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2015.12.19

南條範夫『わが恋せし淀君』 ギャップの先のリアリティ

 これまでこのブログでも紹介してきたように、タイムスリップものというのは、作品数で言えば、時代ものの一つのサブジャンルといってよいでしょう。本作はその中でも古典の一つ、タイトル通り淀君に熱烈に恋した現代人がタイムスリップして念願を叶えようという、可笑しくも哀しき物語であります。

 主人公の誠之助は、とりえといえば(現代では古風に過ぎる)優男面だけで、あとはどこにでもいるような、しがない安月給の編集者。そんな彼が人と異なるのは和服の年上女性が好きという好みであり――そしてその理想は、かの淀君だったのであります(淀殿ではないか、などと野暮は言わない)。

 年上過ぎる……というより、もちろん高いにもほどがある理想ですが、淀君こそは最高の女性と信じて疑わない彼は、取材にかこつけて大阪城を訪れ、そこで淀君のことを想ってため息をつくのですが――

 果たしてその想いが奇跡を起こしたか、偶然見つけた石垣に開いたトンネルに潜り込んだ彼が出た先は、その淀君がいた頃の大坂城!
 不審者としてただちに捕らえられてしまった彼は、ない知恵を絞って自らをザビエルの孫・シメオンと称し、退屈しのぎに買っていた大坂の陣の歴史書を元に予言を行うことで、釈放どころか、城内出入り御免の身分を手に入れるのでありました。

 時あたかも豊臣と徳川の手切れ目前、大坂城には真田、後藤、宇喜多、明石等々、綺羅星のような豪傑が入城し、戦の機運は盛り上がるばかり……と思いきや、城内の雰囲気はかなり呑気なもの。
 淀君は淀君として、自分の好みの和服美女揃いの奥女中たちに囲まれた誠之助は、その(この時代にはぴったりの)美貌と、現代の書物で仕入れた(そちらの方面の)知識とテクニックで以て、たちまち奥女中の間で引きも切らない人気者となります。

 そんな中、淀君と対面する機会を得た誠之助。そしてついに、憧れの淀君の寝所に招かれた誠之助は――


 と、今読み返してみると、ほとんど異世界転生ハーレムもののようなノリの本作。真面目な方は、これだけで怒り心頭となりそうですが、しかし本作が今でも十二分に楽しめるのは、本作の骨格が、あくまでも歴史ものとして、確たるものがあるからでありましょう。
 そう、確かに誠之助の存在はあるものの、大坂の陣に関する事件の、人々の描写は、歴史小説としてのそれを外れるものではない――というより、かなり丹念に描かれたものであります。

 史実を踏まえて誠之助は予言者として行動することを考えれば、それはある意味当然ではありますが、しかしそれが逆に、タイムスリップなどというものが根底にある本作にリアリティを与えているのも事実。
 そのギャップが、本作の魅力の源泉と呼んでも良いのではないでしょうか。

 とはいえ、もちろん本作ならではの歴史観、人物観があることも言うまでもありません。本作のそれは、あるいは淀君史観とでも申しましょうか――大坂城に籠もる男たちの多くは、淀君ラブに凝り固まった状態なのであります。

 本作の淀君は、誠之助の夢想通りの絶世の美女ではありますが、しかし同時に美男・美少年には目がない貪欲な女性。そんな彼女を恋い慕い、お眼鏡に叶った男たちはもちろん淀君の虜となりますし――
 相手にされなかった男たち(片桐且元や織田有楽斎など)は、その拗けた想いから思わぬ行動を起こすというのは、可笑しくも同時にどこか納得できるものがあります。
(その中で、あくまでも家康と真っ向勝負することだけを望む真田幸村や、闘争心の固まりのような大野主馬のキャラクターは逆に印象に残るのも面白い)


 しかし最も興味深いのは、そんな本作の作者が、同時に武士道残酷ものの第一人者であるということでしょう。どちらもコインの裏表と見るべきか、この野放図でしかし人間的な時代の先に生まれたのが残酷の世界であったと思うべきか……
 深読みのし過ぎではありましょうが、しかしそれ自体、何とも示唆に富むように感じられるのです。


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わが恋せし淀君 文庫コレクション (大衆文学館)

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