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2015.09.17

風野真知雄『卜伝飄々』(その三) そして時を超えて受け継がれるもの

 三回にわたって紹介して参りました風野真知雄『卜伝飄々』も今回がラスト。収録されている作品も、特にトリッキーかつユニークな内容のものが続くことになります。

『月を斬る』
 突然、月を斬りたいという想いに憑かれた卜伝。夜毎修行に励む卜伝は、若くして出家した公家の姫、都を騒がす公家盗賊、そしてあの松永久秀と思わぬ形で関わることに……

 ここからは書き下ろしとなります。
 これまでも老いてなお己の剣を高めんとする姿が描かれてきた卜伝ですが、ついに本作で卜伝が斬らんとするのは月。そしてもう一つ本作で重要な役割を果たすのは、彼がかつて瀕死の重傷を負った際、朦朧としながら彫ったと言われる月光菩薩像であります。

 そしてその像に目を付けたのが、あの松永久秀というのが面白い。前話の義輝と異なり、史実上で卜伝と関わりがあったかはわからない久秀ですが、奇妙な美学を持っていたと言われる彼のこと、本作での登場は違和感ありません。
 が、自分が彫ったと言われても全く記憶がない卜伝にとっては困惑するばかり。そうこうするうちに、自分が警護する姫君と、像を狙う盗賊、久秀の間に挟まれ、面倒に巻き込まれることになるのですが……

 同じ卜伝が(?)相対する、同じ月(を関する物)とはいえ、片や剣で斬らんとする対象、片や人を感動させ、敬虔の念を抱かせる仏像。全く正反対にも見えるこの二つが、しかし、実は意外なところで繋がっていた……
 という結末のひねりも面白いのですが、そこに本作の描く「剣」の一つの形があるように感じられるのも興味深いのです。


『鍋の蓋』
 京から旅に出たものの何者かにつけ回される卜伝。執拗に追ってくる相手を山小屋におびき寄せた卜伝の手にあったものは……

 実質これが最終話ですが、冒頭の無手勝流に対応するように、本作で描かれるのはやはり卜伝の有名な逸話、鍋蓋試合。斬りかかってきた相手の太刀をとっさに目の前の鍋蓋で受け止め、取りひしいだと言われるこの逸話、卜伝が登場する際には様々にアレンジを加えて描かれるのですが、問題はその相手。

 講談ではその相手はかの宮本武蔵なのですが、しかしこの二人、活動期間は実に半世紀ほどずれており、いかに晩年の卜伝とて、こうして対峙するはずはないのですが……しかし本作には、宮本武蔵が登場するのです。それも先祖や同名異人ではなく、吉岡清十郎との決闘を間近に控えた、正真正銘の武蔵が。

 果たしていかなる仕掛けでそれを可能としたのか……これはもちろんここでは述べませんが、一種の○○トリックとも言えるそれによって、虚実が、いや虚虚(?)が鮮やかに融合して一つの物語として成立したのには大いに感心いたしました。

 そしてこの趣向、それだけでなく「時を超えて受け継がれるもの」、それでいて同時に、「時が経たねばわからぬもの」の存在を描き出しているのが何とも心憎い。
 もちろんそれは卜伝の剣、いや卜伝の生き様そのものに重なってくるものであり――そしてそれは、これまでに描かれてきた卜伝の姿を思えば、見事に感動的な、掉尾を飾るに相応しいものとして、感じられるのであります。


 これまで、代表作である『耳袋秘帖』をはじめとして、老人を主人公とした作品を数多く発表してきた作者。同時に『若さま同心徳川竜之助』のように、一種剣豪もの的要素を持つ作品もまた、作者の得意とするところでありましょう。
 本作はそんな作者の二つの流れが一本に合流し、そしてそれがそれぞれの味わいをさらに増した、いわば集大成と言うべき作品であると感じます。

 そしてそんな卜伝の旅は最終話において、一つの美しい結末を迎えました。しかし、しかし卜伝の剣法探求の旅はまだまだ続きます。

 エピローグとも言うべき『塚原家後談』において示されるように、一つの境地に辿り着いたかに見える卜伝ですが、しかしまだまだ剣士として、人間として、彼の旅路には先があるのではあるはず。
 その更なる先を見てみたい……これだけの作品を楽しませていただいて贅沢なお話ですが、それが正直な気持ちであります。
(何しろ作者の『大奥同心・村雨広の純心』では、卜伝の剣のその先が描かれているわけで……というのはこれは半分冗談ではありますが)


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卜伝飄々

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