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2015.09.18

藤村与一郎『振り子のお稲 水晶占い捕物噺』 テンポが魅力の父娘捕物帖

 時代小説界の外から来た作家だけではなく、いわゆる時代小説プロパーの――しかし新進気鋭の、新鮮な作家たちの作品も数多く収録されている招き猫文庫。本作はそんな作家の一人による、酸いも甘いも噛み分けた腕利き御用聞きと、不思議な水晶占いの力を持つ少女の絆を描いた人情捕物帖であります。

 上野辺りを縄張りとする御用聞きの彦十は、五十絡みの初老ながら、故あって今も独り身を続けている男。そんな彼が、水茶屋殺しの犯人を追う中で出会ったのは、一人の男勝りの少女――お稲でありました。

 赤ん坊の頃に親に捨てられ、人情に篤い桶職人の旦那に拾われて育ったお稲。
 最近、江戸の水の味が落ち、腹を壊す人間も出る有様。ここは一つ、自分たちで井戸を掘って皆の役に立てよう……と考えたお稲たちだったのであります。
(江戸時代の井戸は、桶を地中に埋めるタイプだったため、桶屋が井戸掘りを兼ねている……という設定)

 そして、実は殺人事件にも大きく関わっていたのが水の味。殺された水茶屋の主が、直前に口論していたという水売りの男の水は、一時期急に売り上げを伸ばしていたその水も、最近味が落ち、腹を壊す人間も出ていたというのであります。

 というわけで、井戸の水を縁に出会った彦十とお稲ですが、実はこの二人、深い深い因縁があります。それは、二人が生き別れの父子であること……

 かつて芸者の置屋で下男をしていた彦十が恋した店の芸者・お仲。お仲が身請けされたことで引き裂かれた二人ですが、しかしその時既にお仲の体には赤子がいたのです。
 そして、それが元で身請け先を追い出されたお仲が泣く泣く捨てた赤子がお稲だったのであります。

 その後十手持ちとなり、お仲を想いながら一人生きてきた彦十と、親切な桶屋のもとで家族同然に育てられてきたお稲と……ここにそうとは知らぬまま、父子が出会ったのであります。
(ちなみにお仲の方は、その後流転の果てに京都所司代の土井利位に見初められ、最愛の側室・来栖の方となった……とこれも波乱の展開)

 驚かされるのは、この二人の、いや三人の因縁が、物語のプロローグで早々に語られること(だからこそここに紹介したわけですが)。
 これにはいささか驚かされたのですが、因縁を早々に読者には明かしておくことにより、物語をスピーディーに進めると同時に、お稲と彦十たちの微妙なすれ違いを、時にやきもき、時にニヤニヤしながら読ませるというのは、なるほどこれは一つの見せ方かと思います。

 そんな本作の最大の魅力は、そのテンポの良さと言えるかもしれません。
 本作に収録されている全3話――上で述べた事件を描く第1話、江戸で二八は十六歳の遊女ばかりが何者かに殺されていく事件の謎を描く第2話、お稲にとっては兄貴分に当たる纏持ちの青年にかけられた付け火の疑いを晴らすために奔走する第3話と、いずれもそれなりに入り組んだ物語。

 しかしそれが彦十とお稲の活躍でスルスルと解きほぐされていくのは――それも、その一家の物語を絡めつつ――なかなか楽しい。
 正直なところ、いささかうまく話が転がりすぎるように感じられる部分はあるのですが、それも納得させられてしまう勢いがあります。


 ただ少々残念なのは、お稲がタイトルロールになっているにもかかわらず――つまり、ヒロインが主人公の捕物帖であるにも関わらず、彼女よりも彦十の視点がメインとなっていることでしょうか。
 彼女の最大の特徴である水晶占い(これがまたなかなか捕物帖の謎解きとバランス取りが難しいのはよくわかるのですが)の扱いも含めて、お稲の存在が十全に活かされていないのは、残念に感じます。第2話において、探偵役であったはずが実は……というお稲と物語の関わりなど、面白いものがあるだけに――

 しかしまだ彦十とお稲、彼女を取り巻く人々の物語は始まったばかりであるはず。特に土井家絡みでは幾らでも波乱を起こせるはずで、その辺りは続編が出るのであれば、そちらに期待したいと思います。


『振り子のお稲 水晶占い捕物噺』(藤村与一郎 白泉社招き猫文庫) Amazon
振り子のお稲 水晶占い捕物噺 (招き猫文庫)

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