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2015.12.03

とみ新蔵『剣術抄 新宿もみじ池』 剣に映る人の、武芸者のはかない生き様

 自らも剣術を修めたとみ新蔵の『剣術抄』新作であります。といっても、タイムスリップあり天女ありの何でもあり異種剣術戦だった前作とは全く異なる作品。仇を追い続けた末に江戸に出てきた青年を主人公とした、どこまでも重く切なく、そしてどこか美しさを感じさせる物語であります。

 幼い頃に某藩の藩士だった父を同じ藩士の恩河左馬之介に斬られ、兄とともに仇討ちの旅に出た青年・鈴木清治郎。仇の噂を追って西に東に旅するうちに親族からの仕送りは絶え、兄も不慮の事故で片足を失う身となり、江戸で希望もなく虚無的に暮らす毎日であります。

 そんな中、釣りが縁で初老の男と出会った清治郎。温厚なその人物は、釣りだけでなく剣の腕も相当のものであり、清治郎は彼と激しくも充実した鍛錬を続けるうちに、初めてと言ってよいような充実感を感じるのですが……


 初めに誤解を恐れず申し上げてしまえば、本作の物語自体は、典型的な仇討ちものであります。物語は、清治郎が仇討ちの届出を奉行所に行う場面から始まりますが、さてその相手が誰であるか……それは瞭然でありましょう。
 しかし本作はそうした物語を描くに、丹念に丹念に描写を積み重ねることにより、ありきたりでない人々の姿を浮かび上がらせることに成功しています。

 もちろんその描写の筆頭が剣術描写――それも本作が『剣術抄』を名乗るに相応しい、いかにも作者らしい実理に基づいたもの――であることは間違いありません。しかしそれ以上に胸に残るのは、登場人物一人一人の心理描写であります。

 清治郎、その兄、清治郎の恋人、初老の男、奉行所の役人等々……本作に登場する人々には、一人も悪人はおりません。誰もが必死にそれぞれの生を生きている、そんな人々であります。
 しかしそれでもなお、やむにやまれぬ理由で、それを擲たなければならなくなる。命を賭けて剣を交えなければならなくなる……そんな人生の儚さ、やるせなさが、本作では静かに、そして強く強く胸を刺す形で描かれているのです。

 そんな登場人物たちの中でも特に印象に残るのは、主人公の兄。
 下の世話すら弟に頼らなければならない身となりながらも、武士としての矜持を捨てられず、仇討ちに固執する姿は、武士のネガティブな面を体現したかのようですが――そんな彼が、終盤で人間としての顔を見せるのが、たまらなく切ないのであります。


 本作のタイトルとなっているもみじ池。様々な色に美しく色づきながらも、やがては散っていくもみじと、その姿を写し、受け止める水面。それは人の世の在り方に似て……というのはいささか感傷的に過ぎるかもしれません。
 しかしそこには確かに存在する美しさも、本作は小さな希望として描き出していることは申し添えておくべきでしょう。


 なお、本書には、併録として『孤高の虎』を収録。
 秀吉の朝鮮出兵の後、明の大使が日本に連れてきた一匹の猛虎。その猛虎と、武人の意地から対決する武芸者たちの姿が描かれる異色作であります。

 当時の日本人にはほとんど未知の存在とはいえ、虎と一対一で対決しようというのですから、当然彼らは腕自慢。骨法、刀術、槍術と、いずれも一廉の名人たちが文字通り死力を尽くして虎に挑むのですが――その結果たるや推して測るべし。

 本作はその禁断の戦いを、作者らしい徹底的なリアリズムで――それは武術描写はもちろんのこと、戦いの末に待つものも含めて――描き出すのですが、それが興味本位の残酷物語で終わらないのは、本来であれば敵役たる虎の姿を、それに留まらない存在として描き出す点にありましょう。

 確かに本作に登場する虎は、獰猛にして狡猾な恐るべき存在であります。しかし虎をそのような存在としてしまったのは果たして誰なのか……それに思い至る時、そこにはただ戦うことによってのみ生きられる、戦いを強いられる者同士が対峙していることが理解できるのです。

 本作は雑誌連載後、コンビニコミック『服部半蔵忍法帖 虹の天忍』に収録されていたものですが、こうして単行本に収録されたのは喜ばしいことでありましょう。
 『新宿もみじ池』同様、武芸者の、「人」の姿を丹念に描いた物語として、強く胸に残る作品であります。


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