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2016.01.31

鈴木英治『義元謀殺』上巻 「その時」に向けて交錯する陰謀

 尾張攻めを目前に控えた一夜、駿府で今川家の旗本頭の屋敷が何者かの襲撃を受け、皆殺しにされた。事件を追う敏腕目付・深瀬勘左衛門は、背後にかつて義元の命で謀殺された山口家の復讐を疑う。果たして、同様に謀殺に関わった義元の馬廻にて勘左衛門の親友・多賀宗十郎の周囲でも不審な事件が……

 鈴木英治と言えば、文庫書き下ろし時代小説のスター作家の一人であり、特に奉行所ものとも言うべき作品のスタイルを確立した一人と私は考えていますが、同時に戦国時代を舞台に、ミステリ/サスペンス色の強い作品を得意とする作家でもあります。
 それを何よりもよく物語るのが本作――作者のデビュー作にして、優れた歴史ミステリとも言うべき作品であります。

 義元――今川義元がいよいよ尾張の織田家を攻め、西に進出しようとしていた頃、駿府を騒がせた大事件。一夜にして旗本頭の一族郎党が皆殺しにされ、旗本頭の首が晒しものとされた事件をきっかけに、駿府周辺では奇怪な事件が相次ぐこととなります。

 その事件を追うことになるのが二人の男――一人は家中きっての武芸の達人であり、過去のある事件で旗本頭と繋がる馬廻・多賀宗十郎。そしてもう一人は、切れ者で知られる目付の深瀬勘左衛門。
 役目柄、凶行の下手人を捕らえるべく奔走する勘左衛門と、偶然下手人たちを目撃し、後に自らも狙われることとなった宗十郎は、それぞれの立場から、少しずつ謎に迫っていくこととなります。

 やがて二人の前に浮かび上がるのは、かつて謀叛の濡れ衣を着せられて殺された山口家の一族の存在。
 謀殺に関わった四人の武士には旗本頭と宗十郎が含まれていたことから、今回の事件はその復讐ではないかと考えるのですが、謀殺は一年も前の出来事、果たして何故今になって復讐が始まったのか……それに二人は悩まされることになります。

 あるいは一味の真の狙いは義元暗殺、裏では今川家攪乱を狙う織田家が糸を引いているのではないか……


 と、そんな本作の謎のある程度までは、実は読者の前にはあらかじめ明かされることになります。
 二人の推理の通り、凶行の下手人は、謀殺された山口家当主の次男・山口三郎兵衛率いる一団であり、その目的は復讐と義元暗殺。そして彼に力を貸すのは、織田家の忍び・山路甚平とその配下の伝蔵……

 実は本作は宗十郎と勘左衛門のいわば今川サイドだけではなく、織田サイドの視点からも描かれる物語。
 復讐を行い、義元暗殺を究極の目的とする織田サイドと、それを阻む――もっとも、暗殺については半信半疑なのですが――今川サイド、それぞれの行動が交互に描かれ、「その時」に向けて一歩一歩物語が進んでいく様は、かの『ジャッカルの日』にも通じる興奮が感じられます。

 しかし、如何に読者が一種神のような視点を持っていても、物語には数多くの謎が散りばめられています。何故宗十郎は最初に暗殺団と遭遇した時に殺されなかったのか。本当に義元暗殺を狙うのであれば、復讐のためとはいえ、何故先に人目につくような凶行を行ったのか。
 度重なる凶行に、今川サイドが苛烈な取り締まりに出る一方、織田サイドでも裏切り者の存在が疑われ、疑心暗鬼に陥り……物語はこの上巻の時点では、向かう先すら見えません。


 いや、向かう先が、織田と今川の合戦――あの桶狭間であることは間違いありますまい。しかしそこで義元が討たれたことが史実とすれば、果たしてこの暗殺行の意味とは……全ての謎が明かされる下巻も、近々ご紹介いたしましょう。


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2016.01.30

滝沢聖峰『ガンズ&ブレイズ』 この時のこの土地にいた、誰かの生き様

 戊辰戦争において旧幕府軍側で戦ってきた末、箱館にやってきた伝習歩兵・早川伝次と遊撃隊士・佐々木清四郎。陥落目前の五稜郭を脱出した二人は、新政府軍の残党狩りを逃れ、「脱走」としてあてどもなく広大な大地を彷徨う。伝次の銃と清四郎の刀のみを頼りにして――

 旧日本軍を題材としたミリタリーもので知られる滝沢聖峰は、その一方で数は多くはないものの、時代もの漫画を手がけています。その一つである本作は、明治時代の初頭の北海道(蝦夷地)を舞台としたユニークな作品。負け組の脱走兵二人が、江戸に帰るために放浪を続ける連作スタイルの物語であります。

 生粋の武士で彰義隊にも参加した佐々木清四郎と、元・火消し人足で伝習歩兵となった早川伝次――武士と町人、堅物と遊び人、刀と銃と、ある意味水と油の二人は、新政府軍相手に連戦(連敗)を続ける中で意気投合、いわゆる戦友という間柄。
 そして流れ流れてついに箱館は五稜郭まで来てしまった二人が、もはやこれまでと陥落寸前の五稜郭を脱走したのが、この物語の始まりであります。

 脱走してはみたものの、彼らにとって蝦夷地は未知の国。彼らの故郷たる江戸に帰ろうにも、薩摩藩の脱走軍取り締まり方・古賀武四郎が、彼らを脱走兵としてしつこく追いかけてくる中、彼らは居場所を転々と変えながら、逃亡生活を続けることになります。
 そんな中、彼らはかの土方歳三の愛刀を入手、そこには土方の遺骸の埋葬場所を記した地図が隠されていて……


 とくれば、なるほど、この遺骸を巡る冒険が物語の中心となるのか、と考えるのがある意味当然かと思いますが、しかし二人はこれをあっさりスルー。そんなものに構っていられないと逃亡生活を続けるのが、むしろ逆に痛快ですらあります。
 そう、本作は架空のヒーローの活躍譚ではありません。本作で描かれるのは、あくまでもこの当時のこの土地にいたかもしれない誰かの生き様。そしてそれを通じて描かれる蝦夷地の姿なのです。

 脱走兵に新政府の役人や開拓民、地回りに娼館、漁師に猟師、そしてもちろんアイヌ。さらには外国商人……伝次と清史郎が放浪の中で出会う人々もまた、この蝦夷地を表す一側面。
 決して格好良くない二人(何しろ途中で日雇いや用心棒はおろか、強盗にまで身を堕とすのですから……)が見た世界は、そのままこの当時の、この土地のリアルな有り様と言ってよいでしょう。


 しかし、そんな二人の旅にも、やがて終わりの日が訪れます。思わぬ歴史上の事件に巻き込まれた二人が、その果てに選んだ道とは……
 どこかもの悲しくも、しかし強い生命力を感じさせる彼らが行く道は、現代の我々にまで繋がる――そう考えるのは、決してセンチメンタリズムではありますまい。


『ガンズ&ブレイズ』上下巻(滝沢聖峰 小学館IKKI COMIX) 上巻 Amazon/ 下巻 Amazon
ガンズ&ブレイズ(上) (IKKI COMIX)ガンズ&ブレイズ(下) (IKKI COMIX)

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2016.01.29

『牙狼 紅蓮ノ月』 第15話「心月」

 星明のことを考え、心ここにあらずの雷吼。その頃頼信は風変わりな姫・末摘花とともに、来世門倒壊による難民たちのために炊き出しを行っていた。その末摘花に言い寄ってきたのは、近頃都に戻ってきた大納言・源融だった。色好みで知られる融は、しかし美しきものの精気を食らう炎羅だった……

 今回から後半戦突入ということで、OPED変更となった本作。まだまだ見慣れない感じではありますが、それはさておき。

 前回のラストで星明が去ったことで少々寂しくなった雷吼の周り。折に触れてボーッとしている雷吼の姿は、普段が明朗なだけに彼のショックの大きさを感じさせます。
 そんな中、可愛らしい狐の使いに招かれて番犬所に顔を出した雷吼(初めて正式に招かれたと金時大興奮)。しかし稲荷たちは、まだ雷吼を信じたわけではないと憎まれ口を叩きます。まあ、袴垂のように、あからさまに反抗宣言する人間もいるので、稲荷も大変なのかもしれませんが……

 と、そんなすっきりしない兄に対し、来世門の倒壊で住む場所をなくした庶民に炊き出しをして頑張っている頼信。その傍らでは、一部で話題となっている姫君・末摘花の姿が。もちろん末摘花の名は『源氏物語』からかと思いますが、本作の彼女はそばかすで長身、豪快な性格と、作中で言われているとおり破格の姫様であります。
(というより、烏帽子をかぶっていない貴族の御曹司と素面の姫君が直接白米の粥をふるまうという時点で……)

 そんな末摘花に言い寄っているというのが大納言・源融。六条に屋敷があり、色好みで知られた源融といえば一人しかいませんが、あちらは史実では9世紀の人、頼信は10世紀後半から11世紀にかけての人なので、まあ同姓同名の方なのでしょう(ちなみに史実の綱は、本作で以前炎羅になって死んだ渡辺綱のご先祖でもあります)。

 何はともあれこの大納言、評判の美男で数々の浮き名を流したものの、最近は地方で隠居状態。しかし今回の災厄で人手が足りなくなり、復職してきたのですが……実は文字通り女性を毒牙にかける炎羅。美女を誘っては、その精気を喰らい、塵と変えていたのであります。

 しかし次々と貴族の娘が消えたことから光宮でも問題となり、頼信に調査の命が下り、番犬所からも雷吼に退治の指示が――と、あっさり事は露見することになります。
 そこで末摘花の警護に当たる頼信と雷吼ですが、そこに現れた大納言に挑んだのは当の末摘花……が、頼信が捕らえられ、私の負けじゃ、とあっさり諦める末摘花。「何しに出てきたんですか!」という金時の言葉は、全く以てごもっとも。

 しかし驚くべきはこれから。大納言は末摘花に対して「誰じゃお前は」と素で容赦ないツッコミを入れた上で、実は本当に狙っていたのは頼信と告白――「意味が分からん」という雷吼、後で説明するという金時、恥ずかしがる末摘花と三人三様のリアクションであります。

 かつて女に白髪を見つけられ、自分の老いを怖れるあまり、陰我に囚われて火羅と化した大納言。そんな彼を狂っていると断じる頼信に、私の美しさには狂う価値があると言い切る大納言はある意味ご立派でしょう。
 そして追ってきた雷吼たちに対し、催眠術で操られて襲いかかる頼信ですが……そこに駆けつけた末摘花は頼信に豪快平手打ち。さらに真に美しいのはそなたの心だと諭される頼信こそが真ヒロインなのでは……

 自分の美を否定されて火羅としての本性を現した大納言は、体の周りに、口からビームを放つ無数の面を従えて雷吼と対決。しかし真の牙狼の鎧をまとった雷吼の敵ではない……と思いきや、その時月が真紅に染まり、それに力を得たが如き炎羅の力は、雷吼を圧倒します。
 またもや末摘花が割って入ったことで窮地を脱した雷吼の一刀が炎羅を両断しますが――その魂(?)は真紅の月に消えて……

 人の弱さを知りつつも、それでも人を護ると、星明に誓う雷吼。そして番犬所の稲荷が、道摩と道満が月に意味ありげに呟き、そして久々に赫夜が姿を現し……


 と、ついにタイトルの「紅蓮ノ月」が登場した今回。本編的にはかなりつっこみどころも多かったのですが、末摘花のキャラクター自体は悪くありません。真ヒロインの頼信とはお似合いではないでしょうか。
 一方、雷吼は思ったよりも星明のことを引きずらなかった印象がありますが、鎧を装着する際に、思わず「星明!」と言ってしまうくだりはなかなか良かったかと思います。しかし星明はやっぱり闇堕ちするのだろうなあ……とOPEDを見つつ。


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2016.01.28

新美健『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』 銃豪・剣豪たちの屈託の果てに

 西南戦争も西郷軍の敗色が濃厚となった頃、砲兵工廠に勤める村田経芳に、大久保利通より、西郷救出の命が下る。同行する救出隊のメンバーは、警視隊の藤田五郎をはじめ曲者揃い。しかもメンバーが揃う前に隊長が何者かに暗殺されてしまう。果たしてこの任務の背後に隠されたものとは……

 西郷隆盛といえば、今更語るまでもない幕末・明治の大立者。しかしその死後、日露戦争の際に畝傍に乗って帰ってくるなどという、伝奇小説めいた噂が本当に流れた、どこか妖しい空気をまとう人物でもあります。
 本作はその巨星の最期の時を題材にした優れた冒険小説にして伝奇小説、そして何よりも時代小説であります。

 本作の主人公となるのは村田経芳――薩摩出身の軍人であり、そして初の国産小銃である村田銃にその名を残す技術者。
 若い頃から銃に取り憑かれ、トップクラスの狙撃技術を持つとともに、自ら銃を作り出すことに情熱を傾ける「銃豪」とも言うべき彼に、西郷救出の密命が下ったことから、この物語は幕を開くこととなります。

 不平士族の暴発に巻き込まれた形で反乱軍の長となった西郷――その彼を救うべく、かつての盟友・大久保利通は極秘裏に西郷救出隊を編成。それの一員に選ばれてしまった彼は、気の進まぬ任務ではあるものの、砲兵工廠の一技術者である哀しさ、断れば小銃開発の夢が断たれると、重い腰を上げたのですが……しかし最初から大波乱に巻き込まれることになります。

 救出隊の最初の集合地点で待っていたのは、隊長となるはずの男が何者かに殺されたとの知らせ。一枚岩とはとても言えない新政府の内幕は複雑怪奇、西郷の救出を快く思わない何者かによるものか、それ以降も次々と彼と救出隊を危機が襲います。
 果たして隊の中に裏切り者がいるのか。本当に隊は西郷を救出しようとしているのか。そして戦場の真っ直中をくぐり抜け、西郷と出会うことができるのか。死闘に次ぐ死闘の末、村田が見たものは……


 本作のジャンルを大まかにいえば、不可能ミッションものということになりましょうか。ほとんど不可能としか思えない目的に、ごくわずかな、しかし個性的なメンバーで挑む――軍事冒険小説の花形ともいうべきスタイルであります。

 目的の困難さは先に述べましたが、村田の仲間となる面々もまた、極めて個性的。
 警視隊の藤田五郎――と言えばおお! となる方も多いでしょう、あの斎藤一に加え、庄内藩で戦った元新徴組の豪傑、船の扱いでは右に出る者がない美少年、長岡藩出身でアメリカ帰りの老ガンマン、そして謎めいた野生の女スナイパー……

 いずれも一癖も二癖もある人物揃い、しかもその大半が旧幕府側で戦った人間とくれば、到底無事に行くわけがありません。ぶつかり合い、すれ違う彼らが、謎の敵や大自然の脅威と戦う中、徐々にチームとして団結していく様は、定番とはいえ大いに魅力的です。
 そしてそんな中に、これも定番ではありますが、内通者がいるのでは、という疑いがまた、絶妙なスパイスとして物語を盛り上げていくのであります。


