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2015.09.08

中島京子『かたづの!』 二重のユニークさが描き出す人間賛歌

 戦乱も過去のものとなりつつある17世紀、八戸南部氏当主・直政の妻、袮々を突然不幸の連続が襲う。夫と幼い嫡男の不審死とその背後で陰謀を巡らせる叔父で南部藩主・利直の影……家を守るために家督を継ぎ、奮闘する袮々(清心尼)を支えるのは、かつて彼女に飼われていた羚羊の一本角だった……?

 直木賞作家・中島京子の初歴史時代小説である本作は、大きく言って二つの点で極めてユニークな作品です。

 まず一つはその題材――本作の主人公は江戸時代初期に実在した、そして江戸時代を通じてただ一人の女領主、八戸そして遠野を治めた南部氏の清心尼なのであります。

 封建時代そのものである江戸時代において女性当主がいたというのは、恥ずかしながら正直に申し上げて本作を読むまで存じ上げませんでしたが、確かに彼女は実在の人物。
 その生涯も、本作に記されていることが――後に述べるある要素を除けば――ほぼ史実通りであります。

 すなわち、早くに夫と息子を亡くし、陰謀家の叔父から家を守るため、出家の身で当主となるも、遠野への国替えを命じられ、苦闘しながらも遠野南部氏の礎を築く……過酷な運命に翻弄されつつも、二夫に見えず、ただ家臣と領民が平和に暮らすために力を尽くした人物。

 あまりにもドラマチックな人物でありますが、しかし本作は、彼女を悲劇のヒロインとして描くのでも、いかにもな貞婦賢婦烈婦として描くのでもありません。

 そう、本作で描かれる清心尼は、決して聖女でも超人でもなく、喜怒哀楽のはっきりした、時にはっきりしすぎるほどのごく普通の女性。
 周囲の男たちの理不尽に怒りを爆発させ、武家の運命に翻弄される娘たちのことで深く悲しみ、時に周囲を心配させるほどのヘビースモーカーで……ここにいるのは、そんな血の通った一人の女性なのであり、そしてそれだからこそ、困難に挑んだ彼女の姿は感動的なのであります。


 が、本作はそんな彼女の姿を、途方もなく奇妙な視点から描き出します。それが本作のユニークさの二番目……なんと本作の語り手は、一本角の羚羊の、その遺された一本角――すなわち「かたづの」なのですから。

 まだ袮々が年若く、夫と幸せに暮らしていた時代、彼女と山で出会った一本角の雄の羚羊である語り手は、彼女と意気投合(?)、やがて彼女の近くで暮らすようになります。
 やがて寿命を迎え、いわば形見として切り取られた一本角。しかし彼の意識はその一本角に宿り、それどころか様々な霊異を起こして袮々を助けるのであります。

 本作の物語は、実にこの片角がその目(?)で見て、耳(?)で聞いたもの。
 不思議な片角の、時に分別くさく、時に単純素朴な語り口は、客観的に見ればあまりに過酷、理不尽に過ぎる袮々の人生を、本質を損なわない程度に和らげ、そしてどこまでもフラットな視点で――すなわち、過度に周囲を貶めも、彼女を賛美もせず――物語を綴っていくのであります。

 ちなみにに本作は片角だけでなく、彼と同様に命尽きた後も屏風の中で生き続けるぺりかんや、袮々に恋して彼女を密かに支え続ける河童(彼らが袮々について遠野への移住を決意するくだりは抱腹絶倒!)など、不可思議な存在も様々登場。
 片角同様、物語の空気を和らげ、そして独自の客観性を与えることに成功しているのであります。


 そして本作は単にユニークなだけでは終わりません。本作は、袮々と周囲の人々に、彼女の経験する物事に、折に触れて我々の暮らす現代の諸相を重ねて描き出します。

 災害により家族を奪われた者、理不尽に故郷の地を追われた者と彼らが味わう軋轢、つまらぬすれ違いから生じた人々の衝突、その中で無名の者となって暴走する若者たち……
 どこかで見たそれを、本作は作中に巧みに配置し、いつの時代も存在する人の生の中の悲しみや理不尽を浮かび上がらせるのです。

 しかしもちろん、いつの時代も存在するのは、それだけではありません。人の生の中の喜びや楽しみ――この世に悲しみや苦しみがあるからこそさらに輝きを増すそれを、袮々という等身大の女性の人生を通じ、本作は負けずに力強く謳い上げます。


 破格の歴史時代小説であり――そして同時に極めて美しい人間賛歌がここにあります。


『かたづの!』(中島京子 集英社) Amazon
かたづの!

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