« 碧也ぴんく『特盛! 天下一!!』 語られざる物語、もう一つの「天下一!!」 | トップページ | 荻原規子『風神秘抄』上巻 歌舞音曲が結びつけた二人の向かう先に »

2015.12.24

野々宮ちさ『黄昏のまぼろし 華族探偵と書生助手』 「いま」この時に消えた者を追って

 昭和7年、三高に通いながら書生として住み込みで働く庄野隼人は、書生先の主から、高倉伯爵家の次男で作家の小須賀光に引き合わされる。叔父である鹿嶋子爵の秘書探しをすることになった光の助手を命じられた隼人は、光の毒舌と奇人ぶりに手を焼きながらも、手がかりを求めて奔走する。

 少々このブログの趣旨からは外れるかとは思いますが、なかなかに完成度の高い作品でありましたので紹介いたします。昭和初期の京を舞台に、切なくも哀しい物語が描き出されるミステリであります。

 主人公の庄野隼人は、早くに父を亡くしながらも、周囲の人々の助けで三高に飛び級で入学した少年。今は紡績商会の社長邸に書生として住み込みながら高校に通う毎日の彼がある日屋敷で出会ったのは、驚くような美青年でした。
 その青年こそは新進気鋭の小説家・小須賀光こと、高倉伯爵家の次男・敦之。家を出て小説家として暮らしているという彼に社長直々に引き合わされた隼人は、思わぬことに光の助手を命じられてしまうのでありました。

 優れた推理力を持つために、叔父の鹿島子爵から、ある日突然行方不明となった秘書・後藤探しを依頼された光。その耳目代わりとなった隼人は、光の美貌にも似合わぬ毒舌と、放っておけば行き倒れかねない浮き世離れぶりに手を焼きつつ、京を東奔西走することになります。
 その過程で浮かび上がるのは、周囲から壁を作って孤独に生きてきた後藤青年の姿。幼い頃に子爵に引き取られ、我が子同様に育てられ、信頼されてきたにも関わらず、彼は何を想い、どこに消えたのか? 捜査が進むうちに明らかになっていく真実は、やがて隼人自身の周囲にも深い関係を持つことに……


 天才的な推理力を持ちながらも、日常生活能力皆無の変人探偵と、彼に振り回されながらも献身的に協力する愛すべき常人の助手というのは、これはもう探偵ものにおいては定番でしょう。
 そしてその探偵が家族出身の美貌の青年にして唯我独尊の毒舌家、助手が幼さも残るわんこ系の純情少年とくれば、女性向け小説の定番でもあります。

 本作はそんな定番中の定番でありつつも、それに寄りかかることなく、丹念な人物描写と情景描写を積み重ねることで、そこから踏み出してみせる作品。
 行方不明者探し、それも犯罪に関わっているとも考えにくい人物探しというのは、派手な物語にはなりにくいものですが、それをある意味逆手に取るような形で、徐々に主人公たちが探す相手の人物像と、その周囲の人間模様が浮かび上がっていくのは、実に読ませます。

 特に、事件(捜査)に完全に巻き込まれた形だった隼人が、捜査が進むうちに後藤の境遇と自分を照らし合わせ、彼の行方を追うことに熱意を持つようになっていく様、そしてそれとは全く別の形で、彼自身の身にも関わる事件へと変わっていく様など、これが作者のデビュー作とは思えぬほどです。


 しかし私が本作で最も感心した点は、本作が、まさにこの時代この年代を舞台とすることに、確かな必然性があることであります。

 ちょっと極端な話をすれば、華族探偵も書生助手も、それだけであれば、この時代に出す必要はありません。明治でも大正でも、昭和でももう少し前後させても良いでしょう。
 しかし本作は、本作の物語は、「いま」この時、この国が黄昏を迎えつつあった時代でなければ成立しない物語であることが、やがて明らかになっていくのであります。

 魅力的なキャラクターを活躍させるのはもちろん大事なことであります。しかし過去のある時代を舞台にするのであれば、そこに必然性を持たせて欲しい、いやそうしてくれるととても嬉しい……常々そう考えている僕の気持ちを射抜くような趣向はただ嬉しい限り。
 そしてまた、その彼らの「いま」が、我々の「いま」と、どこか重なって見えてくるに至っては、言うことなしであります。


 少しだけ厳しいことを言えば、ミステリとしては――特に探偵ものとしては――光が動かなすぎるという不満はあります。
 その点はあるにしても、それでもなお魅力的な作品であり……それは本作に続き、シリーズの第二作、第三作がさして間を置くことなく刊行されている点からも、察せられるのではないでしょうか。


『黄昏のまぼろし 華族探偵と書生助手』(野々宮ちさ 講談社X文庫ホワイトハート) Amazon
黄昏のまぼろし 華族探偵と書生助手 (講談社X文庫ホワイトハート)

|

« 碧也ぴんく『特盛! 天下一!!』 語られざる物語、もう一つの「天下一!!」 | トップページ | 荻原規子『風神秘抄』上巻 歌舞音曲が結びつけた二人の向かう先に »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/62918714

この記事へのトラックバック一覧です: 野々宮ちさ『黄昏のまぼろし 華族探偵と書生助手』 「いま」この時に消えた者を追って:

« 碧也ぴんく『特盛! 天下一!!』 語られざる物語、もう一つの「天下一!!」 | トップページ | 荻原規子『風神秘抄』上巻 歌舞音曲が結びつけた二人の向かう先に »