 しかし本作をさらに魅力的なものとしているのは、村田をはじめとする登場人物のほぼ全てが抱えた屈託の存在でありましょう。

 国産銃の開発という夢を持ちながらもなかなか実現できず齢を重ね、いまは不本意な任務に駆り出された村田。幕末からひたすら戦い続け、新政府の犬と自嘲しながらなおも血刃を振るう藤田――
 この物語の中心となる二人は、それぞれ銃豪と剣豪と呼ばれるべき腕前の持ち主でありながら、今の自分の生き様に対して大きな屈託を抱えているのであります。

 そしてそれは他の登場人物も、様々な形で抱えたもの。幕末・明治の動乱の中で犯した罪への引け目、無為に生き残ってしまったという悔恨、己の目的・大義のために何かを捨てることへの諦め……様々な形で描き出されるそれは、しかしクライマックスにおいて、意外な形で昇華されることとなります。

 銃豪と剣豪が、旅の果てに見たもの、出会った者。どこか神話的な色彩すら帯びたそれは、彼らが新たな時代を迎えるための力を与え――そしてそれは、確かに我々の心にも届いたと感じられます。

 作者はこれまでいわゆる美少女ゲーム畑で活動してきたとのことですが、そこから時代冒険小説作家として鮮やかに脱皮してみせた姿は、屈託から解放された村田たちの姿と重なる……というのは失礼でしょうか。
 本作の続編も含め、これからの活躍を期待したい作家の誕生であります。


『明治剣狼伝 西郷暗殺指令』(新美健 角川春樹事務所時代小説文庫) Amazon
明治剣狼伝―西郷暗殺指令 (時代小説文庫)

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2016.01.27

吉橋通夫『真田幸村と忍者サスケ』 戦国の世に少年少女が背負ったもの

 先日来、大河ドラマ効果で刊行されている(であろう)様々な児童向け真田ものを紹介しておりますが、本作もその一つ――これまでなかなか紹介する機会がありませんでしたが、『凛九郎』や『風の海峡』等、時代ものを中心に活躍している作者による、少年時代の幸村とサスケを描いた作品であります。

 大坂の陣開戦前夜、成長した幸村とサスケが、自分たちが出会った頃を振り返るという形式で描かれる本作。
 その出会いの時期は、真田家が上田城を築城していた頃――武田家が滅び、真田家が生き残りのために周囲の大大名と必死の駆け引きを繰り広げていた頃であります。

 その真田家の家臣・矢沢三十郎が訪れたのは、忍びの世界に名を轟かす、信濃は戸隠の飛雲一族(というより一家)の里。何者かの妨害により、上田城の築城が遅々として進まぬ中、上杉方の前線基地とも言うべき海津城探索の依頼を携えての来訪であります。
 そして、一族を支える父と兄は別の依頼――というより、それがほかならぬ上田城築城の妨害なのですが――で不在であったため、サスケがその任務を請け負い、忍びとしての初仕事をすることになったのであります。

 その任務の最中、三十郎が仕える幸村と出会ったサスケは、年齢が近く、どこか似通った風貌だったこともあって意気投合、互いの名を呼び捨てする仲に。さらに、修行と称して飛雲一族の里に現れた伊賀の少女忍者・ほのかを加え、三人は以後も様々な形で、真田家と上杉家の争いに関わっていくこととなります。

 サスケの奇策により、上杉との争いはひとまず収まり、一時の平穏が訪れた真田家。しかし沼田の地を巡り真田家は徳川家と対立、徳川の大軍が上田城に押し寄せることとなります。そして寄せ手の中には、思わぬ人物の顔が……


 (特にフィクションの世界では)真田家が戦国の世に最初に名を轟かせることとなった第一次上田合戦。本作のクライマックスもこの合戦が舞台となりますが、しかし実質的な物語の始まりが、真田と上杉の小競り合いの時期――ある意味「地味」な時期であるのがなかなかに面白く、そして本作の特色が表れているように感じられます。

 というのも、サスケの属する飛雲一族は、優れた腕を持ちながらも、決して人を殺めないことをモットーとする忍びたち。それ故に暗殺や戦場働きは引き受けず、情報収集や後方での攪乱を専らとする存在なのであります。
 それ故にサスケの活躍もそうした場に限られ、合戦に関わったとしても、後方での働きが中心。裏方としての忍びの姿が、本作では主として描かれるのです。

 それにしても、人を殺めない忍者というのは、いかにも絵空事と感じる向きもあるかもしれません。
 そしてそれは、我々読者だけでなく、本作の登場人物――幸村や、ほのかも感じること。この戦国乱世に、たとえ忍者ではなくとも、人を殺めずに生きていけるはずもない……と、彼らはサスケにその困難さを語るのであります。

 確かにそうかもしれません。しかし、それであれば、人が人を殺すのが当然の世界とは何なのか……サスケの、飛雲一族の思いは、この時代においては異端と言うほかないが故に、この時代の姿を、一種逆説的に浮き彫りにするのです。

 しかしそれでもサスケは、それが飛雲一族に生まれた自分の生き方と信じ、それを貫こうとします。そして背負うものは違えど、幸村も、ほのかもまた、己の背負ったものとともに、歩み始めるのです。
 それが正しいことなのか、それしか彼らには選べないのか……その答えをあえて決めつけず、あるがままに描くのは、本来の想定読者層に対する一種の問いかけでもありましょう。この辺りは、さすがにベテランの呼吸と申せましょう。


 さて、冒頭に述べたとおり、本作は大坂の陣を前にしての回想というスタイルで描かれます。だとすれば、本作で描かれた時代から、「いま」に至るまでには、まだまだ様々な出来事を、サスケが、幸村が、ほのかが経験してきたはず。
 果たしてその中で、それぞれがそれぞれらしく生きることができたのか……それを見てみたい、という気持ちが強くあります。


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2016.01.26

『牙狼 紅蓮ノ月』 第14話「星明」

 星明が雷吼を救うことを選んだことにより、来世門は巨大な繭に押し潰され、数多くの人々が犠牲となる。それを悔やむまもなく出現した無数の素体炎羅と戦う雷吼。その頃、光宮では炎羅と化した保憲が正体を顕し、道長たちに襲いかかる。混乱の中、鎧の封印の正体と星明の真意を知った雷吼は――

 後半戦の幕開けとなる大乱戦の後編である今回は、物語の冒頭から雷吼を、牙狼の鎧を縛っていた封印にまつわる物語でもあります。

 倒壊した来世門を前に、自分のせいで多くの人が死んだと責め、その場に居合わせた晴明に、以前一度あったように鎧の封印を解いてくれと願う雷吼。しかし彼の中に焦りを見た晴明はそれを拒否、そんな雷吼の自己犠牲の精神こそが星明の危ぶむものであり、そのために星明は自分の命を削っていたのだと語ります。
 そう、鎧の封印の正体、その力の源は星明の生命力――彼女は自らの寿命を削りつつ、鎧を封印、いや雷吼を護り続けていたのです。

 と、そんな晴明を後ろから貫く炎羅の爪! と思いきや、それは身代わりの式神でしたが、彼らの周囲に現れたのは無数の素体炎羅……巨大な繭の中に潜んでいたものたちです。
 一方、光宮の内部では、炎羅化した保憲が、蝶に似た正体を顕し、触れただけで塵と化す口吻と鱗粉で、保憲の術で封じられた光宮の中の人々を次々と惨殺。繭の炎羅たちにより雷吼や晴明を足止めし、光宮を襲撃する――それこそが道満の真の狙いだったのでます。

 が、その当の道満は、光宮に駆けつけた星明の挑発にあっさり乗って人々に逃げられる始末……が、蝶嫌いの星明にとって、蝶の炎羅と化した保憲はまさに天敵、取り乱した彼女をツンデレっぽく助けたのは、前回道長に暴言を吐いて牢に繋がれていたところを兄に解放された保輔、いや斬牙であります。

 しかし流石に晴明の下風に立たされたとはいえ、保憲が変じた炎羅は強く、あっという間に斬牙も、星明も窮地に立たされることに。そこに追い打ちの精神攻撃を掛けるのは道満。星明にとって運命の男であった雷吼の心を、星明自身が踏みにじったと、彼女の闇を救う大切な光を自ら消してしまったと、陰湿に煽る彼の言葉に、絶望の淵に沈みかける星明ですが……

 しかしそれを救ったのは、意外にも彼女が連れる式神。数話前から地味にコメディリリーフとして登場しているこの式神は――喋れぬものの、言葉を体表に表示することで意思を表すのですが――星明の潜在意識の分身とも言うべき存在であります。
 そんな式神が示したのは、星明を励まし、雷吼を信じる言葉……そう、それこそは彼女の魂の言葉、心の叫びだったのであります。

 その頃雷吼はと言えば、炎羅に取り囲まれた状況だというのに、星明は人々よりも自分を選んだといまだに憤っている最中。
 しかし、彼女はより多くの人を救うたにその力を持つ雷吼を救ったのだと語る弟の頼信、そしてかつて雷吼が炎羅の闇に憑かれた時に星明がその闇を吸い取ったと教える金時の言葉に、ようやく雷吼は己の未熟さを――星明の大事さを悟るのでありました。

 今度は俺が星明を護る! その雷吼の強い想いは鎧の封印を自ら解き放ち、そこに現れたのは、より和風の鎧調となった真の黄金騎士・牙狼――素体炎羅を蹴散らし、光宮に駆けつけた牙狼と、(脇から出てきたわりに格好いいことを言う)斬牙、二人の刃は保憲炎羅を一撃で粉砕するのでした。
(そしておのれ見ておれとか捨て台詞を吐くも虚しく、星明に捕まってマウントパンチでボコられ、道摩の術で救われながらも師に口答えする道満……)

 ようやく互いの想いを真に理解した雷吼と星明。鎧の封印も解け、万事めでたし、と言いたいところですが――しかし雷吼に別れを告げ、一人去る星明。
 歩み去る星明の前に広がるのは闇――しかしその先には小さな星明かりが輝いているのでありました。


 というわけで、話の展開といい、タイトルといい、星明の身に何かが起きるのでは……と不安にさせられた今回ですが、蓋を開けてみれば、なかなかに盛り上がるパワーアップ回といったところ。
 しかし思わぬ形で星明は戦線離脱、一時のものかとは思いますが、しかしその間に二人が歩む道は……後半戦、いきなり荒れ模様であります。


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2016.01.25

篠綾子『月蝕 在原業平歌解き譚』 陰陽の美形貴公子、謎に挑む

 まだ幼い惟喬親王に懐かれ、何くれとなく世話を焼く宮中一の色男・在原業平。しかし親王に藤原氏の血を引く異母弟が生まれたことから、親王やその母に危難が迫る。そんな中、親王付きの女官から藤原氏の秘密が隠されているという和歌を手に入れた業平は、親友の陰陽師・葛木行貞とともに謎に挑む。

 歌人・藤原定家を主人公としたユニークな時代ミステリ『藤原定家・謎合秘帖』シリーズが印象に残る篠綾子の最新作は、同じく歌人を主人公とした作品。鎌倉時代の定家から時を遡り、舞台は平安時代――後に六歌仙と呼ばれるかの在原業平を主人公に、ちょっとライトなタッチのミステリが展開されることになります。

 六尺豊かな長身に華やかな美貌、和歌はもちろんのこと舞も優れ、そして武芸の腕も立つ――本作で描かれる業平は、やはりと申しましょうか、美女と見ると口説かずにはおれない色好みの貴公子であります。
 そんな彼に子供特有の遠慮ない突っ込みをいれながらも懐くのは、業平にとっては親族である惟喬親王。東宮が最も愛する后妃・静子との間に生まれた子であり、東宮は自分の次の帝にとまで望む利発な親王を、業平もまた、歌や馬術の師匠として、そしてどこか年の離れた弟のように慈しんでいたのでした。

 しかしそんな中、親王にとっては祖父に当たる帝(仁明天皇)が亡くなり、東宮が皇位(文徳天皇)につくことに。しかし今をときめく権力者である藤原良房の娘である明子が男児を生んだことにより、惟喬親王の立場は微妙なものとなります。

 良房と明子に押され、実家の強い後ろ盾もない静子と親王は宮中で肩身の狭い思いをすることに。それだけでなく、二人の周囲では様々な嫌がらせが起こり、それがやがて命の危険が及ぶに至り、業平は激しい怒りを覚えるのですが……
 そんな中、静子付きの女官・香澄が業平に見せたのは、三種の和歌が記された紙片。その和歌の中には藤原氏がこれまで行ってきた表沙汰にはできない秘密が記されていると彼女に聞かされた業平は、良房に一矢報いるために、謎に取り組むことになります。


 宮中の複雑怪奇な政治の動きと、そこにまつわる秘密が隠された和歌というシチュエーションは、冒頭に挙げた『藤原定家・謎合秘帖』シリーズの一作目に共通するモチーフがある本作。しかしそちらに比べ、本作はかなりの部分(もちろん意図的に)ライトな味付けをほどこしている印象があります。

 もちろんその最たるものは、業平のキャラクターであることは間違いありません。伝承に残る業平の色男キャラを再構築し、絵に描いたような平安朝の色男でありつつも、女子供には優しく、どこか憎めない、陽性の好男子として描き出しているのがなんとも楽しいのであります。
(惟喬親王と極めて仲が良かったというのは史実ですが、史実で後に彼とは浅からぬ……というより深い関係になる女性が、なかなか意外な姿で登場するのもいい)

 そしてその相棒となる親友の陰陽師・葛木行貞は、彼に負けぬ美形ながら、ひどく冷笑的で、無鉄砲な業平に容赦なく突っ込みを入れつつも、要所要所で彼をフォローするという実に美味しいキャラクター……というわけで、本作は、かなりキャラクター小説よりの内容となっている印象があります。

 そのためというわけではないかと思いますが、和歌の謎解きも、比較的あっさり目であるのはいささか物足りないというのが正直なところではありますし、また、行貞があまりに便利な存在となっているのは、ミステリとしてはどうかなあ……と思わなくはありません。

 しかし本作が、在原業平をはじめとして、日本史や古文の教科書に登場する人々に、新たな命を吹き込んだのは間違いありますまい。
 少なくとも、幼い親王のために本気で怒り、時の最高権力者にも遠慮なく喧嘩を売る業平のキャラクターは実に魅力的であります。

 まだまだこの時代、面白い題材や人物は目白押しであり、この先も描かれるであろう業平と行貞の冒険を期待しております。


『月蝕 在原業平歌解き譚』(篠綾子 小学館文庫) Amazon
月蝕 在原業平歌解き譚 (小学館文庫)


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2016.01.24

上田秀人『御広敷用人大奥記録 9 典雅の闇』 雲の上と地の底と、二つの闇

 巻数二桁の大台を目前としてなおも続く御広敷用人・水城聡四郎の苦闘は、いつ果てるともなく続きます。いよいよ竹姫を継室にする決意を固めた吉宗の命を受け、京に赴くこととなった聡四郎。しかし京に潜む公家たちは手強く、そして仇敵が思わぬ力を得て迫ることとなります。

 苛烈な大奥改革に取り組む最中、大奥で忘れ去られたように暮らしていた竹姫に恋した吉宗。その命で竹姫付きの用人となった聡四郎は、大奥の勢力を二分してきた天英院と月光院を向こうに回し、馴れない女の世界で苦闘を強いられてきたのですが……

