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2015.12.05

夢枕獏&村上豊『陰陽師 鼻の上人』 百話目の物語を受け止める挿絵の力

 夢枕獏の『陰陽師』も、シリーズ第1作から30年近くを経ても、歌舞伎に、TVドラマに、漫画にとなおも快調。そして原作の方も、今年ついに百話を数えることとなりました。本作がその百話目の物語、村上豊の絵とともに、今回も不可思議で、そしてどこか可笑しく美しい物語が描かれます。

 物語の始まりは、宇治の寺の善智上人の鼻が異様な状態を呈したこと。ごく普通だった上人の鼻が、ある時から急に赤黒く伸び始め、ついには顎よりも下に垂れ下がるようになったのです。
 そこに現れたのはかの蘆屋道満、新たに連れるようになった女童・右姫(シリーズファンには仰天の正体なのも楽しい)の力で、鼻に宿っていた得体の知れないモノたちが見顕されたのですが……しかし道満は何やら合点がいかない様子であります。

 一方、いつもの如く桜の下で酒を酌み交わす晴明と博雅の話題は、かの(シリーズ第1作に登場した)玄象にも並ぶという琵琶の名器・牧馬。帝が所蔵するこの牧馬が、数年前から鳴らなくなったことから、名人なれば……と、博雅が奏でてみるよう、命が下ったのです。
 これに晴明も同席することとなり、ゆくかゆこうとなった先で、博雅は牧馬を手にするのですが――


 晴明と道満がそれぞれ出会った奇妙な事件。鳴らない琵琶と上人の鼻と、まったく関わりのなさそうな二つの事件ですが……それが意外なところで結びつくのが、この『陰陽師』という物語の楽しさでありましょう。

 やがて晴明のもとに道満が現れたことで、謎は解けることになるのですが……いやはや、ここで道満とともに現れた方には、もうこちらは口をあんぐりと開けるばかり。
 このシリーズではままある展開ながら、しかしこのような方がシレッと登場するのには驚かされますし、そして何よりもその現実からの飛翔ぶりがたまらなくいい……というのは、ファンであればよくご存じでありましょう。


 そして本作の場合、ここで村上豊の挿絵が大きな力を持つやに感じられます。

 時に柔らかく、時にユーモラスに、時に艶めかしく、そして何よりも時に美しく……様々なタッチで描かれる氏の挿絵。大げさにいえば、物語中に登場する万物を描き出すその筆が、さまで長くない中で奇想天外な飛躍を見せる物語の全てを受け止め、巧みに描き出しているのであります。

 もちろんそれは本作に限らず、本シリーズの挿絵全てに通じることであるかと思いますが、記念すべき百話目の本作において、この豊かな物語世界を柔らかく受け止め、余さず描いてみせる氏の筆の見事さにも、改めて感じ入った次第です。

 少なくとも本作の結末――あまりにも楽しく、微笑ましく、そして美しい宴の有り様を目にした時には、少しく感激の涙が浮かんでしまった、と白状するのはいささか気恥ずかしいことではありますが……


『陰陽師 鼻の上人』(夢枕獏&村上豊 文藝春秋) Amazon
陰陽師 鼻の上人


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