« 川原正敏『修羅の刻 昭和編』第1回 二つの意味で門の延長戦上の物語 | トップページ | 風野真知雄『卜伝飄々』(その一) 大剣豪の夢見たもの »

2015.09.14

あかほり悟『藍の武士 御用絵師一丸』 武士を捨て、武士に縛られ、武士を殺す

 あのあかほりさとるが、本格時代小説にチャレンジした……と話題を呼んだ『御用絵師一丸』の続編であります。苛烈な天保の改革を背景に、表向きは大奥の御用絵師、裏ではあらゆる毒を操る「毒師」として暗殺者の顔を持つ一丸の活躍を描く全4話の連作短編集であります。

 元は武士の家に生まれながらも、家督を弟に譲り、自分は絵師稼業の一丸。大奥の最高権力者たる広大院に気に入られてお抱え絵師となったのも有り難がろうという風もなく、飄々とその日を暮らす青年であります。
 しかし侍を捨てても彼につきまとうのは家伝の技。かの戦国の梟雄・宇喜多家(!)の血を引く彼は、代々伝わる毒使いの技を受け継ぐ毒師として、広大院の命の下、その技を振るうのであります。

 時あたかも天保の改革が庶民を締め付けていた……いやそれだけでなく、日本を強き国にするため、徳川家の完全な専制下に置かんとする――そのためには手段を選ばず、諸大名家を取り潰さんとする――水野忠邦が権勢を振るう時代。
 忠邦と、その走狗として暗躍する南町奉行・鳥居耀蔵が巡らせる陰謀を叩き潰すため、一丸は今日も筆を走らせるのであります。

 というわけで、今回もよくもまあ、と感心するほど様々な陰謀を展開する敵と対決することになる一丸ですが、それはとりもなおさず、各エピソードが極めてバラエティに富んでいるということでもあります。

 鬱屈の溜まった旗本の次男三男たちを「壮挙」と称して操り、大名潰しを企む陰謀に挑む第一話『真朱』。
 一丸の突然の蕎麦打ち修行が、意外な敵の存在と結びつく第二話『蕎麦色』。
 将軍家へ輿入れすることとなった大名家の姫君を襲うあまりに残酷で邪悪な罠を描く第三話『黒橡』。
 主家を立て直すために苛烈な手段をとる父と、それに激しく反発する子の間で一丸が哀しい選択を迫られる第四話『藍の武士』。

 人情話あり、ギャグあり、エロあり……基本設定を用意した上で、自由自在に物語を展開してみせる作者の腕前は、前作同様、今回も健在であります。


 もっとも、第二話・第三話は、片やあまりに底が抜けたような展開、片や嫌悪感を感じさせるような陰湿なエロと、個人的にはどうにも……というところだったのが、それを補って余りあるのが残る二話。
 特に表題作『藍の武士』は、本作でなければ描けない哀しい武士たちの姿を描いた作品として、強く強く印象に残ります。

 破綻寸前の藩の財政を救うため、広大院を通じ、幕府からの借財を願った筆頭家老。それは藩立て直しの唯一の手段であると同時に、藩にこれまで以上の緊縮財政を強いて、藩士を、そして庶民を苦しめる選択でもありました。
 そして、改革断行のため反対派を粛正し、藩主すら抑えつける筆頭家老のやり方に激しく反発する一派の先頭に立つのは、若年ながら傑物の片鱗を見せる彼の嫡男。孝心よりも忠義を、大義を取った彼は、父に対して強硬手段に出ることを決意するのですが……

 既に説明したように、一丸の裏の顔は暗殺者――命じられて誰かを殺すことを生業とする者であります。
 彼の主たる広大院が、決して悪人ではなく、そして仕掛ける相手が忠邦の走狗として人々を苦しめる者たちということもあって、そのネガティブなイメージとは縁遠い一丸。しかし命じられた者を殺さねばならないことには変わりはありません。

 そしてこのエピソードで一丸が命じられたのは……

 武士を捨てながらも、武士の世界の理に縛られ、武士を殺す。誰が悪いとも言えない状況において、被害を最小限にするために誰かが手を汚さなければならない――その「誰か」である一丸の背負った想いが突き刺さります。

 ちなみにこのエピソードにおいては、前作でもチラリと姿を見せたもう一人の江戸町奉行が本格的に登場、
 水野の目的に共鳴しつつもその手段には反発する――鳥居が水野の目的に興味を持たず、その手段を嬉々として利用するのと対照的に――決して単なる善人ではないが悪人でもないというそのスタンスは、本作の世界観に似合ったものであり、この人物の動向も大いに気になるところであります。


『藍の武士 御用絵師一丸』(あかほり悟 白泉社招き猫文庫) Amazon
藍の武士 御用絵師一丸 (招き猫文庫)

関連記事
 『御用絵師一丸』 絵師の裏の顔と、「今」と向き合う人々と

|

« 川原正敏『修羅の刻 昭和編』第1回 二つの意味で門の延長戦上の物語 | トップページ | 風野真知雄『卜伝飄々』(その一) 大剣豪の夢見たもの »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/62275164

この記事へのトラックバック一覧です: あかほり悟『藍の武士 御用絵師一丸』 武士を捨て、武士に縛られ、武士を殺す:

« 川原正敏『修羅の刻 昭和編』第1回 二つの意味で門の延長戦上の物語 | トップページ | 風野真知雄『卜伝飄々』(その一) 大剣豪の夢見たもの »