 竹姫の身にまで危難が及ぶに至り、ついに竹姫を御台所に迎えることを決意した吉宗。しかし一般庶民でも結婚にはそれなりの手続きが必要なもの、ましてや竹姫は権大納言・清閑寺熈定の娘であります。
 竹姫を御台所とするには、京の公家たち、特に五摂家を説得する必要がある――というわけで、聡四郎はその使者として京に向かうこととなります。

 頼もしい家士である大宮玄馬に加え、新たに山里伊賀者の山崎伊織を仲間とした聡四郎は、途中、幾度目かの襲撃を仕掛けてきた元御広敷伊賀者組頭・藤川を撃退し、ようやく京に入ったのですが……しかし江戸を出たことのない聡四郎にとって、京は、いや公家の世界は得体の知れない魔境とも言うべき世界でありました。
 京都所司代の手を借りて何とか関係の公家と対面する聡四郎ですが、自分の感情をなかなか表に出さぬ公家相手に四苦八苦することに……

 一方、全てのつてを無くし、盗賊を働くまでとなった藤川は、しかし京の闇を司る者――殺しなど荒事を生業とする顔役の一人に思わぬ形で見込まれ、力を借りることに。かくて藤川に雇われた殺し屋たちの群れが、次々と聡四郎一行を襲うことになるのであります。


 と、これまでと全く異なる場で展開する本作ですが、正直に申し上げて物語の起伏としては控え目の印象。新しい舞台はなかなかに新鮮でありますが、聡四郎自身の行動はお使いミッションに終始し、これまで以上に状況に振り回されて終わった感があります。

 その一方で――こちらも振り回されたといえばそうなのですが――もう一人の主役と言ってよいような存在感があったのが藤川。
 身から出た錆とはいえ、打つ手が全て裏目に出て伊賀組を追われ、もはや伊賀の里に助力を請うことすらできなくなった彼は、完全に「終わった」存在と思われたのですが……ここで裏社会の顔役と結びつくことになるとは。

 藤川は元公務員とはいえ、考えてみればどちらも闇の世界の住人、なかなか面白い組み合わせとなったものですが、さてこれが今後の物語に関わることとなるのか。
 作中で伊織に軽くツッコまれていたように、次から次へと敵を作ることでは誰にも負けない(?)聡四郎ですが、新たな敵の存在は、舞台が京を離れても彼の戦いに陰を落とすことになるのでありましょう。

 公家と裏社会と――雲の上と地の底と、全く正反対の形で存在する京の闇を描いた本作。先に述べたとおり転章的なエピソードですが、しかしこれまで以上にユニークな内容であることは間違いありません。

 そしてラストでは史実が示す結末への伏線らしきものも描かれ、不穏な空気が流れた一方で、聡四郎には新たな行き先と任務が与えられることとなります。
 この様子では、次の巻も大奥とは離れた場での物語となりそうですが――吉宗とこの人物がここで繋がるか、という意外性もあり――先が読めない展開というのは、やはり楽しいものであります。


『御広敷用人大奥記録 9 典雅の闇』(上田秀人 光文社文庫) Amazon
典雅の闇: 御広敷用人 大奥記録(九) (光文社時代小説文庫)


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 「暁光の断 勘定吟味役異聞」 相変わらずの四面楚歌
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2016.01.23

『仮面の忍者赤影』 第6話「恐怖の大魔像」

 霞谷に向かう赤影一行は、金目教に襲われていた山寺の和尚の娘・楓を助ける。和尚はただ一人金目教に逆らい続けていたのだ。その晩、和尚を襲う謎の巨大な手。凄腕の浪人に化けて霞谷に潜入した赤影らは、和尚をはじめ囚われていた村人たちを救出するが、そこに立ち上がった金目像の巨体が迫る……

 金目教篇もいよいよ折り返し地点。前回に続き、巨大な敵との正面切っての攻防戦が描かれることになります。

 金目教の本拠地・霞谷へと変装して(いつもながら本当に楽しそうに)旅する一行。と、謎の赤い玉に追われて少女・楓が崖から転落したのを見た青影は、もの凄い横っ飛びの大ジャンプ(なのか?)で楓を救出します。
 霞谷の近くにあり、村人たちは皆金目教に帰依しても、なおも節を曲げず寺を守る和尚が楓の父。その日も、自ら寺に現れた幻妖斎が、相変わらずのオーバーアクションで和尚と楓を脅かしていたのであります。

 楓を寺に返し野宿する赤影たちを襲う朧一貫と下忍たち。もちろんあっさりと変わり身で躱す三人ですが、その頃、幻妖斎が予告した怪事に対抗すべく一心に読経する和尚が籠もった堂がグラグラと怪しく揺れて……屋根を突き破って伸びてきたのは巨大な手!
 和尚を捕まえて消えた巨大な手に動転して寺を飛び出した楓を襲うのはまたもや一貫と下忍たちですが――しかしそこに編み笠覆面の武士が通りかかります。

 どこかで聞いたような声に襲いかかる一貫ですが、覆面の下から現れたのは、キラリと光るすずしい目なれど豊かな髭を蓄えた武士・隼主水。その不敵な面魂と腕前に感心した一貫に雇われた主水は、山道を向こうから歩いてきた、やさしいおじさんっぽい声の赤影に襲いかかります(この辺で忘れ去られている楓の存在)。

 一刀の下に主水に斬られ、崖下に転落した赤影の死体を確認しにいった下忍に襲いかかるのは白影……という状況も知らず、ご満悦の一貫は求められるまま主水を霞谷の幻妖斎のもとに案内するのでありました。
 そして金目像の前で幻妖斎と対面する主水ですが――しかし主水の刀には、幻妖斎にのみわかる目印――彼が赤影の刀につけた光る目印が。言うまでもなく主水こそは赤影、そして下忍に化けていた白影、シャボン玉ともに青影も参上、一気に大乱戦となります。

 形勢不利と見たか、金目像の下の洞窟に逃げた幻妖斎を惜しくも逃してしまったものの、和尚をはじめとした村人たちを発見した赤影は、彼らを連れて谷を脱出することに。
 谷にかかった橋の上で、村人を逃がすためにコントまじりの戦いを繰り広げる三人の前に一貫も谷底に消え、楓も和尚とめぐりあってめでたし……と思いきや、そこに響く幻妖斎の声。その声の出所は金目像――岩山から顔を出す形だった金目像が、岩山を崩して立ち上がったのであります!

 今度は楓をその手に捕らえた金目像に対し、決死の戦いを決意する赤影たち。そして面白ポーズから忍法八方分身で三分身した赤影は――飛んだ! 凧など何の道具もなく、あたかもそれが当然であるかのごとく!
 そして金目像の頭上を飛び回り、手首に仕込んだ機銃を超連射! もう、どういう理屈で何をやってんだかわかりませんが、映像になっているから仕方ありません。

 そんな常識はずれの攻撃の前に、たまらず楓を離した金目像。その隙に白影と青影は足下に火薬を撒き、楓を救って戻った赤影を加え、三人揃って手甲銃(というよりランチャー)で金目像を攻撃、さらに足下の火薬が爆発し、さしもの金目像も谷底に転落して動きを止めるのでありました。

 が、赤影たちが一瞬目を離した隙に、金目像はその場から消滅。本拠地である霞谷を捨てた幻妖斎と七人衆たちはいずこに……


 というわけで、お話はシンプルですが、とにかく忍者vs巨大兵器が真っ正面から超激突という、前半戦終了に相応しいテンションの高さであった今回。特撮技術的にはプリミティブな絵面なのですが、それがかえって妙な迫力とリアリティを醸し出すエピソードでありました。
 是非一度はご覧になって、仰け反っていただきたいものです。


<今回の超兵器>
金目像
 金目教が崇める神像に偽装された(おそらくは)カラクリ兵器。岩に埋もれた姿だったが、霞谷に潜入した赤影たちの前で立ち上がった。巨体に相応しいパワーを持つが、忍者の俊敏性と常識はずれの飛騨忍法によって谷底に転落、姿を消した。


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2016.01.22

唐々煙『煉獄に笑う』第4巻 天正婆娑羅活劇、第二幕突入!

 強大な力を持つ大蛇(オロチ)復活を巡り、戦国の世を舞台に繰り広げられる大活劇『煉獄に笑う』も、着々と巻を重ねてもう4巻、本伝に迫る勢いであります。曇神社の双子がまさかの退場!? という前の巻の衝撃の引きから続き、物語は第二幕開幕とも言うべき展開を迎えることとなります。

 大蛇復活の秘密を握るという謎の存在・髑髏鬼灯の探索を、秀吉から命じられた石田佐吉。それ以来、曇一族のおかしな双子に翻弄され、雑賀一族の内紛に巻き込まれ、凶人の群れとも言うべき百地丹波一党と対峙し……様々な苦難の果てに彼が知った髑髏鬼灯とは、大蛇とは永劫の因縁を持つ「彼女」でありました。

 しかしその正体を知ったものの、あえて道化を装って彼女を、近江の国を守ってきた曇の双子はその命を散らして――というあまりに衝撃的な展開に一度は絶望の淵に沈んだ佐吉ですが、しかし主君の言葉に(余談ですがこの秀吉のキャラがまた実に良い。イメージ的にあまり秀吉好きではない私も納得)再び立ち上がることを決意することとなります。


 と、そこから一気に時は流れて3年後。前巻のラストからこの辺りまでは、新展開というより、舞台の二幕目に入ったという印象ですが、それはさておき――

 双子の役目を引き継ぐことを決意した佐吉がついに巡り会った髑髏鬼灯の彼女が佐吉に託したのは、大蛇の復活・支配・封印を司るという巻物の奪還。
 そしていまその巻物を持つ者、それは有岡城主・荒木村重――今まさに、信長に叛旗を翻しているまっただ中の人物であります。

 なるほど、この時期で信長絡みの伝奇もので題材となるのは天正伊賀の乱が専ら。実際、本作でも先に織田信雄の専行により織田軍が大敗した第一次の戦が描かれますが、なるほどこの時期は、村重の謀叛という事件もありました。
 なかなか伝奇ものの題材にはならない村重ですが、しかし彼によって黒田官兵衛が捕らえられ、長きにわたり幽閉されるなど、その影響は決して小さくはありません(その事件が本能寺の遠因となったという作品もあるほどで……)

 本作ではそのちょっと不遇な重要人物を、いかにも本作らしいとんでもないビジュアルで描き出しますが、その武将としての勇名とは背中合わせの弱さを背負った人物造形は、時に人の心の負の部分を――そしてそれに対する人の心の勝利を――描く、『笑う』シリーズに相応しいもの。
 そしてそんな村重と、どこまでも真っ直ぐあろうとするへいくわいものの出会いが生み出すもの――それもまた、実に本作らしいものであると感じられるのです。

 皆が平和に暮らせる世が夢という村重のキャラクターはどうかと思いますし、史実に照らし合わせると色々と苦しい部分はあるのですが、しかしそれでもなお、本作が戦国時代を舞台とすることに、一つの意味が見出せるように感じられた次第です。


 さて、そんな中で、島左近が本格的に佐吉と絡み、そしてこの時代の「安倍」が登場。さらに光秀、官兵衛とオールスターキャストが集結し、そしてここにあの千両役者二人が復帰……? と、この巻も大いに気になる引きで終わった本作。

 まだまだ大蛇にも負けないような怪物たちがゴロゴロしている中、果たして物語はどこに向かおうとしているのか――
 その終幕を迎える日が楽しみなような、来て欲しくないような気分になるというのは、それだけ本作が魅力的である動かぬ証拠でありましょう。


『煉獄に笑う』第4巻(唐々煙 マッグガーデンビーツコミックス) Amazon
煉獄に笑う 4 (マッグガーデンコミックス Beat'sシリーズ)


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 「曇天に笑う」第1巻
 「曇天に笑う」第2巻 見えてきた三兄弟の物語
 「曇天に笑う」第3巻 曇天の時代の行く先は
 「曇天に笑う」第4巻 残された者たちの歩む道
 「曇天に笑う」第5巻 クライマックス近し、されどいまだ曇天明けず
 「曇天に笑う」第6巻 そして最後に笑った者
 「曇天に笑う 外伝」上巻 一年後の彼らの現在・過去・未来
 唐々煙『曇天に笑う 外伝』中巻 急展開、「その先」の物語

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2016.01.21

片倉出雲『女賞金稼ぎ 紅雀 閃刃篇』 人を、己を殺し続けた旅路の果てに

 本庄宿での死闘で、父母と弟の仇である高波六歌仙を二人まで討った紅雀。残る四人を追って上方に向かう紅雀だが、その前に六歌仙の配下たちが立ち塞がる。無数の敵との死闘、初めて出会った心を許せる男性の存在――そして旅の果て、ついに頭領の高波軍兵衛を追い詰めた紅雀が知る真実とは……

 帰ってきた謎の覆面作家・片倉出雲の新作『女賞金稼ぎ紅雀』の、二ヶ月連続刊行第二弾であります。賞金稼ぎに身をやつし、苛烈な復讐旅を続ける紅雀の戦いもいよいよ佳境、様々な人々の思惑が絡まり合う中、彼女の復讐の刃が全てを断ち切ります。

 高崎藩勘定吟味役の娘に生まれ、何不自由なく育ちながらも、凶賊・高波六歌仙一党の手によって、父を、母を、弟を喪い、復讐のため賞金稼ぎの老抜け忍・黒鳶に殺人術を学んだ紅雀。
 賞金稼ぎに身をやつしつつ仇を追う彼女は、ようやくその痕跡を掴んだ本庄宿では、死闘の末に六歌仙のうち二人と、彼らが集めた賞金稼ぎ三十人あまりをただ一人で壊滅させた――というのが前作『血風篇』のあらすじであります。

 本作では紅雀が残る四人の仇の跡を追うこととなるのですが、しかし六歌仙たちも独りで行動しているわけではありません。その部下たち――いずれも殺人術を修めた猛者たち、その総数(前作で倒された者も含めて)四十四人、合わせて五十人の外道と、彼女は単身戦う運命にあるのです。
 しかも悪辣な六歌仙は、各地に手を回し、紅雀を凶悪な賞金首に仕立て上げ、賞金稼ぎたちに彼女を狙わせるという悪辣な策を取ることに。

 さらに彼女を襲うのは不可解な現実。六歌仙の頭目である高波軍兵衛は、何と彼女の生まれた高崎藩の勘定方支配の座に、今は納まっているというではありませんか。
 果たしてそれはいかなる絡繰りによるものなのか。あるいは、彼女の家族が殺された一件とも関わりが……? 疑心暗鬼に囚われながらも、紅雀の孤闘は続くのですが……


 一つの宿場町の中、そして悪人が立て籠もった屋敷の中という、閉鎖空間での死闘が描かれた前作に対し、紅雀が仇の後を追い、西へ西へ旅を続ける本作は、いわばロードノベルのスタイル。スタイルは大きく異なりますが、しかし全編これ殺陣殺陣殺陣! と言うべき死闘で貫かれているのは、これは前作同様であります。

 いつでも、どこからでも襲いかかってくる敵を迎え撃つことを強いられる紅雀ですが、しかしその強さは尋常なものではありません。
 刀を、鎖を、両手両足を、三度笠や合羽までも武器として使う彼女は向かうところ敵なし――凡手がそれをやれば、それはそれで興ざめになりかねないところですが、アクション描写の見事さやシチュエーションの面白さ、ストーリーとの絡め方において、少しも飽きさせることなく展開される死闘の数々は、作者の地力というものを感じさせます。


 しかし、本作で描かれるのは戦いのみではありません。本作で描かれるもの――それは際限ない殺し旅の中で、もう一つ彼女が殺したもの、彼女自身の心であります。

 仇討ちに命を賭けると決めた時から、女であることを、いや人であることを捨てた紅雀(ちなみに本作、安易に紅雀が「女」を武器にするシーンが皆無なのが嬉しい)。
 しかしどれほど凄惨な過去を持ち、どれほど強固な復讐心を持ちながらも、本当に人は人であることを捨て去れるものなのか――

 ある意味これは、復讐を扱う作品には付きものの、定番の問いかけではありましょう。しかし物語のピースの一つとして織り交ぜられたそれは、描かれる死闘旅の連続が苛烈であればあるほど、より一層、不思議な輝きを放つのであります。


 人も己も殺し続けた復讐旅。その果てに何が待つのか――そしてその先に何があるのか。本作で描かれたものは、その一つの答えではありますが、しかし全てではありますまい。
 紅雀の旅の、その先を待ちたいと……そう感じます。


『女賞金稼ぎ 紅雀 閃刃篇』(片倉出雲 光文社文庫) Amazon
女賞金稼ぎ 紅雀 閃刃篇 (光文社時代小説文庫)


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2016.01.20

睦月ムンク『陰陽師 瀧夜叉姫』第7巻・第8巻 「静」から「動」へ……大長編完結!

