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2015.09.15

風野真知雄『卜伝飄々』(その一) 大剣豪の夢見たもの

 主に文庫書き下ろし時代小説のフィールドで活躍する作者が、「オール讀物」誌に連載してきた連作短編の単行本化であります。主人公となるのは、タイトルにある通り剣聖・塚原卜伝……齢七十に近づいた卜伝の飽くなき兵法探求の人生を、作者お得意のユーモアとペーソス混じりに描く作品です。

 15世紀後半に生まれ、鹿島古流と天真正伝神道流の流れを汲む新当流を生み出した。卜伝。一説によれば39度の合戦、19度の真剣勝負に臨みながら一度も敗れることがなかったと言われる伝説の人物であり、講談等の登場人物として、無手勝流や鍋蓋試合など、その逸話も広く知られた人物であります。

 そんな大剣豪でありますが、本作で描かれる卜伝は、既に晩年にさしかかった時代、名利を望むことなく、ただ己の剣を極めるために武者修行に出た――しかしどこか俗っぽさも抜けぬ、実に人間臭い姿。
 本作は、そんな卜伝が出会った事件を7つの短編(とエピローグ)から描く物語であります。以下、一話ずつ紹介していきましょう。


『南蛮狐』
 渡し船の上で絡んできた武芸者を島に置き去りにする「無手勝流」を披露した卜伝の後に付きまとう五助。自らを南蛮狐(ハイエナ)と呼ぶ、奇妙な生活を送る彼の前で決闘を行った卜伝は、その後に意外なものを見ることに……

 先に述べたとおり、卜伝の代名詞とも言える無手勝流。戦わずして勝つという、ある意味兵法の理想ですが、本作に登場する五助は、いわば戦わずして生きる男。
 卜伝が獅子だとすれば、南蛮狐を自称する五助の生き方は何となく想像できるかと思いますが、それに違和感を抱きつつも、しかし頭から否定しないのが卜伝ならではの、本作ならではの眼差しというものでしょう。

 結末で描かれる意外な光景も含めて、一筋縄ではいかない剣豪ものとしての本作を象徴するような出だしであります。


『鮟鱇の疣』
 いま京で評判の剣士を父の仇と付け狙う若い娘と出会った卜伝。彼女に剣術を指導するうち、何となくいいムードとなっていく卜伝ですが……

 タイトルの鮟鱇の疣とは、牝と交接した雄の鮟鱇がそのまま牝に吸収され、小さくなって消えてしまう姿を評したもの。何とも残酷かつ切ないものですが、本作において卜伝はこの疣になりたいと願うこととなります。

 剣を取っては無敵と謳われながらも、こと女性との関係においては非モテであった卜伝。浮き名を流さなくともよい、誰か一人との恋に全てを擲ちたい……鮟鱇の疣は、そんな「そうでなかった自分」の象徴なのです。

 もちろん今の道を選んだのは自分であり、かつて己を慕う女性を捨て、そして自分の妻を置いて武者修行を続けてきた卜伝からすれば身勝手とも言える言葉でしょう。
 しかしそこでスパッと割り切れないのが――そしてそこに厭らしさではなく切なさを感じさせるのが、本作の卜伝の人間臭さであります。


 大変申し訳ありませんが、長くなりますので次回に続きます(全三回予定)。


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卜伝飄々

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