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2015.10.29

澤田瞳子『与楽の飯 東大寺造仏所炊屋私記』(その一) 無名の人々と食を通じた大仏建立譚

 奈良東大寺の毘盧遮那仏、いわゆる奈良の大仏を扱った作品は少なくありませんが、本作はその中でも極めてユニークな作品でしょう。『東大寺造仏所炊屋私記』の副題が示すように、本作の中心となるのは炊屋(食堂)――造営作業で働く者たちの姿を、その炊屋を通じて描く連作短編集なのであります。

 建造が始まったばかりの東大寺の大仏造営事業に、3年の間働く仕丁として徴発されてきた青年・真楯。到着早々、重労働の造仏所に配属となってしまい、落胆した彼は、仕丁頭の猪養に連れて行かれた造仏所の炊屋(食堂)で、大きく驚かされることとなります。
 それは、そこで出される食事があまりに旨かったこと。炊屋の炊男・宮麻呂は、その絶品の腕をふるい仕丁たちを食事で支える名物男だったのであります。

 かくて、宮麻呂の飯を食いながら、真楯は同じ境遇の仲間たちと夫役が終わる日を夢見て頑張るのですが、造仏所と炊屋の周りでは、次から次へと騒動が……


 というわけで、「小説宝石」に掲載された作品七編を集めた本作ですが、やはり感心させられるのは、大仏建立という大事業を、炊屋を、日々の食事を通じて描いたことでしょう。

 幾度か戦乱に傷つき焼かれながらも、今もなおその偉容を我々に見せてくれる奈良の大仏様。千年以上も前に、これほどのものを建立するのは、確かに政治・宗教的にも、あるいは純粋に技術的にも、歴史に残る偉業であることは間違いありません。
 当然というべきか、冒頭に述べたようにこれまでの作品は、この大仏建立をある意味大所高所から――あるいはそうでなくとも、本作にも登場する行基のような仏教者を通じて描く作品が大半であったという印象があります。

 それに対して本作に登場する人物の多くは、歴史に名を残すこともない、いわば一介の労働者たち。しかし、例え華々しい業績とは無縁であっても、彼ら一人一人が汗水流して働いたからこそ、大仏は存在するのであります。
 そしてそんな彼らにとって不可欠であり、そしておそらくは数少ない楽しみが食事であったことを思えば――本作の着眼点の見事さには、感心させられるばかりです。

 本作で描かれる、真楯をはじめとする仕丁や奴婢といった人々が出くわす騒動は、工事現場での思わぬ事故であったり、故郷を恋しがっての脱走であったりと様々。
 そればかりではなく、他の部署との軋轢や、大仏建立の方針を巡る上つ方の衝突であったりと――視点はあくまでも地に足がついたものであるものの――一作一作異なる趣向が凝らされた物語は、どれも魅力的であります。

 どれだけ華やかであっても、やはり自らの意志と関係なく仕丁に駆り出された人々にとっては大仏建立は苦役。
 それだけに、彼らを通じた物語は、半ば必然的に暗く重いものとなりかねないのですが――しかしやはり料理、食事といった要素を解するからでありましょうか、そそれだけに終わらず、どこかユーモラスで、何よりも暖かい空気がどの作品にもあるのが、何とも気持ち良いのであります。


 そして……少々長くなるので次回に続きます。


『与楽の飯 東大寺造仏所炊屋私記』(澤田瞳子 光文社) Amazon
与楽の飯 東大寺造仏所炊屋私記

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