 およそ四年近くに渡って描かれてきた漫画版の『陰陽師 瀧夜叉姫』もいよいよ同時発売の第7巻、第8巻によってついに完結であります。複雑に入り乱れた因縁はついに一つに結び合わさり、物語は解決編とも活劇編とも言うべき展開に突入。まさにクライマックスに相応しい盛り上がりであります。

 京を舞台に次々と起こる怪事件――その怪事件とそれに巻き込まれた人々が、いずれも20年前の平将門の乱と関わっていること、そしてその背後に恐るべき企てが隠されていることはわかりましたが、未だ謎は数多く残されております。
 果たして将門の右手はどこに消えたのか、暗躍する謎の美女・瀧夜叉姫の正体は。奇怪な瘡に取り憑かれた平貞盛の言動に隠されたものは……

 晴明が、博雅が、道満が、保憲が、秀郷が――一連の事件に関わり、その謎を追ってきた人々の前で、意外な事実が語られ、そして意外な人物がついにその正体を顕すこととなります。


 前の巻の紹介では、物語の面白さは感心しつつも、しかし漫画として見た場合は、あまりに「静」の展開が多いことに、不満を抱いた記憶もある本作。しかしこれまでの謎と秘密、秘められた過去を丹念に積み重ねる展開は前の巻(正確には第7巻の前半)まで、であります。
 物語は一気呵成に動き始め、これまで抑えていたものが一気に爆発した感すらある展開の気持ちよさは、これまでの溜めがあってこそ。そして、二巻まとめての刊行も、この「動」を一気に楽しませてくれる、心憎いやり方と申せましょう。

 これまでの物語において、いや、『陰陽師』という作品においては「静」のイメージを具現化したような晴明が、ここにおいては本当に珍しいことに声を荒げ、アクティブに活躍するというだけでも、その特別さがわかろうというもの。
 もちろん、もとより「動」の人である秀郷も、年を感じさせぬ(いやそれどころか……)な大活躍でありますし、最強の鬼札あるいは道化師と言うべき道満も、実に格好良くも「らしい」言動を見せてくれるのも、大長編の締めくくりとしてたまらぬものがあります。


 しかし、そんな物語において描かれるものは、あくまでもこの世に生きる者が背負ってしまう業とも言うべきものであるのが、素晴らしい。

 将門という巨人が背負い、その身を鬼と変えることとなった哀しみ。ここで明かされるその哀しみの存在は、いかにも本作らしい残酷さに満ちたものではありますが、しかしそれでいて我々の胸にも突き刺さる、一種普遍的な――人であるからこそ感じられる想いでありましょう。
 そしてその想いが過剰に高まった時、人は鬼となる……というのは、これは『陰陽師』シリーズを貫く則とも言うべきものであり、シリーズの中では破格とも言うべき内容の本作においても、それが明確に貫かれているのも面白い。

 そして、そんな展開を経ながらも、事件の黒幕が語る「人」であることの意味が、極めて皮肉なものであり、そして同時に別の意味で強烈な業を感じさせるものであることもまた、強く印象に残るのですが……


 しかし、ここで原作既読者としては、大いに不満に感じてしまう点が、実はあります。
 それは、この黒幕の業の発露に対して、原作において博雅がかけた言葉――人が人であることを、自分が自分であることを肯定してみせたその言葉が、この漫画版では完全にオミットされていることであります。

 『陰陽師』という物語においては基本的に傍観者でありつつも、時に無自覚なままに、その素直な感性でもって真実に触れ、そしてそれが大きな動きをもたらす博雅。
 原作のその言葉は、実にその博雅の博雅たる所以とも言うべき言葉であり――これは正直に申し上げれば、この漫画版でその場面がどのように描かれるのか、私はずっと楽しみにしてきたのですが……いや残念。

 冷静に考えてみれば、(この漫画版がそうであるように)なければないで話は通じるものでありますし、物語自身の価値がそれで変わるわけではないのですが――
 しかし期待が大きかっただけに、そしてこの漫画版がこれまでそれに応えるだけのポテンシャルを示していただけに、個人的には最後の最後で、何とも勿体なく感じてしまった……まことに申し訳ありませんが、それが正直な印象であります。


『陰陽師 瀧夜叉姫』第7巻・第8巻(睦月ムンク&夢枕獏 徳間書店リュウコミックス) 第7巻 Amazon/ 第8巻 Amazon
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2016.01.19

岡田屋鉄蔵『MUJIN 無尽』第2巻 少年の成長、大人の燦めき

 幕末を駆け抜けた隻腕の美剣士・伊庭八郎の青春時代を描く『無尽』第2巻であります。ひ弱だった少年時代から、周囲の暖かい目に励まされ、一歩一歩踏み出していく八郎。しかしそんな彼が、否応なしに大人の世界に足を踏み入れざるを得なくなる悲劇が彼を襲うこととなります。

 「一の子分」の鎌吉、頼もしい先輩の中根淑、無二の親友である本山小太郎――そんな友人・先輩たちとともに、剣の道に踏み出し、その天稟を示しつつある少年八郎。
 時は黒船が来航し激動の時代ながら、しかし世の大多数はそれを知らず未だ泰平を謳歌していた時代、八郎もその一人として剣に打ち込んでいたのですが……

 しかしここで思いもかけぬ悲劇が訪れます。それは父――八代目伊庭軍兵衛秀業の突然の死。齢五十歳にも満たぬ壮健そのものであった秀業が、コロリ(コレラ)に倒れたのです。

 ……と、ある意味この巻最大の見所(というのは気が引けるのですが)は、この凄惨極まりないコロリの描写。この時期に猛威を振るったコロリの恐ろしさは、様々な書物で読んで参りましたが、ここで描かれるそれは、もはや別格というほかない迫力であります。 その真っ正面から描かれる病状描写は、普通であれば避けるのではないか、と思わされるほどの、目を背けたくなるほどのものではありますが、しかしそれだからこそ生きるのが、その惨状を経てなお秀業が見せる人としての、父としての最後の燦めきでありましょう。

 父の最後の叱咤激励を受け、八郎が父を送るために取る行動は、ベタと言えばベタではありますが、しかし迫真の描写の積み重ねにより、強く強くこちらの心を打つ名場面となっているのは、作者の筆の力によるものであることは間違いありますまい。


 そして父の死を悲しむ間もなく八郎が巻き込まれるのは、心形刀流道場の、伊庭軍兵衛の名の後継者を巡る揉め事。
 道場の、剣流の当主が亡くなった場合に後継者争いが起きるのは、決して珍しいことではありますまいが、しかしこの伊庭道場は血統ではなく、実力本位で選ばれるからこそ、紛糾する余地が生じるというのはなかなかに興味深いところでありますし、そこで八郎が取った思わぬ行動にも頷けるのですが――

 しかしこのエピソードで個人的に強く印象に残るのは、九代目であり、八郎にとっては義兄に当たる惣太郎の人物像であります。
 実力本位の剣流の後継者としては、温厚に過ぎるとも感じられる惣太郎。普通であれば長所でもあろうその人柄は、しかし剣術の世界においては逆に彼が周囲から侮られる原因ともなっていることは、第1巻でも描かれましたが、この事態において、彼の器量が活きることとなるのです。

 その腕を秀業が認めたとはいえ、九代目襲名をある意味自分自身が最も驚き、相応しくないと考えていた惣太郎。そんな彼が、八郎が軍兵衛の名を継ぐ日を夢見つつも、当主として過ごしてきた日々の重み――
 それは詳細には描かれませんが、しかしこの事態において彼が巧みに周囲を、八郎をまとめ、納得させてみせたその姿が、何よりも雄弁にそれを物語っておりましょう。

 自他共に認める「中継ぎ」が見せる頼もしさ……これもまた、秀業とは別の意味の、大人の燦めきでありましょう。


 さて、大人が大人としての存在感を示しつつも、時代の流れは、新たな世代の登場を促します。
 もちろん八郎もその一人であることは言うまでもありませんが、この巻の終盤に登場するのは、ある意味その具現とも言うべき者たちであります。

 「バラガキ」、「かっちゃん」……そう、八郎と同じ時代を剣を以て駆け抜けた「彼ら」の若き日の姿であります。
 後継者騒動の余波で初の他流試合を行うこととなった八郎。その相手というのが、あの道場の「彼」で……と、もう幕末ファンにはたまらない展開であります。
(そして彼らのビジュアルが、また最高に「らしい」のが嬉しい!)

 その強さは人のそれではなく「鬼とか天狗」の部類と評される相手に対し、伊庭の小天狗が何を見せてくれるのか――これは期待するなという方が無理であります。


『MUJIN 無尽』第2巻 (岡田屋鉄蔵 少年画報社ヤングキングコミックス) Amazon
MUJIN ―無尽―  2巻 (コミック(YKコミックス))


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2016.01.18

『牙狼 紅蓮ノ月』 第13話「相克」

 斬牙となった保輔の言葉をきっかけに、鎧の封印を解くよう晴明に詰め寄る雷吼。しかし星明は、人を全て救うことはできないとこれを拒絶する。一方、落成前夜の都の新たな護り・来世門の上に巨大な繭が出現、駆けつけた星明は繭を破壊せんとするが、雷吼に道満が追い詰められた時、彼女の選択は……

 今年一回目の放送は、後半戦の幕開けともいうべき内容。これまで幾度か描かれていた、魔戒騎士の使命に対する雷吼と星明の考え方の相違から、大きな悲劇が引き起こされることとなります。(ちなみに第12話は番外のキャスト座談会なので省略)

 物語は前回ラストから続き、保輔が斬牙となったことを知り、喜ぶ雷吼。しかし保輔は、俺は自分の意思でやりたいようにやる、人のためと言いつつお前は何も出来ていないと辛辣な言葉を放ち、去っていきます(確かに、彼の過去を思えば、それはある意味真実ではあるのですが……)
 兄・保昌に伴われてその行く先は、道長の待つ光宮、というのは彼らしくないように思いますが、都を脅かす火羅を倒せという道長の真意が、自分たちだけが助かりたいのだろうと面罵したのを見れば、それこそが彼の目的だったのでしょう。

 さて、それはさておき保輔の言葉に考え込んだ雷吼は、自分が自由に戦うための軛とも言える鎧の封印を解くように星明に迫りますが、星明はこれを一蹴。人を全て救うことはできない、というのは星明の持論ですが、今それを言われては雷吼も収まらず、飛び出していきます。
(その後、和泉式部のもとで「あいつは自分の命の重みを知らない」と案じる気持ちを吐露する星明はなかなかかわいいのですが……)

 さて、その晩は都の新たな護り・朱雀門の落成式前夜。落成した後、晴明が封印の呪を施すことで都の護りが完成するというこの門を前に、道長は工人たちにねぎらいの言葉をかけるのですが――
 それをあざ笑うかのように夜空に現れた巨大な繭。その表面の穴から飛び出した触手とも根とも茨ともつかぬ物体に、多くの人々が追いつめられていきます。

 そこに駆けつけた雷吼の前に立ち塞がる道満。さすがにこの場に及んでは鎧の封印を解いた星明は道満と対決、雷吼は繭を相手に人々を救わんとしますが、大きすぎる相手に手をこまねく状態であります。
 ここで選手交代、道満との相手を雷吼に任せ、自らの術で繭に向かう星明ですが、ここで道満に追い詰められ、鎧も解除されて倒れ伏す雷吼。星明は繭を攻撃しつつ、雷吼を道満から護ろうとするのですが……

 しかしたった一人で出来ることには限りがある。星明は、繭よりも雷吼を護ることを選ぶのですが――その代償に、地上に落下した繭は多くの人々を巻き込んで来世門を押し潰すのでありました。

 (珍しいCパートで)何故自分を選んだ、人々が死んだのは自分と星明のせいだと責め、決別を告げて去っていく雷吼。全ては、残された星明の前に現れたの道摩法師の思うつぼなのか――というところで次回に続くこととなります。


 冒頭に述べた通り、新年の、後半戦の最初のエピソードであった今回ですが、内容的には前後編の前編といったところ。
 魔戒騎士と魔戒法師としてコンビを組みつつも、全ての人を護りたいという雷吼と、人が護れる者には限りがあるという星明の立場の相克が、最悪の形で表面化したこととなります。

 もちろん雷吼のそれは魔戒騎士として尤もな主張ではありますが、しかし星明の言葉も決して誤りでも単なる現実主義でもない重みがあることは間違いありません。
 全てのヒーローが抱えるジレンマにはまり込んでしまった二人はいかにしてこれを乗り越えるのか……

 混乱の中、道満によって晴明に対する嫉妬心を煽られ、炎羅と化した加茂保憲の動向も含め、次回が気になるところではあります。


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 『牙狼 紅蓮ノ月』 第8話「兄弟」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第9話「光滅」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第10話「一寸」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第11話「斬牙」

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2016.01.17

2月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 楽しかった年末年始のお休みもあっという間に終わり、気が付けばもう一月も半ば。今年も1/24が! というのはさておき、もう二月の足音も聞こえてきました。というわけで今年も相変わらず続けます、2月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 2月は普通の月より少ない故か、残念ながらアイテムは少な目。特に文庫小説は結構寂しい印象があります。

 そんな中でも最も注目すべきは、やはり武内涼『妖草師 魔性納言』。『この時代小説がすごい!! 2016年度版』で第1位を獲得したシリーズの最新巻であります。しかし同誌によれば、このシリーズ、これで完結ということで、その意味からも気になる作品です。

 また、ミステリでは芦辺拓の好評パスティーシュ第3弾『金田一耕助、パノラマ島へ行く/明智小五郎、獄門島へ行く(仮)』が登場。タイトルが全てを物語っている感はありますが、しかしそこで何が起こるかは、全く予想が付きません。

 そして文庫化・再刊では、なんと20年前にノベルスで刊行された司悠司の『忍者太閤秀吉(仮)』が、何故か復活。また新装版では、昨年から刊行の続いている上田秀人『織江緋之介見参 4 散華の太刀』、そして『海狼伝』に続く形で白石一郎『海王伝』が刊行されます。

 一方、漫画の方は、新登場こそないものの、既刊シリーズでは気になる作品が続々登場。
 およそ勢いという点では屈指の平安バイオレンス伝奇である武村勇治『天威無法 武蔵坊弁慶』第6巻、個人的には大いに推している時にコミカル、時にどシリアスな鎌谷悠希『ぶっしのぶっしん 鎌倉半分仏師録』第4巻、最終決戦にいよいよ突入の水上悟志『戦国妖狐』第16巻、個人的にはここで完結なのが本当に惜しい、是非続編も漫画化をお願いしたい森川侑『一鬼夜行』第3巻、そして安定飛行のようで波瀾万丈の予感も漂う杉山小弥花『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第8巻が、注目でしょう。

 その他、たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記』第5巻、重野なおき『信長の忍び外伝 尾張統一記』第2巻、せがわまさき『十 忍法魔界転生』第8巻も要チェック……という辺りで、この月の漫画の充実ぶりがおわかりになられるのではないでしょうか。

 また、倉田三ノ路の武侠漫画『天穹は遥か 景月伝』第2巻も、どこに向かうのか気になるところではあります。


 最後にもう一つ、これは小説ですが、講談社タイガから刊行の篠田真由美『レディ・ヴィクトリア アンカー・ウォークの魔女たち』も気になる作品です。
 タイトルどおりヴィクトリア朝を舞台としたファンタジー色の強い作品のようですが、ここでこの作者の登板か! と驚きつつも楽しみにしております。



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2016.01.16

近藤五郎『黄金の剣士 島原異聞』 お家再興と秘宝探しと……正調時代伝奇活劇見参!

