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2015.10.14

奥山景布子『たらふくつるてん』 「笑い」で道を切り開いた男

 京で塗師をしていたうたつのあがらない男・武平は、武家の奥方殺しの濡れ衣を着せられ、命からがら江戸に逃げる。そこで話術の才能を見出された武兵衛は、鹿野武左衛門と名乗り、噺家として頭角を現していく。しかし、思わぬことから筆禍事件に巻き込まれた彼の運命は……

 落語というと、何となくずっと昔からあったような気持ちになってしまいますが、実は今のような形となったのは、17世紀も終わりに近づいた頃。
 そして京や大坂でも噺家が生まれる中、江戸で身振り手振りによる「仕方噺」を生み出し、江戸落語の祖と呼ばれるのが、本作の主人公・鹿野武左衛門であります。

 武左衛門の前半生については、大坂生まれであることや塗師であったこと程度しかわかっていないようですが、中年になって才能を開花させ、瞬く間に人気者となったようであります。
 その晩年は、筆禍事件に巻き込まれて伊豆大島に流刑となり、6年後に帰ってきたものの、その年に亡くなったという(当時の文人・芸人にまま見られるような)最期を遂げたと言われていますが……

 さて、わかっているようでわからない部分も多い武左衛門の一代記を、本人の噺に負けず劣らずユニークかつ波瀾万丈な物語として、本作は描き出します。

 何の取り柄もなく、うだつの上がらない男だった武平。人と話すのも苦手で、唯一の楽しみは芝居や噺など、芸事を見物することだったのですが、それが元で女房に愛想を尽かされて逃げられるような男だったのですが……
 その彼が何の因果か、武家の奥方殺しの濡れ衣を着せられて江戸に逃亡、そこである日出会った横柄な絵師・石川流宣に噺の才能を見出されたことから、彼の運命は大きく変わることになります。

 流宣や仲間の風流人たちの引きで、辻噺から座敷噺、小屋を掛けての噺へと、様々な場で己の作った噺を語る武平。とある出来事がきっかけで、鹿野武左衛門なる名を名乗ることとなった彼は、ひいき筋や仲間にも恵まれ、噺家として成長していきます。

 しかし気がかりは、自分を奥方の仇と信じ込んで探し回る侍の存在。さらに、自分を追ってくる後輩噺家の登場に、流宣との仲違いなど、楽しいことばかりではありません。
 そして何よりも、時の将軍・綱吉の、生類哀れみの令をはじめとする庶民への締め付けが、徐々に笑いの世界にも迫ってくることに……


 芸道ものの魅力の一つは、生まれや育ちに関係なく(というのはあくまでも理想ですが、その理想も魅力のうち)、主人公が己の才能と努力のみでもって、芸の道を切り開き、ただ一人で周囲の世界と対峙することができる――その点にあるのではないかと常々思っています。

 その意味では本作は、題材が題材だけにどこかユーモラスな空気は始終漂うものの、それだけに、「笑い」で以て、前代未聞の落語の世界を作り出していこうという武左衛門の想い――喜び、悩み、悲しみ、迷いが、より鮮烈に伝わってくるように感じます。

 そして芸道ものでは一つの定番とも言うべき、時の権力との対峙も、上で述べたとおり本作の重要な要素となるのですが……
 しかし、ほとんどの作品が、芸術の力を高らかに掲げ、一つの希望を見せるのに対し、本作の武左衛門のスタンスは、それとはまた異なる形で、一種開き直ったかのような形で示されるのはなかなか興味深い。

 個人的には別の描き方もあるのではないかな、と思いつつ、これはこれで一つのリアルであり――そして今の空気の一つを切り出したものではありましょう。


 さて、本作の主人公は実在の人物。その人生の結末は、冒頭に述べたとおり(と言われているの)ですが……さて、本作はそれにどのようなオチをつけてみせるのか。
 ある意味反則、ある意味お約束のオチかもしれませんが、しかし、やっぱりこうでなくっちゃ! と、喝采できるものであることは間違いない……というくらいは許されるでしょう。


『たらふくつるてん』(奥山景布子 中央公論新社) Amazon
たらふくつるてん

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