知野みさき『しろとましろ 神田職人町縁はじめ』 一つの理想像としての職人が残すもの
和風異世界ファンタジー『妖国の剣士』シリーズで活躍する知野みさきですが、本作は少々不思議な要素はあるものの、正真正銘の(?)時代小説、それも江戸市井の職人もの。恋よりも仕事を選んだ縫箔師のヒロインが、不思議な縁に導かれ、様々な出会いを経験する人情ものの佳品です。
主人公・咲は、早くに両親を失い、師匠の下で必死に修行を積んで独り立ちして数年の縫箔師(刺繍職人)。
師匠の息子とは互いに憎からず思う間柄だったものの、彼女が職人の道を行くことを望んだのに対し、相手が妻として家に入ることを求めたことからついに結ばれることなく、今は二十代半ばの独り身であります。
しかし彼女にとっては、今は仕事が面白くて仕方ない時期。やはり独り身で小間物屋を営む美弥に気に入られ、贔屓の客も増えてきたのですが……そんなある日出会ったのは、女たらしの優男ながら、細工の腕は超一流のかんざし職人・修次。
二人は、行く先々で出会うやんちゃで不思議な双子の子供「しろ」と「ましろ」に振り回されるうちに、様々な人々と出会い、職人として腕を振るうことになるのです。
正直に申し上げれば、本作はある意味鉄板の設定の作品。まだ駆け出しですが腕のいい職人が、市井の人々と出会い、様々な事件と出くわす中で、職人として、人間として成長していく……そんな、いわゆる職人ものの定番を、本作は踏襲しているのです。
さらに主人公は、恋よりも仕事を選びつつも、その状況に時に寂しさを感じなくもない二十代半ばの女性と、本作が収められた招き猫文庫が想定する読者層にジャストミート(すると思われる)設定であります。
しかしもちろん、鉄板の設定が作品のクオリティをそのまま保証するわけではありません。ありませんが、本作は間違いなく、よく出来た時代小説であります。
それはもちろん、本作の時代ものとしてしっかりと地に足の着いた描写と物語展開によるところが大でありましょう。
冒頭に述べたとおり、本作は作者にとって初の時代小説、和風ファンタジーと時代小説は似て全く非なるものではありますが、全くここに違和感がないのは、作者の地力の確かさと言うべきでしょうか。
何よりも感心させられるのは、先ほど鉄板と申し上げた職人もの+働くヒロインものとも言うべき設定を、きっちりと違和感なく、むしろ時代ものとして自然な形で昇華している点でしょう。
そもそも職人ものがサブジャンルとして成立するほど好まれる理由の一つは、「職人」が、己の腕一本で生きる、自立した存在として描かれる点ではないでしょうか。
もちろん全てがそうというわけではありませんが、おそらくは圧倒的に読者に勤め人が多い中、あくまでも己の腕で世の中を渡っていく職人の姿は、一つのあこがれでもありましょう。
そしてそれが女性であればなおさら……というのは失礼な表現かもしれませんが、一つの理想としての職人像に、本作のヒロイン(と彼女に投影される方々)が、非常にしっくりきているのは間違いありません。
そしてもう一つ職人ものが愛される理由は、職人が何かを――それも過去から現在に残り、現在から未来に受け継がれていくものを――作り出す存在であることでありましょう。
自分の仕事が単に世間に消費されていくだけでなく、誰かの想いを込めて、時代を超えて受け継がれていく……それは、全ての働く者にとって、一つの理想ではありますまいか。
そして本作において、咲や修次の作り出す品物は失われていくもの、失われて戻らないものを埋めるものとして描かれることとなります。
儘ならぬ生を送る中、時間とともに失われていくものたち……それを再び手にすることができたならば。決して叶わぬはずのその願いを叶える、小さな奇跡を咲と修次が生み出す様は、なかなかに感動的であります。
もっとも、いささかその奇跡に至るまでの過程が、出来すぎの感もあるのですが……しかしそれを導くのが、どうも人間ではないらしい、「しろ」と「ましろ」なのですから、それもまたありと言うべきでしょう。
まさに職人技を感じさせる鉄板の内容ながら、確かにこちらの想いに残るものを描く作品であります、
『しろとましろ 神田職人町縁はじめ』(知野みさき 白泉社招き猫文庫) Amazon

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