 時代小説レーベルの中では、比較的、いやかなりソレ系統の作品が多い白泉社招き猫文庫ですが、しかしはっきりと「伝奇活劇!!」「超時代活劇!」という文字があると、心も躍ります。というわけで、島原の乱から始まる因縁の中で、若き美剣士たちが怪事件に巻き込まれる、正調時代伝奇活劇であります。

 亡き父と同じ帰天合一流の剣を継ぐ道場に入門するため、江戸に出た青年剣士・十束輝之丞。師範の藤森数馬に父譲りの技を認められ入門を許された輝之丞は、その晩、雨夜孫兵衛なる怪人に誘き出された彼は、覆面の一党の襲撃を受けることとなります。この襲撃は容易く撃退した輝之丞ですが、しかし彼の周囲では、その後も怪しい影が出没することになります。

 実は彼と師は、約六十年前の島原の乱の際に奮戦した古賀家ゆかりの者たち。
 乱の際に切支丹の妖術師・金鍔次兵衛を討ち果たしたものの、讒言にあってお取り潰しとなった古賀家再興のため、輝之丞たちは密かに集まったのでした。そしてその証に、彼らの身には刻印が施されていたのであります。

 しかし、同志であるはずの道場の若き麒麟児・常磐主水は不可解な言動を示し、そしてなおも続く孫兵衛の暗躍。お家再興のためにすがった当代の松平伊豆守も何やら当てにならず、かつて古賀家を陥れた旗本・青沼家も輝之丞に触手を伸ばしてきます。

 果たして敵の正体は何者なのか。主水は敵なのか味方なのか。次兵衛の金の鍔に隠された謎とは、そして輝之丞自身が秘めた重大な秘密とは……!


 と、なるほどあらすじを見れば、確かにこれは直球の伝奇時代劇。お家再興、切支丹の秘宝探し、妖術師との対決……と、古き良き時代伝奇小説の要素が本作には詰まっています。
 むしろその「古き良き」が、新しさにすら感じられる点もあり、これは伝奇者としては大いに喜ぶべき点であります。

 その一方で、ある意味予定調和的部分も目につきます。登場する人物やアイテムの使われ方、作中に散りばめられた謎等、ある程度読める部分も少なくはない……というのも正直なところなのです。
 特に(詳しくは述べませんが)ラストの対決のシーケンスは、これも一種の運命と言っても、やはりちょっと……という印象は否めないのではありますまいか。

 しかしその良きにつけ悪しきにつけ予定調和的部分を、本作は作中で微妙な捻りを加えることで、うまく中和しているのもまた事実。特に、美形主人公にはあるまじき輝之丞の(嫌みにならない程度の)短慮ぶりや、ライバル兼先輩である主水の意外な面倒くささなど、クスリとくる部分でそれがあるのは大きいと感じます。

 また、終盤のある展開も、ここで主人公をそういう目に遭わすか!? という内容で、これはちょっと驚かされました。


 このように粗削りな部分は目につくものの、なかなかに魅力的な時代伝奇ものである本作。残された謎も少なくないことを考えれば、輝之丞たちの再びの冒険を見てみたい……という気持ちにもなるのであります。


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黄金の剣士 島原異聞 (招き猫文庫)

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2016.01.15

『決戦! 本能寺』(その三) 平和と文化を愛する者と戦いと争乱を好む者

 戦国史上最大の「事件」とも言うべき本能寺の変を舞台とした戦国アンソロジーシリーズ第三弾『決戦! 本能寺』の紹介その三、ラストであります。最後に登場するのは、変の主犯――明智光秀であります。

『純白き鬼札』(冲方丁)
 ラストを飾るのは、光秀その人が、その日その時を迎えるまでの内面を描く作品であります。温厚な器量人として、朝倉家で平穏かつ怠惰な日々を過ごしてきた光秀。しかし数奇な運命から信長に仕えた彼は、主の命じるまま、血泥にまみれて奔走することに、奇妙な喜びを感じるようになります。

 金ケ崎の退き口、比叡山焼き討ちと死線を潜り、汚れ役を押しつけられつつも、信長が天下に近づいていく姿に喜びを覚える光秀。しかし天下が目前に迫った中、信長が彼に語った真意――その目指す未来像は、到底彼には受け入れられぬものでありました。懊悩と惑乱の中で、彼はついに自らが鬼札として全てをひっくり返すことを決意して……

 これまでのシリーズで、小早川秀秋、豊臣秀頼と、ひ弱でネガティブまイメージがある人物を、現代人的理性を持ち、どこか達観した視点を持った人物として描いてきた作者。
 本作の光秀もその系譜に属する者かとは思いますが、この手法は、本作において最も効果的に機能していると感じられます。

 平和と文化を愛する光秀と、戦いと争乱を好む光秀。そのどちらも彼そのものであり、それが矛盾なく統合された彼の複雑な内面描写は、この時代の人間としては破格なものでありましょうが、それが違和感なく受け取れ物語筆致の巧みさに感心いたします。
 また、本作の信長は、これまでの信長像同様のブラック主君的側面を持ちつつも、自らと周囲の分を冷静に把握したある意味光秀以上に理性的な側面を持つ人物。それ故に信長と光秀の主従は噛み合ったかに見えたのですが……その理性こそが二人の間を引き裂いたという皮肉が心憎い。

 そして、涙ながらに主君に食ってかかる光秀の想いは、常軌を逸しているようでいて、しかしどこか我々自身の姿として納得させられるものが感じられるのであります。


 その他、本書に収録されたのは、島井宗室が商人の意地をかけて信長に対峙せんとする『宗室の器』(天野純希)、家康と酒井忠次の結びつきが変を通じて浮き彫りとなる『水魚の心』(宮本昌孝)、光秀に敬愛する斎藤妙椿の姿を見た斎藤利三の想いを描く『鷹、翔ける』(葉室麟)。
 どの作品もさすがの完成度ではありますが、個人的な趣味で言えば、紹介した四作品に一歩譲るところがあったという印象です。

 それにしても、本書がユニークなのは、光秀を主人公とした作品はあっても、信長を主人公としたものはなく――それでいて皆、信長の存在無くしては成立し得ない作品であることでしょう。
 あるいは、直視するにはあまりに巨大かつ眩い太陽である信長を、その周囲を巡る者たちを通じて描き出した作品集とも言えるかもしれません。


『決戦! 本能寺』(伊東潤ほか 講談社) Amazon


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2016.01.14

『決戦! 本能寺』(その二) 死線に燃え尽きた者と復讐の情にのたうつ者

 講談社の豪華作家陣による戦国アンソロジーシリーズ第三弾『決戦! 本能寺』の紹介その二であります。今回ご紹介するのは、森蘭丸と細川幽斎――本能寺の変に全く異なるスタンスで関わった二人を、全く異なるスタイルで描いた二作品です。

『焔の首級』(矢野隆)
 命を賭けた戦いの中でこそ己の生を輝かせる男たちを一貫して描いてきた作者が本書で題材に描いたのは、意外にもと言うべきか森乱成利。戦いとはほとんど無縁に見える彼も、しかし作者の手に掛かれば、熱い武人として生まれ変わるのであります。

 信長に忠実に仕え、「子を生まぬ側室」という陰口を自分でも認めつつも、しかし同時に武人としての熱い血のたぎりを抑えられずにいた本作の成利。一見意外にも感じられますが、しかしその父の、そしてその兄の武名を思えば、それはむしろ当然と言うべきかもしれぬその欲求は、思わぬところで満たされることとなります。そう、本能寺に明智の軍勢が押し寄せたことで――

 かくて本作で描かれるのは、ただ血のたぎりの赴くまま、嬉々として槍を振るう武人・森成利(と弟二人)の勇姿。もちろん歴史の示すとおり多勢に無勢ではありますが、しかし彼にとっては戦場で愛する主君を支え、屍山血河を作り出すことが武人の誉れであり――そしてその想いは、ここで存分に報いられることとなります。

 もちろんそれはあくまでも一瞬の光芒、彼と弟たち、そして信長を待つのは無惨な滅びの運命なのですが、しかしそれだからこそ輝く成利の生を描ききった本作は、やはり作者ならではのバトル歴史時代小説と言うべきでしょう。

 ちなみに作者の描く信長としては、やはり彼の生み出す「戦い」に翻弄される人々を通じて覇王の貌が浮き彫りとなる『覇王の贄』が必見であります。


『幽斎の悪采』(木下昌輝)
 『宇喜多の捨て嫁』で、血膿にまみれた宇喜多秀家の姿を描き出した作者が題材としたのは、タイトルにあるとおり細川幽斎(藤孝)。はじめは幕府に、次いで信長に仕えた藤孝は、明智光秀とは密接な関係にありつつも、変の際には彼に与せず、独自の動きを見せた人物ですが……本作はその彼の心中を、息苦しいまでに抉り出すのです。

 兄・藤英との賽による賭けの結果、実家である三淵家を出て細川家の養子となった藤孝。戦国乱世に翻弄されるまま、やがて信長に仕えることとなった彼は、敵に回った兄を一度は救ったものの、信長と光秀の手により無惨に奪い取られることとなります。
 配下に人の心を殺すことを強いて、意のままに操らんとする信長、強烈な上昇志向を持ち、かつての食客の身分から立場が逆転した光秀――この二人に挟まれた藤孝は、やがて兄の死の真相を知り、二人に復讐するため、そして自らが生き延びるために、周到に計画を練り始めることに……

 信長殺しは光秀ではない、ではないにせよ、その背後に他者の意志の存在を描く作品は少なくありません(冒頭の『覇王の血』もその一つでしょう)。しかし、信長と光秀の二人に恨みを持つ者が、自らが権力を握るためではなく、復讐のために計画を立てたという作品は珍しいのではありますまいか。
 そしてその主犯たる藤孝――あまりにブラックな主君に翻弄されるうちに己の心を殺し、冷徹な復讐鬼と化した彼の姿は、同様の運命を辿ったもう一人の秀家として感じられます。

 が、本作の真に唸らされる点は、結末間際に、本当に己の心を殺していたのが誰であったかが、藤孝のみにわかる形で描かれることでしょう。それにに気付いてしまった時、彼の心に去来するものが何であったか……
 目を覆わんばかりの人間地獄を展開しつつも、その中で人の人たる所以とも言うべき正の「情」の存在を描き出す(そしてそれがさらなる地獄を生み出すのですが)作者らしさが溢れる一編であります。


『決戦! 本能寺』(伊東潤ほか 講談社) Amazon


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2016.01.13

『決戦! 本能寺』(その一) 武田の心と織田の血を繋ぐ者

 戦国史上に残る合戦を、七人の豪華メンバーが、そこに参加した者それぞれの視点から描くアンソロジー『決戦!』シリーズも本書で三作目。これまで関ヶ原、大坂の陣が題材となってきましたが、今回は何と本能寺の変――天下分け目であることは間違いありませんが、些か毛色の異なる題材です。

 関ヶ原の合戦、大坂の陣と、どちらも数多くの武将たちが両サイドに別れて激突した大規模な合戦であったのに対し、本能寺の変は、それに比べれば小規模と言えば小規模であります。
 合戦より襲撃と言うに相応しい事件であり、当事者もそれだけ限られるこの変をこれまで同様料理できるのだろうか、というのはまず気になった点ですが、いやはやこうした切り口があったかと感心させられる作品ばかり。

 今回は、収録された七作品のうち、特に印象に残った数作品を一つ一つ取り上げて紹介いたしましょう。


『覇王の血』(伊東潤)
 巻頭に収められた本作は、ある意味本書で最もトリッキーにして、最も読み応えある作品ではありますまいか。何しろ主人公は織田信房(織田勝長)という、意表を突いた人選なのですから。

 信長が本能寺で没した際、その嫡男である信忠も同時に二条御所で命を落としたことは有名ですが、その際に同じ場で同じく散ったのがこの信房。信長の五男であり、このような最期を遂げながらも、これまでほとんど脚光を浴びてこなかったこの人物の数奇な運命を、本作は巧みに描き出します。

 幼くして信長の叔母に預けられ、岩村城で育てられた信房。しかし武田に城を落とされ、叔母が敵方の武将に嫁したことから、彼は武田家中で暮らすことを余儀なくされます。
 しかし岩村城が信長に奪還された際、叔母は信長に惨殺され(信長の残虐性を示すものとしてしばしば扱われるエピソードであります)、幼い頃から武田で育ったこともあり、信房は「母」の仇として信長に深き恨みを持つこととなります。

 やがて没落の道を辿る武田家から織田家に返された信房は、酷薄な父と対峙しつつも、兄・信忠の右腕として活躍し、その精神性を評価する父から、兄に継ぐ後継者とまで言われるほどとなるのですが……

 様々な時と場所を題材としつつも、その中でも武田家を描いた諸作が特に印象に残る作者ですが、本作では信房という武田と織田を繋ぐ人物を――武田に心を寄せ、信長を嫌悪するという極めて特異な人物を――中心とすることにより、本能寺の変の裏側に、思わぬ答えを与えることに成功しています。

 そして単に意外な物語であるだけでなく、信長への嫌悪が、同時に信長という覇王の血筋への嫌悪に繋がっていく信房の心理描写もまた実に興味深い。二条御所における彼の行動を、潔いと見るか哀しいと見るか――何とも味わい深い結末が待ちます。


