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2015.10.25

相場英雄『御用船帰還せず』 不可能に挑んだ四人のプロフェッショナルたち

 将軍綱吉に見出され辣腕を振るう勘定吟味役・萩原重秀は、金銀本位制の限界を悟り、禁断の貨幣改鋳に着手しようとしていた。そのための空気を作るため、彼が計画した奇策、それは十万両を積んだ御用船を強奪することだった。重秀を支えてきた隠密集団・微行組はこの難題に挑むが……

 経済小説・警察小説で活躍してきた相場英雄の初時代小説は、極めてユニークな内容であると同時に、作者の得意分野を活かした作品であります。

 本作の中心となるのは、元禄期に活躍した経済官僚・萩原重秀。時代ものでの貨幣改鋳によって超インフレを引き起こし、その最期も銀座の汚職事件に連座してという説もあり、どうにも悪役というイメージがつきまとう人物であります。
 が、本作では最近の説を踏まえ、重秀を、経済が急速に発展した元禄期の状況を踏まえた一種のリフレ政策という、当時の状況を考えれば大変に先進的な手段を取った人物捉えているのが、まずユニークであります。

 が、本作は重秀像を単純に善玉に逆転させるということはいたしません。本作の重秀は、経済官僚としては優秀ながら、人間としては大きく欠落した人物――人間心理というものをほとんど全く忖度せず、ただ効率性を基準として動く……そんな人物なのです。

 そんな彼が動くとき、当然ながら周囲との軋轢は避けられませんが、そこで彼を支えるのが私設の隠密組織とも言うべき「微行組」。
 それぞれ柔術、絵と剣術、手妻とスリ、双鉤填墨(複写術)を得意とする四人の男女。本作では重秀を支えて裏の実働部隊として――そして本作の実質的な主人公として――彼ら4人の工作プロが一国を敵にして活躍することとなります。

 その微行組の手を借りて、汚職幹部の摘発などに大鉈を振るってきた重秀ですが、しかし彼にとっても、貨幣改鋳は大仕事。
 それもそのはず、それまで小判に含有されていた金の量が減るということは、金本位の商人たちにとってみれば、自分たちの財産が減ることにほかなりません。

 しかし幕府の財政は悪化の一途、御用金の産地である佐渡の金山も、産出量を減らしている時代、何とか貨幣改鋳を成功させるため、重秀が見出した策、それは金を運ぶ御用船を強奪すること――


 と、何故御用船強奪が貨幣改鋳に繋がるかはここでは伏せますが、本作はその半ば辺りから、この不可能ミッションに向けて盛り上がりを見せていくこととなります。
 言うまでもなく厳重に警戒された御用船に、如何に潜入するか。そしてそこに潜入することが出来たとしても、船を操る手段を如何にするか。元々の乗組員たちをどうするか?

 この難題に、一つ一つ策を積み重ねていく微行組。しかし、彼らの活動を心良く思わぬする北町奉行所与力、そして隠密廻同心が、彼らの前に立ち塞がります。
 これまで重秀に文字通り詰め腹を切らされた者たちの怨念を背に、ダーティーな手段も用いながら微行組を追い詰めていく奉行所ですが――

 しかし、ここで奉行所側を悪とも、微行組を善とも単純に言い切ることはできますまい。
 確かに商人から賄を受け取るなど、現代の視点から見れば眉をひそめるような行動を取る奉行所サイドですが、しかし当時としてみればある意味それも当然のこと。彼らとしてみれば、彼らなりに社会秩序を守るために行動しているのであります。
 そして微行組サイドも、重秀の私設組織であるということは、つまり公ではない、非合法組織であり、その目的も犯罪スレスレのものがあります。

 そして何よりも、重秀を含めた微行組サイドも、奉行所サイドも、なかなか完全に感情移入しにくい人物造形とすることで、果たしてどちらが正しいのか、どちらを応援すべきか――そしてどちらが勝つべきなのか、単純に判断しにくくしているのが、なかなかに面白いのであります。
(もっとも、これはどこまで意図したことかはわかりませんし、微行組にはもう少し行動理由に感情移入したかったところですが……)


 何はともあれ、ユニークな題材を、それに輪をかけたユニークな切り口で料理してみせた本作。
 冒頭に触れたように、本作は作者の初時代小説とのことですが、これからも枠にはまらない作品に期待したいところであります。


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御用船帰還せず

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