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2015.11.11

立花水馬『虫封じます』 人情と謎解きと伝説の医学書と

 お夕の暮らす貧乏長屋にある日ふらりと現れた青年・薄羽影郎(すすきばかげろう)。疳の虫に苦しむ子供をあっという間に治した彼の生業は、人の体に潜む虫を封じる「虫封じ」だった。長屋に住み着き、お夕を助手に虫封じ稼業をはじめた影郎の前には、様々な虫に憑かれた人々が……

 2010年にオール讀物新人賞を受賞した表題作をはじめとする、なかなかにユニークな短編連作集であります。
 本作の題材となっているのは「虫」――それも昆虫などではなく、冒頭で紹介しているとおり「疳の虫」といった、人を病にするという想像上の虫。その虫を人から抜き出す力を持つ青年・薄羽影郎が、本作の主人公となります。

 常陸の国の郷士で、江戸に出てきたばかりだという影郎。虫封じの法を会得しているという彼は、ほとんど行き倒れ寸前の状態でヒロイン・お夕の前に現れ、長屋の子供の疳の虫を封じたことがきっかけで、そのまま長屋で虫封じを開業することとなります。
 しかし影郎は、貧乏人相手には診療代を取るどころか、かえって金を与えてしまうほどのお人好し。見るに見かねたお夕は、半ば押し掛けのような形で彼の助手となり、ともに様々な不可思議な事件を経験することとなります。

 そんな二人の物語は、以下の全5話であります。
 影郎が診ることとなった商家の手代の気鬱の病と、出会った者が疫病に倒れるという甘酒売りの老婆の事件が意外な形で交わる『虫封じます』
 もの狂いとなった大身旗本の一人息子の身にまとわりつく稚児行列に秘められた哀しい想い『稚児行列』
 おしどり夫婦が営む評判の饅頭屋の饅頭の味が落ちたのが、思わぬ騒動に発展していく『饅頭怖い』
 心にもない世辞を言い続けてきた末に、もう一本の舌が生えてきた呉服屋の手代。一度は影郎に救われた彼に、なぜか再びもう一本の舌が生える『黒い舌』
 銭の亡者に取り憑いたかえるの霊物を払うために影郎が案じた一計と、彼自身の秘密が語られる『銭がえる』

 描かれる怪異・事件の多くには題材がある(たとえば第一話の甘酒売りの老婆は「武江年表」に記された……というより綺堂の『半七捕物帖』の題材にもなっている風説)ため、新鮮さという点では一歩譲る点はあるかもしれません。
 が、そこに「虫封じ」という要素を絡め、一種の人情譚としてしっかりと成立させているのは、作者の腕というべきでしょう。

 一見、「虫」と人情は縁がないようにも感じられるかもしれません。しかし本作に登場する「虫」は、一種霊的な存在であり――そして何よりも、人のメンタルな面に根ざした存在として描かれるのであります。

 病のきっかけとなるのは霊的な「虫」によるものではあります。しかしその病を重くするもの、あるいは「虫」を招くものは、その人間の心の中の暗い部分。
 そして影郎の治療は、単にそれを封じるのではなく、その原因にまで光を当て、その心を解き放ってみせる――すなわち、現代で言うところのカウンセリング的な手法によるのが何とも面白く、そしてそこに人情ものとして本作が成立する余地があるのです。


 そして本作の魅力はそれだけに留まりません。本作全体を貫く背骨として設定されているのが、日本最古の医学書『医心方』の存在であります。
 平安時代に丹波康頼が編纂したという医心方。唐代の文献を元に膨大な分量をまとめたこの医学書は、しかし物語の舞台となる文政年間にはその多くが散逸していた、幻の書物となっていたのです。

 その医心方の内容を、影郎が知っているというのですが――さて、幻の医学書の内容を何故彼が知っているのか?
 その謎を巡り、杉田玄白の娘・八百、そして漢方医の名門・多紀家の多紀サイ庭(どちらも実在の人物)が影郎の周囲に現れるという趣向も面白い。

 人情ものに、カウンセリングを通じた謎解きの要素も加わっている本作ですが、そこにさらに一種伝奇めいた謎を巡る要素も加わっているというのは実にバラエティに富んでいると申せましょう。
 おそらくはシリーズ化されるであろう本作、この先どの方面に広がっていくのか……気になるところであります。


『虫封じます』(立花水馬 文春文庫) Amazon
虫封じ? (文春文庫 た 96-1)

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