 一作品目でかなりの分量となってしまいました。続く作品は次回に続きます。


『決戦! 本能寺』(伊東潤ほか 講談社) Amazon


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2016.01.12

高橋克彦『紅蓮鬼』 全面対決、人間vs淫鬼・怨鬼

 日経文芸文庫で決定版として刊行された高橋克彦の『鬼』シリーズの第二弾であります。第一弾の『鬼』は短編集でしたが、『鬼』では老境の姿が描かれた陰陽師・加茂忠行が、性交を通じて人から人に乗り移る異国の恐るべき鬼に立ち向かう若き日の姿を描いた長編です。

 菅原道真が没してから五年後の延喜八年(908年)、志摩国賢島に流れ着いた異国の巨船。その直後、里の若い娘が八人の男を惨殺する事件が発生、関連する可能性ありとして乗り込んだ者たちを待っていたのは、無惨に引き裂かれた無数の死体でありました。

 それから半月後、今度は榛原の山間で五人の男が惨殺され、調査に向かった都の役人・加茂忠道は、その場でただ一人生き残った少女と対面します。しかしその晩、忠道は新たな死体を残して何故か姿を消すことに……
 兄の消息を追う中、同様の事件があったと知り賢島を訪れた忠行は、そこで祖父の弟であり優れた陰陽師である加茂忠峰と、その弟子である男装の美少女・香夜と出会い、初めて「敵」の正体を知ることになります。

 それは、海を隔てた新羅の鬼・淫鬼――男女の交接を通じて相手に取り憑き、害を為す恐るべき鬼。母国を逃れた淫鬼は、自分のことがほとんど知られていない日本に逃れてきたのであります。
 兄が淫鬼に取り憑かれたと知り、忠峰たちとともに後を追う忠行。しかし淫鬼は太宰府で新たな鬼・怨鬼を復活させるとこれを使役して、更なる犠牲を増やすことに。果たして淫鬼の狙いとは……


 と、鬼の背後に常に人の存在があった『鬼』に対し、超自然の鬼と人間の全面対決を描く本作。冒頭のシチュエーションはあたかも『吸血鬼ドラキュラ』のようだ……と思いきや、美女怪物が暴れ回る様は『スペースバンパイア』か『スピーシーズ2』か、と、派手な活劇が楽しい作品であります。
 夕刊紙に連載されたこともあってか、エログロバイオレンスが横溢した内容には賛否が別れるかもしれませんが、個人的には、連載された約20年前という時代性を思い出して、どこか懐かしく感じました。

 閑話休題、大衆文学的な側面を強くしながらも、しかし登場する怪異が従う一種の魔界の法則ともいうべきルールの存在は、やはり作者らしいロジカルなものを感じさせるのが面白い。
 万能のようでいて決して無敵ではない弱点を持つ鬼と、陰陽道という人知を超えた技を持ちつつもあくまでも人間である忠行たちの対決の盛り上がりは、このルールに基づいた攻防戦ゆえと言えるでしょう。

 そしてまた、先に鬼と人間の全面対決と述べましたが、その背後で第三勢力的に暗躍する者が存在するのも、またこのシリーズらしいところ。
 都に鬼たちが侵入したのを奇貨として、自らの権勢を延ばすために利用せんとする者の存在は、鬼とは別の形で、この世の負の側面を描き出すものでしょう。そしてそれが道真と因縁のあった三善清行であり、その腹心が後世に数々の霊異を為したことが伝わる修験者・日蔵という組み合わせも――基本的に清行は善玉として描かれることの多いこともあり――面白く感じられます。

 もう一つ興味深いのは、本作の舞台となった時期は、陰陽師たちが軽んじられていた、ある意味陰陽道の没落期であった点でしょう。
 平安ゴーストストーリーでは常に主人公格の陰陽師たちにそんな時期がったというだけでも新鮮ですが、国家機関としての陰陽寮が十全に機能していなかった時期だからこそ、半ば在野の陰陽師である忠行たちの活躍の余地が生まれるというのは、なかなかに巧みな構図と感じます。


 とは言いつつも、(特に味方サイドの)人物描写があっさり目なのは少々残念な部分ではありますが、しかし肩の凝らない娯楽作品としては十分に楽しめる、そんな作品であります。

『紅蓮鬼』(高橋克彦 日経文芸文庫) Amazon
紅蓮鬼 (日経文芸文庫)


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2016.01.11

『仮面の忍者赤影』 第5話「謎の独楽忍者」

 鉄砲を輸送する木下藤吉郎の部隊が鉄独楽の襲撃を受けた。白影を救援に向かわせた赤影と青影は鉄独楽に襲われるが、単身赤影が戦いを挑む。一方、白影も輸送隊に化けた朧一貫に襲われるが、駆けつけた青影とともに窮地を脱出。赤影も大苦戦しながらも鉄独楽を谷底に落として勝利するのだった。

 何事もなかったように久々の赤影紹介であります。今回の物語は、サブタイトルにあるとおり巨大兵器・鉄独楽との対決が中心となります。

 堺で買い入れた鉄砲を横山城に運ぶ藤吉郎配下の一隊に襲いかかる鉄独楽。その強烈なパワーの前に輸送隊は全滅、鉄砲もすべて破壊されてしまいます。これに対し、竹中半兵衛は赤影一行に二度目の輸送隊の警護を依頼します。
 ここで三人は二手に分かれ、白影は凧で(ここで忍び凧の組立過程を見られるのが楽しい)輸送隊の警護に向かい、赤影・青影は霞谷に向かうことになるのですが――半兵衛に赤影が放った鳩(頭が赤いので鶏? と一瞬思いきや赤い仮面付き!)が落とされ、見に行った青影の前に、堂の中から幻妖斎が現れます。

 これは全て三人を一人一人引き離して始末しようという幻妖斎の策。それにまんまとはまり、堂の中に消えた幻妖斎を追った青影は檻の中に捕らわれ、その周囲からは鉄砲隊が迫ります。ここで一生懸命脱出の手段を考えるが思いつかず、思わず「助けてー!」と叫ぶのがシリアスな中にもおかしいのですが、そこに駆けつけた赤影がバッサバッサと敵を斬りつけ、難を逃れます。

 そこで白影の危機を悟って追いかける二人ですが、湖を小舟で行く彼らの前に鉄独楽が出現、小舟は真っ二つに。鞘を回して水を噴射して走らせる忍法水車で半分になった舟を走らせる青影を先に行かせ、赤影は陸に上り、単身鉄独楽に挑むのですが、ここから始まる一進一退のマラソンマッチ!

 刀の鐺を倒すと銃口が現れる連発式仕込みライフルで迎え撃つも効かず、今度はラッパ型のアタッチメントでロケット弾を放つ赤影。しかし鉄独楽は平然と怪光線を放ちながら彼を追い詰めます。
 これに対し接近戦を挑んだ赤影は忍法影法師の分身で鉄独楽の周囲を走り回って幻惑するのですが、効かずに怪光線の餌食に? と思いきや、倒れたかに見えた赤影は分身、鉄独楽は赤影が仕掛けた爆薬に擱座……

 その頃白影は輸送隊に追いつくのですが……しかしその彼に一斉射撃を仕掛ける輸送隊。実は隊に化けていたのは何故か六方を踏んで現れた朧一貫率いる下忍たち。これに対して空から爆薬を投げて反撃する白影ですが、一貫は忍法おぼろ縄なるバリアーで受け止めて余裕の表情……と思いきや、横から投げつけられた爆薬で吹き飛ばされる下忍たち。駆けつけた青影の働きで形勢逆転、逃げ出す一貫を追い詰め組み伏せた白影ですが、ここで一貫が口から液体を吐くとその姿はペラペラの白いシルエットになり、宙に舞って消失――豪快な容姿に似ず、何とも奇怪な忍者であります。

 さて、倒れた鉄独楽に近づく赤影ですが、しかしこれは彼にも似ぬ早急さ、再起動した鉄独楽に再び追われた彼は、谷間に逃げ込むことになります。後ろは深い亀裂、前からは鉄独楽……ここで横の絶壁をよじ登った赤影は、眼下の鉄独楽の軸めがけて決死の大ジャンプ! 見事軸の上に飛び乗った赤影がのぞき窓を叩き割って爆弾をたたき込めば、無敵の鉄独楽もたまるものかは、大爆発を起こして谷底に転落していくのでありました。

 駆けつけた白影・青影と無事再会、このワシが片づけてやろうと思うたに……と残念がる白影に、からかう青影、なだめる赤影という楽しい三人のやりとりを経て、三人は一路、霞谷へ向かうのでありました。その背後から、生きていた幻妖斎は不敵な笑みで見送るのも知らず……


 お話にしてみればシンプルながら、とにかくアタック&カウンターアタックで見せてくれた今回。時代劇離れした巨大兵器は赤影名物とも言うべきものですが、巨大兵器に単身立ち向かって互角の勝負を繰り広げる赤影はさすがというべきか、赤影をここまで苦しめた鉄独楽を讃えるべきか……しかし巨大兵器の本命は、次回登場するのであります。


<今回の超兵器>
鉄独楽
 幻妖斎が乗り込んで操縦する巨大な鉄の独楽。地中・地上・水中を問わず行動し、銃撃を跳ね返す強固な外壁を持ち、巨大な質量と側面から飛び出す刃、軸から発する怪光線を武器とする。唯一の弱点である覗き窓を破壊され、そこから爆弾を投げ込まれて破壊された。


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2016.01.10

平谷美樹『貸し物屋お庸 娘店主、捕物に出張る』 物語を貫く縦糸登場?

 貸し物屋・湊屋の両国出店を切り盛りする主人公――器量は良いのにべらんめえ口調で鼻っ柱の強いのお庸が、客の求める品物を、そして助けの手を貸すために奔走するシリーズも、快調に巻を重ね第三弾。これまで同様にお庸の痛快な活躍が描かれる一方で、何やら不穏な動きが描かれることになります。

 腕の良い大工の親方の家の長女という環境故か、自分を「おいら」と呼び、男勝りに育ったお庸。ある時、盗賊によって両親を殺された彼女は、「貸せぬものはない」という湊屋の主・清五郎に「仇討ちの手」を借り、その支払いのため、湊屋の出店の主として日々働くことに……

 という設定の本シリーズですが、今回も口は悪いが気は優しいお庸の痛快な暴れっぷりは――そして清五郎の前に出るとコロっと参ってしまう乙女ぶりは――もちろん健在。今回は以前アンソロジー『てのひら猫語り』に収録された「貸し猫探し」に加筆修正したものを含め、全四話が収録されています。

 巻頭の「行李」は、行李を借りに来た侍の態度に不審を持ったお庸が、男の不遇な過去を知ったことから、武士という身分に縛られた男を救うために奔走する物語。
 理不尽な運命に翻弄されながらも、誠実に己を貫こうとする男と、その姿にどこか父を重ねてしまうお庸の、不器用な交流が胸を打つエピソードです。

 続く「拐かし」は、知り合いの大工の息子が誘拐、身代金が要求されたのに対してお庸が「手」を貸して奔走する物語であります(本書のタイトルは本作の内容から取られたものでしょう)。
 面白いのは、本作で奔走するのが、お庸だけではないところ。拐かされた子供の遊び仲間や同じ長屋に住む住人たちが一致団結して子供を救い出し、犯人を捕らえるために一致団結するのですが――特に子供たちの活躍は、少年探偵団的な味わいがあるのが何とも楽しいのです。

 3話目の「貸し猫探し」は、先に述べたとおり、先にアンソロジーに収録されたものの加筆修正版ですので、そちらの紹介をご覧いただきたいのですが、パイロット版的に発表された原典の時点では存在しなかった設定を引いて、何とも微笑ましい結末を用意しているのが嬉しいところです。

 そして家に出没する化け物を封じるためのお札を貸して欲しいという男の依頼から始まる本書ラストの「亡魂の家」は、文字通り押し寄せる怪異描写が恐ろしい、完全な時代ホラー。もうゴミソや修法師を連れてくるべきでは? という怪異を前にしては、さしものお庸も形なしで、いささか意地悪ではありますが、そんな彼女の姿が見られるだけでも印象に残る一編です。


 と、それぞれに趣向も味わいも違う、バラエティーに富んだ全四話ですが、しかし実は本書においては、収録エピソード全てを――というより『貸し物屋お庸』という物語を貫く仕掛けがほのめかされています。
 それが何であるか、ここで詳しくは述べませんが、これまでお庸というキャラクターを構成する要素として何の不思議もなく受け入れていたものが、突然別の意味合いを持つように見えてくるというのが、実に面白い。

 その答え自体はまだ明かされていないのですが、しかしもしかしたら……と想像できる部分だけで、物語の様相がガラリと変わりかねない要素の登場は、正直に申し上げて予想していなかっただけに、嬉しい裏切りであった、という印象なのです。


 しかし真実がどうであれ、あくまでもお庸はお庸。この先もべらんめえで威勢良く、そしてお節介に、悩める人々に「物」と「手」を貸していくことでしょう。
 これからも、そんな変わらぬ彼女の活躍を見せていただきたいものです。


『貸し物屋お庸 娘店主、捕物に出張る』(平谷美樹 白泉社招き猫文庫) Amazon
貸し物屋お庸 娘店主、捕物に出張る (招き猫文庫)


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2016.01.09

小前亮『真田十勇士 1 参上、猿飛佐助』 価値ある「初めて」の十勇士

 いよいよ大河ドラマ『真田丸』が放送開始ですが、以前にも申し上げたとおり、個人的に楽しみなのは、それにタイミングを合わせて刊行される真田を題材とした児童書。これまで以上に活劇に、伝奇にしやすい題材ということで期待が高まりますが――本作は見事にそれに応えてくれる作品であります。

 時は16世紀末、信州上田で猿たちとともに野山に暮らす少年・佐助は、敵に追われる老忍者と出会い、これを助けることになります。老忍者――戸沢白雲斎の持つ力と技に魅せられた彼は、己がこの天下で生きていくための力をえるために弟子入りを志願、許されて修行を積むこととなります。

 やがて数年後の1600年、関ヶ原の合戦に真田昌幸・幸村配下の戸隠忍びの一員として参加した佐助は、真田家家臣の望月・海野の両六郎や渡り忍びの霧隠才蔵とともに奮戦。
 危ういところを才蔵に救われながらも、真田の軍が徳川秀忠の大軍を翻弄するのに貢献した佐助ですが、しかし天下の大勢を覆すことはできず……


 と、佐助の生い立ちと忍者の修行、昌幸・幸村の下での真田の兵たちの奮戦が描かれる本作の前半部分。
 内容的には非常に目新しいというわけではありませんが、歴史ものとして抑えるべき部分を抑え、活劇として盛り上げるべき部分を盛り上げる手腕はさすが、と言いたくなる印象があります。

 特に、山中で育ち、また幼いこともあって戦国の世相や合戦の在り方を知らぬ佐助の視点から描くことにより、あまりこの時代に知識を持たない――そして年齢的にはほぼ佐助と重なる――読者層にもわかりやすく、この時代というものを描き出しているのには大いに好感がもてます。
(子供が戦場で戦うという点についても、親しい者を失う痛みを緒戦で経験させることでうまく相殺している印象)

