碧也ぴんく『特盛! 天下一!!』 語られざる物語、もう一つの「天下一!!」
現代から織田信長の時代にタイムスリップし、信長の小姓の中に潜り込んだ女子高生・武井虎の恋と冒険を描いた『天下一!!』。本編は二年前に完結いたしましたが、その後に(幾つかは並行して)描かれた番外編が一冊にまとまりました。短編7話にショートコミック8話+αのまさに特盛りの一冊です。
突然、織田信長の時代にタイムスリップしてしまい、謎のウサギ男から、元の時代に帰るためには、信長を本能寺で生き残らせなければならないと告げられた虎。
何とか信長の小姓なった彼女は、持ち前の度胸と現代っ子の感性で旋風を巻き起こすのですが、やがて教育役の森乱丸と接近して……
という本編は、冒頭に述べたとおり大団円を迎えましたが、何しろ舞台も登場人物も有名かつ魅力的、そして描くは時代少女漫画の名手と、三拍子揃った作品だけに、これで終わるのは惜しい……と考えた方も多かったということでしょう。
折に触れて発表されてきた語られざる物語、番外編が、めでたくここに一冊にまとまったということになります。
以下、収録作を簡単に紹介すれば……
一番うつけていた十代の頃の信長と、教育役の平手政秀の物語『御狂いあれ』
二十代の信長と、彼が最も愛した女性・生駒吉乃との短い触れ合い『夢の間なりとも』
まだ小姓となったばかりの子供時代の乱丸・虎松・松寿を描く『boyhood』
宣教師フロイスから見た三十代の信長『King of Zipangu』
虎にうり二つだった今は亡き小姓・万見仙千代の朋輩の目から見た生き様『君と我とは』
虎を信長の下に導いた謎の男・無二と愛妻の雲母の出会い『その手を離さないで』
文字を覚えようと四苦八苦する虎と、彼女を見守る乱丸の姿を描く『きみが教えてくれたこと』
以上全7話の短編の他、在りし日の仙千代が朋輩や後輩たちを振り回すショートコミック『信長様とお小姓Boys』全8話が収録されております。
番外編ということで、ラストの『きみが教えてくれたこと』を除けば、虎はほとんど登場しない本書の収録作。つまり描かれるのは、「この時代」の人々の物語であります(もう一編、『その手を離さないで』が例外となりますが、こちらは後述)。
その点からすると、ある意味普通の歴史漫画という印象もなくはありません。
『天下一!!』という作品は、現代っ子の虎から見た信長とその時代の物語。ボケでもありツッコミでもある彼女を通じ、描き出されていく(誘われていく)信長たちの姿が本作の最大の魅力であったと感じますが、その視点がないのは、個人的には少々残念であります。(特に信長が主人公のエピソードは、上様があまりにも真っ当に格好良すぎて……と言っては怒られるでしょうか)
が、そんなひねくれた読者の眼を覚ましてくれるのは、万見仙千代の活躍。本編では既に個人であり、「あの人」という扱いだった仙千代の姿が描かれるのは番外編ならではですが、さまで多くはない彼の事績を踏まえつつ描かれる彼の姿は、小姓たちの青春ライフという本作のもう一つの魅力を浮かび上がらせるものでありましょう。
完全にギャグの『信長様とお小姓Boys』での暴れっぷりも相俟って、本書の影の主人公という印象です。
そしてもう一作、私のようなひねくれたファンも驚いたのが『その手を離さないで』であります。
この時代にやってきたばかりの虎を救い、彼女を小姓に仕立てて信長の下に送り込んだ無二と、彼を支える雲母の馴れ初めが描かれるのですが……いやはや、まさかこの時代が舞台となるとは。
確かに、実は無二は虎とは同様の身の上。その点を考えれば、確かにこういう物語も可能であったか……と、舞台設定に驚かされるだけでなく、それぞれに孤独を抱えてきた二人が出会い、歴史の荒波の中で互いの手を取り合うというドラマが実にいい。
本編では苛烈な役回りの多かった無二ですが、彼のまた異なる側面が見える――あるいはあり得たかも知れないもう一つの『天下一!!』として、大いに楽しめました。
さて、ついにこの特盛をもって、『天下一!!』も完結かと思いますが……しかし虎の、そして彼女と仲間たちの冒険は、どこかで続いていくのでしょう。まだまだ、どんどん行っている彼女たちに幸あれと、そんな気持ちになる一冊であります。
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