風野真知雄『卜伝飄々』(その二) 生と死の曖昧な境に
風野真知雄が剣聖・塚原卜伝の老境を描く連作短編集『卜伝飄々』の紹介のその二です。今回はあの有名人も登場するのですが、しかしその造形と扱いはいかにも本作らしいのであります。
『蝿の殿』
旧知の日野城主・蒲生定秀を訪れた卜伝。三好家との緊張状態が高まる中、昔からの空気を読まない言動がより強まっている彼は、蠅を箸で掴めるかと言い出して……
風野作品に登場する様々なキャラクターたちの中で特に印象に残るのは、もしかすると「ちょっと困った人間」たちではないでしょうか。
主人公に成敗されるような悪人ではないものの、側にいると確実に迷惑で、時に害も及ぶような人物……作者のデビュー作である『黒牛と妖怪』の老いた鳥居耀蔵もそんなキャラクターでしたが、しかしそうした人々をバッサリと切り捨てることもしないのも作者の作品らしさでしょう。
本作の定秀もそんな人物ですが、卜伝はそんな定秀の振る舞いの中に、彼の背負うものを――自分がかつて捨てたものを――見出し、それが一つの救いとなるのが、何とも気持ちいいところなのです。
『半々猫』
かつて胸襟を開いた同年代の剣士・森一徳と三十年ぶりに立ち会った末、紙一重の差で斃した卜伝。しかし一徳が生きているという噂が流れ、確かめようとした卜伝は意外な成り行きに巻き込まれることになります。
伝説・伝承では無敵を謳われる卜伝ですが、しかし本作の彼は、それと自分が無縁であることを一番よく知っている人物。
かつて意気投合した同年代の剣士と立ち合った彼は、本当に自分が相手を斬ったのか、実は自分が斬られたのではないかという想いに取り憑かれることになります。
本作はそんな卜伝が意外な陰謀(?)に巻き込まれる姿を描きますが、タイトルの半々猫は、生きているのか死んでいるのか、曖昧なその境の象徴。
そしてその果てに待ち受けている、生と死の境がまさしく裏返しとなるようなどんでん返しと、そのさらに先にある残酷な結末からは、老いて初めて気付く生と死の境の微妙さを我々に突きつけるのであります。
『首無し地蔵』
朽木谷に潜む足利義輝を訪ねた卜伝は、城近くの石の地蔵の首が切り落とされているのを目の当たりにすることに。果たして誰が、何のために、如何なる技で斬ったのか……
風野作品には、ライトなミステリタッチの作品、それも日常の謎的なものを扱ったものが多く存在しますが、本書の中では、本作が最もその要素が強い作品でしょう。
見事に首を断たれた石の地蔵。卜伝でも不可能な所業をやってのけたのは誰なのか。さらにその後、地蔵の前で斬殺死体が見つかり、謎は深まります。
その謎解きも面白いのですが、さらに本作をユニークなものとしているのは、言うまでもなく義輝の存在。まだ十代のニキビ面の青年である義輝、将軍と呼ばれながらも京から逃げるしかなかった彼の鬱屈を、卜伝は思わぬ師弟対決を通じて受け止めることとなります。
そして同時にこの対決は、人を斬ること――剣士としては当たり前の行為ですが、しかし一人の人間としては異常な行為――を如何に昇華するかをも描き出すのであり……単純にそれをネガティブなものとして捉えない視点も、印象に残るところであります。
申し訳ありませんが次回に続きます。
『卜伝飄々』(風野真知雄 文藝春秋) Amazon

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