 そして後半は一旦佐助から離れ、関ヶ原後の京・大和を舞台に、独自に反徳川の活動を行う三好清海・伊佐兄弟、そして由利鎌之介の大暴れが描かれるのも楽しいところです。

 酒飲みで豪快な暴れ者の清海は従来のイメージ通りですが、そんな兄に容赦ない突っ込みを入れる女性と見紛うばかりの美貌で知恵者の伊佐、鎖鎌の使い手ながら大の女好き酒好きの鎌之介のキャラクターはなかなかに斬新。
 そんな個性的な三人が後先考えずに暴れ回るのは、佐助パートと打って変わった豪傑物語として、何とも痛快であります。

 そして再び物語は佐助のもとに戻り、昌幸・幸村助命のために小松姫が記した書状を託された信幸の家臣・穴山小助を守り大坂に向かうミッションに、海野六郎とともに参加する姿が描かれることとなります(ここでも佐助は万能ではなく、まだまだ未熟で限界のある少年として描かれているのが印象的)。
 ラストは九度山に配流となった幸村たちと行動を共にした佐助の前に、土地の若者らしい筧十蔵が登場したところで、この巻は幕となります。


 ここで駆け足で述べたとおり、タイトルの十勇士となる面々ははこの巻で全員登場するのですが、しかしある者は何処かに去り、ある者は未だ独立して暴れ回り、またある者は消息を断ち……と、まだまだ「真田十勇士」の誕生は先の様子。
 しかしこうした複数メンバーものは、集結するまでがまず魅力の第一であり、この巻で登場した顔ぶれを見れば、彼らがいかにして志を同じくする者として集結するのか、楽しみになろうというものです。
(そしてもちろん、集結したその先の活躍もまた……)

 読者によっては初めての真田十勇士となる本作、それが価値ある「初めて」になる可のはほぼ約束されたようなもの……そう感じます。


『真田十勇士 1 参上、猿飛佐助』(小前亮 小峰書店) Amazon
真田十勇士 1 参上、猿飛佐助

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2016.01.08

宮川輝『買厄懸場帖 九頭竜 KUZURYU』第1巻 湿から乾へ、もう一人の九頭竜登場

 石ノ森章太郎の時代劇画『買厄懸場帖 九頭竜』を宮川輝がリメイクした本作の単行本第1巻が発売されました。薬を売る「売薬」で諸国を巡るのは表の顔、裏の顔は厄を買う「買厄」として揉め事処理を行う男・九頭竜を主人公とした活劇が、装いも新たにここに復活しました。

 旧作のリメイクと言った場合、旧作の設定を使用して新しい物語を描くもの、旧作の設定とエピソードをある程度取捨選択しつつ物語を再構成するもの等々いくつかパターンがあるかと思います。
 さて本作の場合はと言えば、設定・エピソードをほとんどそのまま使用してリライトしたパターンと申せましょうか……この第1巻に収録されている全6話は、原典の第1話から第6話までのエピソードをそのままの順番で持ってきているのに、少々驚かされました。

 とはいうものの、もちろんそこにはアレンジが加えられているのは言うまでもないお話。その中でも最たるものは主人公・九頭竜のキャラクター像でありましょう。
 原典の九頭竜は、決して悪人ではないものの、仕事上敵に回った相手には全く容赦せず、ほとんど笑顔も見せないようなハードな印象が先に立つ男。何しろそのビジュアルからして、禿頭に白眼がち(というより完全に白眼)という強烈なものなのですから……

 一方、本作の九頭竜は、蓬髪を束ねたそれなりの色男。基本的な言動は原典とは変わらぬものの、どこか飄々とした諧謔味を漂わせた男であります。
 この辺りのアレンジは今風と言えば言えますが、その明るさの一方で、平然と金のために相手を殺すというギャップの気味悪さは高まっているようにも感じられるのが面白いところではありましょう。
(九頭竜のあまりにインパクトのある初登場シーン、怪我をした小鳥を、治る見込みがないからと子供の目の前でとどめを刺すくだりも、本作の九頭竜がやると妙な味わいが)

 そしてまた、基本的な物語展開は同一といえど、個々のエピソードの描写はまたアレンジが加えられているのも事実。
 特にこの巻のラストの「反吐」――鬼と称して村から生け贄の女を差し出させ、弄ぶ修験者を退治するエピソードは、原典ではあまり描かれなかった生け贄とされた娘の描写が加えられ、より凄惨さを感じさせると同時に、どこか不思議な希望を感じさせる内容となっているのが印象に残ります。


 さすがに画的な面では、あと一歩で「実験的」という言葉が相応しいような一種凄絶な陰影を提示してみせた原典とは大きく異なりますが、原典の「湿」に比して「乾」を感じさせる絵柄は、悪くはありません。

 ある意味原典とは一番大きな相違点である、結末がわかっている点を踏まえての物語描写も見られ、もう一つの(いやさいとう・たかを版があるので三つ目の)『九頭竜』として、この先の展開を楽しみに待つことといたしましょう。


『買厄懸場帖 九頭竜 KUZURYU』第1巻(宮川輝&石ノ森章太郎 リイド社SPコミックス) Amazon
買厄懸場帖 九頭竜KUZURYU 1 (SPコミックス)


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2016.01.07

上田秀人『百万石の留守居役 六 使者』 思わぬスケールの危機迫る!?

 今日も続く若き留守居役の修行の日々、『百万石の留守居役』も、気付けばもう第6巻目。思わぬ成り行きから会津に旅立つことになった瀬能数馬ですが、それが思わぬ波風を立てることになります。さらに、彼を執拗に付け狙う宿敵までもが彼を追って会津に現れ……

 第五代将軍位を巡る暗闘に巻き込まれ、異例の若さで加賀百万石の江戸留守居役に任じられた数馬。といっても留守居役は(武家)社会の経験を積んで初めてモノとなるお役目、剣に優れ、才知に富んだ彼でも苦戦することばかりであります。

 そしてその若さに目を付けた外様大名家衆からつけ込むべき「弱み」と目されてしまった数馬は、ひとまずその狙いを逸らすために、藩命で遣いに出されることとなります。藩主の今は亡き正室の実家である会津保科家へ、継室探しの名目で……

 と、抜擢されたものの本来の業務では役に立たず、持て余されて遣いに出されるという、社会人的には何とも胃の痛くなるような展開ですが、しかしそこから本作ならではのシチュエーションに繋げてくるのが何とも面白いところなのです。

 そう、数馬の主家は外様第一位の百万石――その継室を送り込むことということは、その前田家と縁戚となるということであり、中小大名家にとっては垂涎の的。
 数馬から目を逸らすための任は、目的通りたちまち周囲に知れたのですが、しかしそれが逆に外様大名家が群れをなして接待攻勢を仕掛けてくる羽目になるという悲喜こもごもの有様が、何とも面白いのです。

 いや、継室の座を狙うのは外様大名家だけではありません。継室を送り込むことで前田家を軛に繋ぐ、あるいは継室付きの臣を使って家中を混乱させる――前田家とは因縁を持つ将軍綱吉もまた、この騒動を利用せんとするのは、これは笑い事ではありません。

 さらに、数馬が遣いに出された会津保科家にとっても、今回の件は疑心暗鬼の元であり、それは裏を返せば、前田家の弱みを握る好機ともなります。かくて気楽な遣いなはずの数馬の任は、一転薄氷を踏むような外交交渉に転じることになります。
 さらにさらに、前田家を放逐され数馬を逆恨みする面々が、刺客として数馬を付け狙い、会津と加賀の間を引き裂こうと襲撃を仕掛けることに――


 第五代将軍位を巡る争い、あるいは将軍暗殺未遂といった、これまでの事件に比べれば、スケールの点では小さく見える今回。しかしその実、藩の危機という点では違いはなく、そしてそれが比較的身近な(と言ってももちろんこれまでと比べて、ではありますが)危機であるだけに、より伝わりやすいものとして感じられます。

 むしろそのスケール感の妙とも言うべきものは、本作ならではの、本作でなければ出せないものでありましょうか。幕臣が主人公であることが大半であった作者の作品の中で、本シリーズが占める位置の独自性が、本作において明確になった感もあります。

 とはいえ、タイトルに比して、主人公の立ち位置がいささか微妙に感じられるのもまた事実ではあります。言い方は良くないかもしれませんが、物語の落としどころはどこになるのか――前田家はまだまだ存続し、そして数馬の人生もこれからであることを思えば、物語をどう盛り上げて区切りをつけるか、それを考えてもよい巻数ではありましょう。

 あるいは江戸と国元に別れてなかなか進展しない――ゴールが見えた時点からのスタートであったというところはありますが――数馬と琴姫との婚礼が一つの山場となるのかもしれませんが、それはそれで、一つの正念場ではありましょう。


『百万石の留守居役 六 使者』(上田秀人 講談社文庫) Amazon
使者 百万石の留守居役(六) (講談社文庫)

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2016.01.06

東郷隆『そは何者』 虚実混淆の中の文学者の本質

 あの名作成立の背後には実はこんな出来事が……というのは、著名作家を主人公としたフィクションにしばしば見られるパターンですが、本作はそれを描いた作品ばかりを8編も集めた短編集。いかにもこの作者らしい博覧強記ぶりに加え、物語を彩る幻想味も魅力的な作品揃いであります。

 関東大震災から三年後、麹町下に暮らす泉鏡花のもとを訪れ、原稿を受け取った編集者の青年。昼食を振る舞われて辞した後、腹ごなしにふと立ち寄った屋敷町で貸本屋に迷い込んだ青年は、そこでどこかあどけなく、そして艶やかな不思議な美女と出会い……

 表題作『そは何者』はそんな物語。穏やかで涼やか、そしてどこか散文的な文体は、鏡花のそれを思わせるものですが、ここで描き出されるのは鏡花自身の物語。
 作中でたびたび言及される鏡花の潔癖症は有名なエピソードですし、作中で剔抉される鏡花に対する私小説家たちの陰険な排除運動も史実かと思いますが、それと同時に、まさに鏡花の作品に登場しそうな妖女が物語の中に顔を出し、鏡花たちに絡んでいくのが、何とも楽しいのであります。


 そして本書に収録されたその他の作品も、表題作同様、丹念に拾い集められた文学者の逸話のような「現実」と、この世にあり有べからざる不思議な「虚構」が入り交じった作品揃いであります。以下の通りに――
(無粋を承知で、主人公あるいは題材となった文学者の名をカッコ内に記載します)

 伊豆を旅する旅芸人一行の後を付けてくる薄気味悪い学生の姿を、踊り子が回想する形で描く『学生』(川端康成)

 鎌倉で妻と二人静かに暮らす男が、散歩に出かけた由比ヶ浜で出会った奇妙な香具師たちの予言を耳にする『予兆』(大佛次郎)

 浅草のロック座の踊り子が、楽屋に現れ出前のカツ丼を勝手に喰らっても誰にも気付かれない男を目撃する『楽屋』(永井荷風)

 語り手の青年と谷崎潤一郎との交流を、青年の馴染みの矢場女の秘密を中心に描く陰鬱なムードの『疽』(谷崎潤一郎)

 川端康成が逗留する湯治場に押し掛けた傲岸不遜な青年Mの周囲に、同じ姿の青年が同時に現れる怪異譚『湯の宿』(梶井基次郎)

 長年夢見てきた中国を訪れたものの、そこで入院した芥川龍之介が、夜毎空飛ぶ犬を目撃する『蘇堤の犬』(芥川龍之介)

 隠居した粋人が主催する怪談会に招かれた鴎外たちが、そこに集う人外の者たちの姿に脅かされる『飾磨屋の客』(森鴎外)


 恥ずかしながら私は本書の題材となった文学者とその作品全てに通じるものではない――というより正直に白状すれば、教科書レベルの知識しかない――のですが、それでも作中で描かれる巧みな現実の取り込み方には唸らされるものばかり。
 先に述べた鏡花の潔癖性や、巻末の作品のそのまたラストに描かれる鴎外の悪食などに代表されるような、事実は小説よりも奇なりと言いたくなる事実を巧みに拾い集めて構築された物語は、(いささか俗な表現で恐縮ですが)有名人ものかくあるべしと言いたくなる内容であります。

 そしてその中から浮かび上がるのは、文学者たちの一種異様な生命力とも執念とも言うべきもの。
 あるいは彼らが怪異に巻き込まれるのではなく、彼らのそれが怪異を招くのではないか――そんな想いすら抱かせるその一種の人間力こそが、本書に収められた物語の中核にあるものであり、そして実は彼らの創造の原動力はここにあると……そう感じさせられるのです。

 巧みな虚実の混淆の中から、文学者たちの本質を描き出す――見事な文学者伝とも言うべき作品集であります。


『そは何者』(東郷隆 静山社文庫) Amazon
そは何者 (静山社文庫)

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2016.01.05

高嶋哲夫『乱神』下巻 そして彼の見つけた神

 日本に漂着した十字軍騎士たちが、鎌倉武士たちとともに再び日本に襲来する元軍と対峙する奇想天外な物語の下巻であります。思わぬことから日本で生活することとなったエドワード・ガウェインら騎士たちと、北条時宗ら武士たち……果たして彼らは、あまりに強大な元軍によく抗し得るのでしょうか。

 十字軍としてイスラム圏に攻め入ったものの、主君と友軍に見捨てられ、放浪と漂流の果てに、文永の役から2年後の博多に漂着したエドワード一行。幕府重臣である安達盛宗を救ったこともあり、辛うじて命長らえた彼らは、しかし鎌倉に連行され、そこで暮らすことを余儀なくされます。
 やがて、時の執権・北条時宗と、友情とも何ともつかぬ、不思議な交流を重ねることとなったエドワードは、来るべき元の再来に向け、軍事顧問的な役割を与えられることとなるのですが……

 エドワード一行の日本到着と、彼らが日本に馴染んでいく様が描かれた上巻に対し、下巻で描かれるのは、元軍との激突に向け、エドワードらと鎌倉武士が防備を進める姿と、ついに来襲した元軍との壮絶な死闘という一大クライマックスであります。
 しかし防備と言っても、いまだ日本の武士、特に文永の役の戦場から遠くに暮らす鎌倉の武士にとっては、危機感は薄い状態。さらに鎌倉武士の特色たる御恩と奉公の関係が、エドワードが進めんとする戦の準備を妨げます。

 というのも、当時の武士たちにとっては、戦は相手の領地を攻め取り、その結果として得られる恩賞を目当てに行われるものであって、国を「守る」という意識に乏しいのが現実。そしてそのためであれば抜け駆けなどは当たり前という状況なのですから……
 個々の兵の練度や武装では劣らぬ日本の武士たちが元軍に苦戦を強いられたのは、この戦に対する態度であり、集団戦への態度の違いだったわけですが――いわばその意識改革のために、エドワードは必死の努力を重ねることとなります。

 さらに、武士たちに「守る」という意識が薄い以上、守られるべき民たちに対しても、エドワードは武器を手にして戦うことを求めるのですが、それは武士たちと民たち、双方を戸惑わせ、反発させることに……


 上巻においても、東西の文化の違いが浮き彫りとなった本作ではありますが、しかし決戦を間近にしてもなお、いやそれだからこそより鮮明に浮かび上がるその隔たり。
 その隔たりを埋めることができるのか、それもタイムリミットが定められた中で――ある程度先の展開は予想できるものの、しかし文化の摩擦という普遍的なテーマを、緊迫感をもって描き出す手法はなかなかに見事であります。

