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2015.12.18

高橋克彦『鬼』 怪異の陰に潜む人間の意思

 ミステリ、ホラー、SFと様々なジャンルで活躍してきた高橋克彦の作品において、時代小説もかなりの割合を占めるのは言うまでもありません。その中でも独特の位置にあるのが陰陽師もの。これまで様々な出版社から刊行されていたものが、日経文芸文庫から決定版として刊行された第1巻目であります。

 作者の陰陽師ものは、長短交えたものがありますが、共通するのはタイトルに「鬼」の文字が冠されていること。魔物の代表選手とも言うべき鬼ですが、本シリーズに登場するそれは、現し身を持った魔の象徴であると同時に、人間の心が生み出した魔を指すものとも言えましょう。

 そのシリーズ第1巻目となる本書は、そのものズバリのタイトルを冠した短編集。平安時代中期のおよそ120年間を舞台に、滋丘川人・弓削是雄・賀茂忠行・賀茂保憲・安倍晴明といった大陰陽師たちがそれぞれ主役を務める以下の5つの短編から構成されています。

『髑髏鬼』
 先だっての応天門の炎上の背後に、道鏡の怨念が絡んでいるのではないかと恐れる大納言・伴善男の依頼により、下野に向かった滋丘川人と弓削是雄。そこで眼窩から木が生えた生ける髑髏を見つけた川人だが、その髑髏鬼の証言から意外な真相が明らかになる。

『絞鬼』
 蝦夷に対する最前線である胆沢鎮守府を預かる小野春風のもとを訪れた弓削是雄。現地で出没するという、婦女子を食い散らかし、押し絞るような声を出す絞鬼の正体とは果たして蝦夷の怨念なのか。

『夜光鬼』
 清涼殿に雷が落ち、醍醐帝が崩御した陰に囁かれる菅原道真の怨霊。陰陽頭・秦貞連の命で羅城門に現れた鬼の調査に向かった賀茂忠行は、そこで夥しい数の片方だけの履き物を見つける。貞連はそれを異国の鬼・夜光鬼によるものだと語るが……

『魅鬼』
 関東を騒がせた末に浄蔵の祈祷に封じられ、討ち取られた平将門。都で晒されたその首がいつまでも腐らないという噂を調査に向かった賀茂忠行と保憲・晴明は、哄笑するその首が鬼に持ち去られるのを目撃する。果たして真に将門公は怨霊となったのか?

『視鬼』
 天変地異が相次ぎ、数多くの人命が失われた京。そんな中、安倍晴明の前に現れた藤原保昌は、近頃都を騒がす盗賊・袴垂保輔が、昨年捕らえられて自決した弟・保輔の怨霊ではないかと語り、魂寄せを依頼する。果たして保輔の語る言葉は。


 以上、怨霊の存在が半ば公的に語られた時代らしく、世間を騒がした事件の背後に潜むものに、陰陽師たちが挑むという趣向が共通するシリーズですが――しかし、本書の収録作の特徴は、それだけにとどまりません。

 これは内容の詳細にも踏み込みかねない表現で恐縮なのですが、各作品で描かれる怪事の背後にあるのは、鬼や怨霊たちの存在(のみ)ではありません。そこに存在するのは、生きている人間の明確な意思なのであります。

 人が一番恐ろしい……という言葉に私は必ずしも与するものではありませんが、この世に在らざる者、死せる者たちよりも、生ける者の方が、この世に害を為すことが多いのは納得のいく話。
 一歩間違えると興ざめになりかねぬその構図を、本作は作者の原点ともいうべきミステリの趣向を活かしつつ、平安時代を舞台に巧みに構築していると感じます。もっとも、全作品ほとんど同じ構図になっているのは、短編集とはいえいかがなものかとは思いますが……

 そんな本書の中で特に印象に残ったのは、ラストの『視鬼』。考えてみると謎が多い(保輔が盗賊として追討されながら官位を保っていた点も含めて)袴垂と藤原保輔の同一人物説(同一人物観)について、一つの回答を提示してみせた本作は、時代ミステリとしても楽しめるものであったと感じた次第です。


『鬼』(高橋克彦 日経文芸文庫) Amazon
鬼 (日経文芸文庫)

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