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2015.10.21

黒乃奈々絵『PEACE MAKER鐵』第9巻 数々の新事実、そして去りゆくあの男

 もはや虚実どちらも曇る日しかない『PEACE MAKER 鐵』の最新巻であります。鳥羽・伏見の戦で大敗を喫した新撰組、愛する沙夜と思わぬ形で引き裂かれた鉄之助……悲しみを堪えて東に向かう彼らを、さらなる悲劇が襲うことになります。そう、鉄之助の親友であったあの男が――

 御陵衛士残党により近藤が負傷し、その傷も癒えぬままに突入した鳥羽・伏見の戦。しかし初めての近代戦には新撰組の猛者たちも勝手が違い、錦の御旗もあって幕府軍は惨敗を喫することに。
 そしてその戦の陰では、土方たちの後押しもあり、戦を離れて――そしてその陰には新撰組を離れろという周囲の想いもあったのですが――鉄之助は沙夜を身請けするために島原に急ぐのですが、しかし一足遅く沙夜は別の男に身請けされて……

 と、これだけであればまだ、悲しいすれ違いで済むのですが、実は身請けの背後には鉄之助に偏執狂的憎悪を抱く北村鈴がいた、となれば、話は全く変わってくることになります。
 前の巻は、沙夜の前に鈴が現れるという、実に心臓が悪いシーンで終わったのですが、この巻で描かれるのは直後から。これまでの鉄の、新撰組の不幸のほとんどの背後に鈴がいることを思えば、いやな予感しかしないのですが――しかしその予感は半分当たり、そしてもう半分は全く意外な形で覆されることとなります。

 それは鈴というキャラクターに対する見方を一変させかねぬものであり(ああ、本物だったのか、という気もいたしますが)…そしてこの先の沙夜の、鉄の運命にも大きく関わりかねぬもの。これが救いとなるか、さらなる闇を招くか、気になるところであります。


 と、意外な新事実が描かれるこの巻ですが、しかしメインとなるのは、鉄之助たちと、ある隊士との別れであります。
 新撰組ファンであればこの時期に何が起きたのか良くご存じでありましょうから書いてしまえば、ここで描かれるのは、山崎烝の最期……それであります。

 大なり小なり、フィクションとして様々なアレンジが施されている本作の新撰組隊士たち。その中でも山崎は、最も大きなアレンジが加えられていると言ってもよいかもしれません。
 何しろ本作の彼の正体は忍び――双子の姉・歩(あゆむ)とともに、表裏一体の忍びとして活動してきた青年なのですから。

 当初は、その如何にも忍びらしい鉄面皮ぶりで鉄之助たちと距離を置いてきた烝。しかし第一部とも言うべき『新撰組異聞PEACE MAKER』のクライマックスにおいて歩を失い、初めて感情を露わにした彼は、それをきっかけに鉄の親友として活躍してきました。

 史実においては鳥羽・伏見の戦いで深手を負い、江戸に撤退する船上で亡くなったという山崎。しかし本作においては、人の死ぬ日時が読めてしまう斎藤一の助けもあり、撤退の時まで無傷でいたのですが……
 そんな彼が何故、何のために命を落とすこととなったか。詳しくは書きませんが、それはまさしく本作の山崎ならではの行動ゆえであり――そしてそれは悲劇に終わったものの、忍びではなく、まさしく一人の人間として生き抜いた彼の成長を描くものであったと言うことは許されるでしょう。

 もちろん、そうだとわかっていても、親友の死を背負うこととなった鉄の表情と、そして山崎の前に姿を見せた彼女には、涙腺が決壊させられるのですが……
(その一方で、あのキャラクターの瞳からどんどんハイライトが失われていくのは、予想できていたとはいえ本当にツラい)


 さて、それでも戦いはなおも続きます。早々に恭順の意を固めた将軍に対し、隊士たちの命を背負い、生き抜くための戦いをあくまでも続けようとする土方。一度は江戸に戻った彼らは、新たな戦場に向かうことになるのですが……

 しかし、江戸には土方に、近藤に、そして鉄にとっても、決して忘れてはならぬ人物がいます。そう、沖田総司という男が。
 病の床に伏した沖田――ここでも意外な新事実(?)が描かれるのですが――に対し、近藤と土方がかけた言葉とは、そしてそれに対して沖田は……またもや気になる場面で、この巻は終わるのであります。

 ……と思いきや、次の巻の予告頁では、早くもこちらの胸が張り裂けそうになるシーンが!
 もう本当に勘弁して下さい、と思いつつ、しかしそれでも、虚実の悲劇が絡み合った末に何が残るのか、それを見届けないわけにはいかないという想いに突き動かされるのであります。


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