 そしてそのサスペンスの中で同時に描かれるのは――そして本作の中心に描かれるべきものは――エドワードが何故この国のために戦うか、ということであります。

 いかに時宗に信任されたとはいえ、愛し合う女性が出来たとはいえ、所詮この国はエドワードにとっては異邦の地。もちろん鎌倉に半ば囚われに近い身であったとはいえ、戦のために九州に渡れば、大陸まではあと一歩――船を奪うなどして日本を脱出することも不可能ではありますまい。
 それが何故、彼をして、いや彼と彼の仲間をして、元と戦わしめたのか――それは、彼が、彼らが経験してきた戦いの姿と無縁ではありません。

 十字軍として、神の名の下に異教徒たちと戦ってきたエドワードたち。その死して後に神の国に迎え入れられるための戦いは、しかしその実、平和に暮らしてきた他国の人々を蹂躙し、その命を奪うことにほかならなかったのであります。
 日本に来なければ、あるいはそのことに目を瞑り、神のために(と己を言い聞かせて)戦ったであろうエドワード。しかしこの国で、かつての自分たちが行ってきたことが、元の手によって行われようとしたとき――彼が、彼らが立ち上がる姿は、時代を超えた人の姿として、ストレートに我々の胸に響くものがあります。

 そして同時に、そんなこの国の人間ではない、第三者たる彼らの目を通して描くことにより、一歩間違えると非常に「カッコいい」展開となりかねない物語に、一定の歯止めが加えられているのも、大いに評価できるところであります。


 神はどこにおわすのか。いや、神は本当にこの世界におわすのか――それはある意味、古今東西の多くの人々が抱く、普遍的な問いかけでありましょう。
 理不尽な侵略という極限の中で、エドワードの見つけた神はどこにいたのか。本当に神はいたのか……その答えは、本作の結末にあることは、言うまでもないのであります。


『乱神』下巻(高嶋哲夫 幻冬舎文庫) Amazon
乱神(下) (幻冬舎文庫)


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2016.01.04

『牙狼 紅蓮ノ月』 第11話「斬牙」

 南都の盗賊を束ねる大義賊・天戒丸に呼び出された袴垂保輔。その間に都では保輔の配下たちが、鞠を操る火羅の襲撃を受けていた。都に帰還した保輔は、かつての友人であり蹴鞠の名人である成通のことを疑う。一方、保輔の兄・保昌は、道長の命により、藤原南家に伝わるという白銀の鎧の行方を探すが……

 2015年内最後の通常放送だった第11話は、ほぼ完全に袴垂保輔の主役回。以前にメインとなった回は、彼と愛する人の悲しい別れ、そして大盗賊・袴垂の誕生が描かれましたが、今回は意外な展開が待ち受けておりました。

 義賊の中の義賊と呼ばれる大物・天戒丸に呼び出され、南都に赴いた保輔。彼の出自をも承知であった天戒丸は、彼を見込んで話があるというのですが……
 一方、道長に仕える彼の兄・保昌が道長から命じられたのは、魔戒騎士の鎧探しでありました。都の護りとして、羅城門に代わる新たな門・晴明による陰陽の術・そして魔戒騎士の鎧を求めていた道長。しかし牙狼の黄金の鎧は制外の者とも言うべき雷吼の手に渡っている状況、しかし魔戒騎士は一人ではない、というわけで、保昌は藤原南家に伝わっているという白銀の鎧を探すことになったのです。

 そんな中、保輔が不在の間に勝手に盗みに出かけた配下たちは、当たると塵のように消滅してしまう鞠を操る火羅の襲撃を受けて大打撃。都に帰ってきた保輔は、蹴鞠のような鞠という手下の言葉に、ある男の存在を思い出します。
 その男とは藤原成通――かつて保輔と蹴鞠の技で(ほとんどサッカー代表選手の座を争うようなノリで)争いながら、焦りのあまりに自爆して足首を痛め、選手生命を絶たれた男であります。しかし彼は流行病で死んだはず……というわけで、保輔をはじめとする世間への逆恨みの念から火羅と化した成通は、河童めいた姿の火羅と化して保輔を狙っていたのであります。

 弟がそんな状況とはつゆ知らずもう一つの鎧を追っていた保昌は、かつて政争で道長に敗れて都を追われた藤原時忠の家に、その鎧が伝わっていたと知るのですが――


 ここまで来れば大体予想はつくわけですが、保輔こそは、保昌が探していた第二の魔戒騎士の鎧をまとう者。
 しかし保輔がどのような経緯で鎧の資格者になるのか……と思いきや、そこで絡んでくるのが冒頭の天戒丸。実は彼こそは時忠の後身! という展開はさすがに予想できませんでしたが、天戒丸、いや時忠に後継者として選ばれた――そう、彼もまた藤原南家の出身なのですから――保輔は、都に戻るまでに修行を重ねていたのでありました。

 そして成通との再戦時、偶然その場に居合わせて巻き添えになりかけた保昌を救ったのは、修行の甲斐あって魔戒剣を完全に使いこなす保輔。そして魔導輪ゴルバの力で鎧をまとったその姿は――白蓮騎士・ザンガ!
 白銀だけでなく、赤と青が入ったデザインがヒーロー的なザンガは、全ての蹴鞠をかわし、オーバーヘッドキックからの一撃で大ダメージを与え、一撃で火羅を叩き斬ってデビュー戦を飾ったのでありました。


 と、前回意味ありげに(?)言及された新たな魔戒騎士の登場回であった今回。正直に言って保輔が魔戒騎士になるのは突然な印象は否めませんが、しかし彼の悲しい過去を思えば、彼がヒーローとしての力を与えられるのは悪くありません。
 何よりも、自由の身になったかと思えば、今度は「護りし者」の宿命を与えられることに自嘲する(そう言いつつも、直後に袂を分かった兄を「護る」のがいい)彼の姿は、本作ならではのものであってありましょう。

 その一方で雷吼たちは今回ほとんど出番はなし(保輔が今回まで牙狼の正体を知らなかったのは少々意外でしたが……)だったのは仕方ないかな……とは思います。冒頭に述べたとおり、年内最後のレギュラー放送だったわけですが。


 もう一つ細かいことを言えば、同名の人物が後世にいる成通の名前をそのまま使っているのは個人的には違和感があったかな……とは思います(その同名の成通が、本作の成通の直接のモデルと思われるだけに)。


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 『牙狼 紅蓮ノ月』 第5話「袴垂」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第6話「伏魔」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第7話「母娘」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第8話「兄弟」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第9話「光滅」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第10話「一寸」

関連サイト
 公式サイト

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2016.01.03

『戦国武将列伝』2016年2月号(後編) 大坂の陣開戦、豪傑・奇傑出会う

 昨年最後の号となりました『戦国武将列伝』2016年2月号の紹介・後編であります。前編同様、今回も三作品を一つずつ紹介することといたしましょう。

『戦国自衛隊』(森秀樹&半村良)
 戦国自衛隊=墨家という意外な、そして納得のテーゼが示された前回ですが、いよいよ迫るのは信長と戦国自衛隊の決戦。伊庭とは笑って言葉を交わしつつも、ぶっ殺すと言い放つ信長は相変わらず面倒なおっさんですが、今回ここで動きを見せるのはお市であります。

 信長の下を飛び出し、戦国自衛隊と、伊庭と共に過ごす市ですが、この決戦を前とした時期に信長の下に帰ることになります。が、彼女ほどの女性が命惜しさに戦国自衛隊を離れるはずもありません。伊庭から与えられた手榴弾を胸に彼女が狙うのは……

 という今回、結局は敦盛を舞う信長(途中、敢えて彼の顔を見せない演出が圧巻)に持って行かれた感もありますが、自分自身の想いを行動に移す市の行動あってのこの場面であることは間違いありません。

 市を救うためにバイクで駆けつける伊庭のアクションも実に格好良く、辛い展開が続いていた本作で、少し希望が見えてきたかな……という気もいたします。


『バイラリン 真田幸村伝』(かわのいちろう)
 『舞将 真田幸村』のタイトルで単行本化が決まった本作は、いよいよクライマックスと言うべきか、大坂冬の陣に突入。大坂城に入城した直後の幸村はあまり高く評価されていなかった――時にはスパイ扱いすらされた――というのは史実のようですが、本作の幸村一行のビジュアルはある意味それも納得の独特のユルさなのが楽しい。
(もちろん外見に騙されればとんでもない痛い目を見るのは言うまでもないお話ですが……)。

 そんな幸村の大坂初陣にして今なお語り継がれる真田丸での豊臣方の大勝利が今回描かれるのですが……しかし、今回ある意味最大の見所は、あの男の登場でしょう。
 その名は後藤又兵衛基次。かつて黒田家にその人ありと知られながらも黒田長政と衝突、潔く全てを擲って飛び出した豪傑――いや、ここではむしろ、作者の前作『後藤又兵衛 黒田官兵衛に最も愛された男』の主人公が再び登場した、と言うべきでありましょう。

 前作では惜しくも又兵衛がまだ若き時代までで完結となりましたが、今回はその時そのままの、いやその後の激動を感じさせる姿での登場で、感無量……というのは大げさではありますが、作品と作品、人と人、時代と時代の繋がりを感じさせる描写であるのは、間違いありますまい。


『鬼切丸伝』(楠桂)
 歴史上の人物と事件を題材に人と人、鬼と鬼、鬼と人の哀しく皮肉な関係性を描く本作、今回の題材は加藤清正でありますが、やはり本作らしい捻り方の物語です。

 肥後平定の際、騙し討ちに等しいやり方で清正に討たれた木山弾正と、素性を隠して清正に近づくも露見して討たれた弾正の子。その二人が怨霊と化して清正を狙っていることを知ったのは、清正に寵愛される小姓・夜刀丸でありました。
 そんな中、その夜刀丸が肥後の川に住み着いた河童に殺され、激怒した清正は河童討伐を命じるのですが……

 木山弾正とその子との因縁、そして河童退治(これは実際は清正の得意とした治水工事の象徴かとは思いますが)、いずれも肥後時代の清正にまつわる逸話ですが、本作ではそれらを絡めて、思いも寄らぬ異形の愛の形を描き出します。

 果たして真の鬼はどこにいたのか、そして何が鬼を生みだしたのか……ある意味、これまで鬼の誕生を連綿と描いてきた本作だからこそのミスリーディングには少々驚かされました。
 なるほど、これは鬼切丸の少年には理解できまい……というのはいささか皮肉に過ぎるかもしれませんが。


 というわけで、今回もかなりの充実ぶりであった『戦国武将列伝』誌。次号では柴門ふみが細川ガラシャを描くということで、異次元の取り合わせに興味をそそられるところであります。


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2016.01.02

『戦国武将列伝』2016年2月号(前編) 決戦開始! 意外すぎる関ヶ原

 早くも今日から通常営業。年を越して恐縮ですが、2015年最後の『戦国武将列伝』であります。一年の締めくくりと言うべきか、今回はなかなかに盛り上がる展開の作品が多い印象。そして新連載は下元ちえの『焔色のまんだら』が登場であります。今回も印象に残った作品を一作品ずつ紹介していきましょう。

『セキガハラ』(長谷川哲也)
 前回、ガラシャの遺した言葉により、関ヶ原での合戦は鬼門だと知った三成たち。しかし、如水のほとんど反則的な能力により、強引に東軍・西軍皆揃って関ヶ原に転移させられて……と、もう少し引っ張るかと思いきや(まあガラシャの最期があるのですから考えてみれば違うのですが)、巻頭カラーでいきなり関ヶ原開戦であります。

 が、この作品がいよいよクライマックスというところで普通の合戦を描くはずはありません。開始早々、閉鎖空間となった関ヶ原で、諸大名に襲いかかるのは奇怪な異形の怪物たち・出門頭(デモンズ)の群れ。出門頭に殺された者、あるいは閉鎖空間から逃れようとした者もまた出門頭と化し、一帯はたちまち地獄絵図に……

 ってそのデモンズか! とツッコミを入れたくなるような展開ですが、しかし突然の怪物たちとの死闘の中で、敵味方を超えた武将同士の繋がりが描かれるのはなかなか熱いのがまた心憎い。
 この状況を脱するため、司令塔を目指す三成に襲いかかる怪物化した薩摩兵の地獄車。しかしそこに立ち塞がるのは、三成とは因縁のあの男たち……という泣かせる展開で、前哨戦ながら既にセキガハラ版関ヶ原の合戦は全力疾走の印象です。


『焔色のまんだら』(下元ちえ)
 『かぶき姫 天下一の女』で芸道に自分自身の生を賭ける者の一途な姿を描いた作者の新作は、桃山時代に活躍した絵師・長谷川等伯の一代記。
 その後半生の盛名とは裏腹に、三四十代の史料が残っていない等伯ですが、本作はそれを巧みに利用して、意外な物語の幕開けを描き出します。

 というのもこの第1回で描かれるのは、天正10年6月――そう、本能寺の変。この時、京にいたと言われる等伯が変に遭遇したというのは充分あり得ることですが、しかし本作の等伯は、その混乱の中で、ある場所を一心に目指します。
 それの場所とは安土城、そしてその理由とは、かつて己を歯牙にもかけなかった天才・狩野永徳の障壁画を目に焼き付けるため……

 大望と才能も持ちながらも燻っていた等伯の心に火をつけるのにこれ以上はないほどの大火ですが、そこから何が生まれるのか、これは期待です。


『孔雀王 戦国転生』(荻野真)
 前回、ついにその姿を現した悪徳太子。長髪に髭、そして頭には茨の冠と、危険球にもほどがあるビジュアル(というか正体)の人物ですが、さて今回描かれるのは、彼とともに信長を天魔王の道に誘う「阿修羅」の正体であります。

 信長が悪徳太子、そして阿修羅と対面している間、信長と喧嘩別れした孔雀が訪れたのは奈良の興福寺。興福寺といえば阿修羅像、そしてその阿修羅像を通じて孔雀が言葉を交わすのは本物の、あの阿修羅……そして阿修羅の言葉から、シリーズファンにとっては驚くべき真実が明かされることになります。

 その真実についてはここではぼかしますが、あの戦いは既に決着がついていた!? というのは相当に衝撃的。しかし同時にさらりと語られるもう一人の阿修羅の正体を知れば、真の決着はこれからであり、そしてここに孔雀がこの時代にやってきた真の理由があるのでは……と感じます。
 ぼかしてばかりで恐縮ですが、シリーズファンとしては、この先の展開がいよいよ楽しみとなった今回です。


 以下、長くなりましたので次回に続きます。


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2016.01.01

あけましておめでとうございます

 あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
 昨年はこのブログを毎日更新し始めてから十周年を迎えることができました。もちろんこれは通過点に過ぎませんが、これからも一歩一歩着実に積み重ねていきたいと思います。
 その一方で、昨年はちょっと優等生的な視点を意識してしまい、我ながら少々不完全燃焼のところもありました。本年は「自分が面白いと思う作品が(自分にとっては)一番面白い」という初心に返って、自分の好きなものを好きなように好きと言っていきたいと思います。
 まずはその第一歩……というわけではありませんが、本年こそは「入門者向け時代伝奇小説五十選」をアップデートし、「入門者向け時代伝奇小説百選」を公開したいと思います。(と、実は一年前も同じことを言っていたのですが……)
 何はともあれ、本年もよろしくご愛顧のほどお願いいたします。



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