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2015.12.09

朱川湊人『黒のコスモス少女団 薄紅雪華紋様』 青春の一つの終わりの姿に

 画家を志し、根津の下宿・蟋蟀館で暮らす青年「私」こと槇島風波と、同じ下宿に住む不思議な力を持つ美青年・穂村江雪華が、この世の者ならぬ存在と出会う『薄紅雪華紋様』の第二弾であります。人の心の中の様々な陰と出会うこととなった風波と雪華、彼らの青春にも終わりが近づくこととなります。

 腕っ節と絵への情熱のほかは他人と大きく変わったところのない風波と、この世のものならぬものを見、鎮める力を持つ雪華。画家を志すというほかは共通点もない風波と雪華ですが、不思議とウマがあった二人は、始終つるんでは、この世のものならぬ奇怪な事件に巻き込まれてきました。
 その最たるものが、生ける死人「みれいじゃ」。この世に未練を残し、生ける者のように振る舞う哀しい死者たちと、二人は何度も出会ってきたのであります。

 そして本作において描かれるのは、前作とはいささか趣向を変えた、人間の心の中の様々な暗い部分を描きだす物語。
 以下の全六話のとおり――

 一人歩きの婦女子を襲っては縄で縛り上げるという怪人「鬼蜘蛛」事件に巻き込まれた風波たちが知る真実『鬼蜘蛛の賛美歌』
 覗きこんだ者は気が触れるという井戸と、風波が出会った奇妙な少女の存在が交錯する
『汝、深淵をのぞくとき』
 不良少女団のボスから、雪華が故郷を飛び出した自分の許婚ではないか確かめるよう依頼された風波が知る哀しい真実『黒のコスモス少女団』
 夜な夜な奇怪な幽鬼の影に悩まされるかつての許嫁を救うために風波が奔走する『幽鬼喰らい』
 銀座に出没し、高慢な画家・西塔を襲った狼を追う雪華と風波、みれいじゃの三郎が知ったその意外な正体『銀座狼々』
 実家に帰ることとなった風波が、恋に身を持ち崩した末に死を目前とした友人・平河惣多を前に悩む『白い薔薇と飛行船』

 正直なことを申し上げれば、前作で大きな位置を占めた「みれいじゃ」が、ほとんど登場しない――それどころか、前作で敵役的スタンスだった三郎が、二人のある意味友人として登場する――のに、少々面食らったところはあります。
 しかし、その点を抜きにしても、ここで描かれる、本作ならではのほの暗く不可思議な人情話――そしてそれは作者の作品に通底する味わいでありましょう――というべきエピソードの数々は、決して前作に劣るものではない魅力を湛えていると感じられます。

 そして本作に収録されたエピソードの多くに共通するのは、この大正という時代、様々な自由が花開いたように見えて、しかしいまだ大きな不自由に人々が縛られていた時代ならではの、女性たちの姿。
 本作でも言及されているように、青鞜社の登場等、権利意識の芽生えはあったものの、いまだこの時代の女性たちが、男性たちに比べれば、甚だしく制限された、低い立場に置かれていたことは間違いありません。

 その立場から抜け出そうとするならば、己の性を過剰に押し出して武器とするか、あるいは己の性を完全に否定するか……いずれにせよ、一種道に外れるほかない。
 表題作である『黒のコスモス少女団』は、そんな近代と現代の狭間の時代に――そしてそれは実は現代においても共通するのですが――引き裂かれた女性の心を描く物語として、強く印象に残ります。


 そしてそんな人々の姿と並行して描かれるのは、風波の青春の終わりの姿であります。

 実家を飛び出し、これまで雪華と共に、長く楽しい、そして風変わりなモラトリアムを送ってきた風波。
 本作がそんな風波と雪華の姿を描いてきた物語だとすれば、本作の後半の展開は、その一つの終わりを告げるものであります。

 思わぬ事情から、実家に帰ることを余儀なくされた風波。絵の道を諦めたわけではないにせよ、しかしそこから大きく離れることとなった彼は、同時に雪華と過ごした青春と別れを告げることになるのであります。
 本作のラストに収録された物語は、その姿を、もう一人の友人との別れを通じて描くものでありますが――そこに描かれたものは、もちろんその形こそ違え、私くらいの年齢ともなれば誰もが経験したものであり、そしてそれだけに切なく胸に刺さるのであります。


 しかし――この『薄紅雪華紋様』という物語は、まだ本当の終わりを告げたわけではありますまい。
 その本当の終わりが何を意味するか、それはここで申し上げるまでもありませんが、本作でも仄めかされてきた「その時」が描かれる日を――おかしな言い方かもしれませんが、自分としても一つのけじめとして――恐れつつも待っている次第です。


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黒のコスモス少女団 薄紅雪華紋様


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