性に、というのは最近ではあまり珍しくありませんが、しかしその中でも遙か以前から、それなりの説得力でもって女性説が流れる武将がいます。それは上杉謙信――その謙信女性説を踏まえたのが、『主に泣いてます』『海月姫』の東村アキコによる本作であります。

 自らを毘沙門天の化身と任じ、武田信玄をはじめとする名だたる戦国武将を向こうに回して一歩も引けを取らなかった名将――そんな謙信と女性というのは、これは意外な取り合わせのようですが、しかし本作の冒頭で作者が語るように、地元の伝承等でも、それなりに所以があるものとして語られている巷説であります。

 その割にはこの説を取り入れたフィクションがさして多くないのは、これは一つには、従来の戦国ファンの多くが男性だったからではないか……と考えるのは穿った見方でしょうか。
 本作の掲載誌『ヒバナ』も青年誌ですが、しかしその一方で、執筆陣が女性作家中心というユニークな雑誌。その同誌の特徴が、本作にも反映されているのかもしれない、とまで言うのは大げさですが、しかし謙信女性説があったからこそ、作者が本作を、初の歴史ものを描くきっかけになったことは間違いありますまい。

 越後の春日山城城主・長尾為景が待ちに待った第三子の誕生。長子の晴景は城主としてはあまりに柔弱、第二子の綾は娘――次の子こそは自分の後継者という為景の期待空しく、生まれたのは娘。しかし為景は彼女を姫武将にすると宣言、虎千代の名を与えるのでありました。
 かくて幼い頃から男として育てられた虎千代、後の謙信は、大器の片鱗を見せつつ、逞しく成長していくことに……

 というわけで、ある意味真っ正面から謙信女性説という題材を扱う本作。
 それでも全く違和感がないのは、この第1巻の時点ではまだ謙信が幼く、性差がさまで激しくないこともあるかもしれませんが、むしろ作者の硬軟織り交ぜた――どちらかというと後者がかなり多めの――筆によるところが大かもしれません。

 謙信女性説という異説も、しかし作中ではある意味必然のなりゆき。長尾家の人々や、彼らに仕える人々のユーモラスなやりとりは、それに説得力を与えるとともに、歴史物としての堅さ、重さをうまく中和した、自然な物語を生み出していると感じます。
(歴史ものとしての解説描写のページを大胆に上下二段に分け、下は作者曰く「ワープゾーン」として、歴史が苦手な人向けにすっ飛ばして見せるという荒技も楽しい)

 そして、私がそんな第1巻を読んで受けた印象は、むしろホームドラマ的なものがありました。謙信一人の物語というよりも、彼女を取り巻く家族の物語と――

 ある意味戦国時代の典型的な男女とも言うべき両親。父や謙信に似ず、争いを好まず学問や芸能を好む文弱の徒ともいうべき兄。どこまでも優しく慎ましやかな姉。
 確かに彼らは戦国時代の人々でありますが、しかし家族としての関係性は、人間としての生き様は、我々と変わらぬ血の通ったそれとして、自然に受け止められるのであります。

 そんな中でも、晴景の――戦国時代の男らしからぬ、そうなりたくともなれず、自分の代わりに妹が武将として育てられるのを受け入れるしかない彼の――抱える屈託は、本作ならではのものとして、そしてある意味現代の我々に一番近い存在として、特に印象に残ります。


 もちろんこうした印象も、先に述べたとおり、この巻の謙信がまだ幼いゆえ、ということはあるでしょう。
 今は男として、武将として生きることに疑問を抱かずとも、やがてどこかで齟齬が――彼女が望むと望まざると――生じることになる。その時に彼女が何を思い、どう動くか……

 それこそが本作の主題となるでありましょうし、それに対して周囲の者たち、なかんずく男たちがどう動くのか、それは大いに気になるところであります。
 林泉寺に預けられた謙信にとって、ある意味兄的存在である益翁宗謙、そして未だ見える時期にはなくとも不気味な存在感を見せる武田晴信(信玄)――特にこの二人のイケメンの動きは、謙信の、本作の今後に大きく関わっていくこととなりましょう。

 歴史ファンであってもなくとも魅力的であり、先が大いに気になる……そんな作品であります。


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