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2015.12.15

西條奈加『千年鬼』 千年の罪と罰の先にあったもの

 人に過去を見せる力を持ち、人に宿った鬼の芽が弾けぬうちに集めることを使命とする小鬼と黒鬼の、タイトル通り千年に及ぶ旅路を描く連作ファンタジー、人の情と業のやるせなさを描きつつも、その先に希望の光を見いだそうとする、暖かく美しい作品集であります。

 暴れ馬によって母が死に、父も寝たきりとなったため、通い奉公をすることになった幸介。周囲からはいじめを受け、ろくに食事も与えられない彼は、ある日店のお嬢さんからもらった三粒の豆を、自分よりもひもじそうな三人の子供に譲ります。
 実は自分は鬼だと言い、豆の礼に一度だけ見たい過去を見せてやるといういう子供たち。それに対し、幸介は暴れ馬が自分の父母を奪った瞬間を見せて欲しいと頼むのですが……

 そんな『三粒の豆』から始まる本作は、様々な時と場所で繰り広げられる人と鬼の物語。
 共通するのは、心のどこかに――時に自分も気づかぬままに――悲しみや恨みを持った人間と、その者たちの前に現れる小鬼と黒鬼の存在であります。

 無垢な者が罪を犯すことで生まれ、そして押し込められた負の感情を糧として育ち、やがて弾けてその者を二本の角を持つ「人鬼」と変えるという鬼の芽。
 一度変化すれば二度と人には戻れず、ただ憎悪と怨念のままに暴れ回り人々を殺め、世に新たな諍いと怨念を招くという人鬼の誕生を未然に防ぐため、小鬼たちは、その芽を集めて回っていたのであります。
 第一話に続く、以下の物語のように――

 小鬼の過去見によって自分の恋人を殺した犯人を知り、その男を側仕えとして虐待する姫君が知る真実『鬼姫さま』
 気難しい老婆と出会った小鬼が、彼女に懐いていた子供が何者かに殺された時の模様を見せる『忘れの呪文』
 飢饉が続き追いつめられた果てに、かつて鬼となった男を祀る社に、自分も鬼にしてくれと祈る男を描く『隻腕の鬼』……

 それぞれが悲しく切なくも、しかし人の情の暖かさを感じさせてくれる良質のファンタジーが綴られる本作の前半部。
 自分自身の力ではどうにもならぬ、理不尽な悲しみ、苦しみに翻弄された末に鬼の芽を育てることとなった人々が、過去見によってその源を知ることにより、それと対峙し、乗り越えていく姿を、本作は時にコミカルに、時に暖かく描き出します。
(ちなみに過去見の原理が、ファンタジー的であると同時に妙にロジカルなのが楽しい)


 時系列を前後させてこれらの物語を描いていく本作は、しかし中盤を過ぎて、その真の姿を見せていくこととなります。
 小鬼と黒鬼は何故、何のために――それも千年の長きに渡って――鬼の芽を集めているのか。その理由として描かれるのは、小鬼と一人の少女の罪、誰が悪いわけでもない、あまりにやり切れぬ理由から犯された罪――本作はその贖罪の物語であったのです。

 我々人間から見れば、それはあまりにも理不尽で、重すぎる罪と罰であります。それを下した者に、怒りの念を禁じ得ないほどに。 しかしそれでもただひたむきに――己の心身を文字通り削りつつも――贖罪のために奔走する小鬼の姿は、そして彼の行動の結果は、同時に強い感動を生み出します。


 正直に申し上げて、後半(特に最終話)の展開が些か性急な印象はあります。人によっては、時系列が前後する構造にネガティブな反応を示す方もいるでしょう。
 しかしそれを補ってあまりあるほどの感動を、本作は与えてくれます。

 もちろんそれは、個々の物語の完成度、そしてそれを束ねる構造の巧みさから生まれるものであることは間違いありません。しかしその感動を真に生み出すものは、人間という、時と歴史の流れの前ではちっぽけな存在が時に見せる、希望の光の存在でありましょう。


 一見、あまりに残酷で切ない本作の結末。しかし本作はその先にあるものを……いや、本作の物語の果てに生まれたものをも描き出します。
 そしてそこに至り、もう一度本作の表紙絵を見れば――何とも言えぬ、しかし決して不快ではない感情が生まれるのであります。


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千年鬼 (徳間文庫)

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