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2015.09.29

安部龍太郎『姫神』 遣隋使、真の目的とそれを支えた人々と

 九州の宗像一族の巫女・伽耶は、嵐の翌朝に漂着した新羅の青年・円照を助ける。彼は、争いの続く日本と高句麗・百済・新羅の関係を治めるための遣隋使計画に参加していた。宗像一族も小野妹子を送るために協力を求められるが、日本・新羅それぞれに存在する、遣隋使に反対する勢力が立ちふさがる……

 遣隋使と言えば、厩戸皇子(聖徳太子)の命で小野妹子が隋に向かい、国書が無礼だと皇帝から不興を買った……というのが、一般的な認識ではありますまいか。
 しかし聖徳太子が何のために最初の遣隋使を送ったのか、そしてその遣隋使を誰が運んだのか……考えてみればわからないことは様々にあります。

 本作はその謎の一つの答えとも言うべき物語。遣隋使を、日本のみならず高句麗・百済・新羅を含めた四カ国の融和のための壮大な計画として描く物語であり――そして、宗像大社に今も伝わる「金の指輪」にまつわる奇譚でもあります。

 本作の主人公は、新羅人商人の父と海の民・宗像一族の母の間に生まれた姫巫女・伽耶。彼女が、傷ついて岸に打ち上げられた新羅の青年僧・円照を助けたことから、彼女と宗像一族は、大きな歴史の動きに巻き込まれることになります。
 当時、日本をはじめ四カ国の思惑が複雑に絡み合い、幾度となく戦が繰り返されてきた朝鮮半島の争いを治め、安寧をもたらすための計画。円照は、その計画の新羅側の中心人物だったのであります。

 その計画こそが遣隋使――仏教という当時最先端の共通概念の下、四カ国が超大国たる隋の冊封下に入ることで、戦を抑止するという目的のため、隋に送られる外交使節。
 円照を救った縁から、そして何よりも当時の日本で最高レベルの航海技術を持っていたことから、宗像一族は聖徳太子より遣隋使を渡海させるための船を出すことを依頼され、伽耶、そして彼女の求婚者であり一族の長の嫡男である疾風も、ともに海を渡ることになります。

 しかし、日本にも新羅にも、いわばこの和平の動きに反発する勢力が存在。日本においてはかの蘇我馬子らが、そして新羅でも王の親衛隊・花郎徒が暴走し、一行は次々と危難に遭うことに……


 冒頭に述べたとおり、知っているようで知らない遣隋使という存在。本作はそこに日本に留まらないスケールの外交政策の存在を見ることで、全く新しい光を当てることに成功しています。

 その一方で、本作はそうしたいわば大所高所からのものに留まらない視点――宗像一族からの視点を設定しているのがまた面白い。
 日本と半島を、大陸を結ぶ海の民、宗像一族。彼ら自身、かつて大和朝廷に屈した一種の被征服民である一族が、しかしこれ以上の戦を起こさぬための力として活躍するというのは、歴史に人の息吹を通わせる試みとして、大いに評価できます。

 そしてその象徴が、本作の主人公であり、二つの国の血を引く――そして戦により両親を失った伽耶であることは間違いないのですが……


 しかし、本作の唯一残念な点は、その伽耶の存在感が今一つ薄いということでしょう。

 生まれや過去を背負い、使命に命を賭ける円照や、将来の宗像一族を背負う海の男として颯爽とした姿を見せる疾風、あるいは彼に憎まれ口を叩きつつも協力する他部族の安羅彦……男性陣は実に活き活きとしているのに対し、厳しい言い方をしてしまえば、伽耶は「イイ子」に留まっている印象なのであります。

 特にクライマックスの彼女は――そこに至るまでの全編がそうであったとも言えるのかもしれませんが――ある種の象徴的なものだと受け止めるべきものとはいえ、その行動に主体性が感じられなかったのがどうにも残念であります。

 あるいは、それは歴史小説の描くところではない、ということかもしれませんが、しかしドラマチックに飾っても良かったのではないか……正子公也による美麗なカバーイラストが印象的であるだけに、そう感じるのであります。


『姫神』(安部龍太郎 文藝春秋) Amazon
姫神

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