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2016.01.25

篠綾子『月蝕 在原業平歌解き譚』 陰陽の美形貴公子、謎に挑む

 まだ幼い惟喬親王に懐かれ、何くれとなく世話を焼く宮中一の色男・在原業平。しかし親王に藤原氏の血を引く異母弟が生まれたことから、親王やその母に危難が迫る。そんな中、親王付きの女官から藤原氏の秘密が隠されているという和歌を手に入れた業平は、親友の陰陽師・葛木行貞とともに謎に挑む。

 歌人・藤原定家を主人公としたユニークな時代ミステリ『藤原定家・謎合秘帖』シリーズが印象に残る篠綾子の最新作は、同じく歌人を主人公とした作品。鎌倉時代の定家から時を遡り、舞台は平安時代――後に六歌仙と呼ばれるかの在原業平を主人公に、ちょっとライトなタッチのミステリが展開されることになります。

 六尺豊かな長身に華やかな美貌、和歌はもちろんのこと舞も優れ、そして武芸の腕も立つ――本作で描かれる業平は、やはりと申しましょうか、美女と見ると口説かずにはおれない色好みの貴公子であります。
 そんな彼に子供特有の遠慮ない突っ込みをいれながらも懐くのは、業平にとっては親族である惟喬親王。東宮が最も愛する后妃・静子との間に生まれた子であり、東宮は自分の次の帝にとまで望む利発な親王を、業平もまた、歌や馬術の師匠として、そしてどこか年の離れた弟のように慈しんでいたのでした。

 しかしそんな中、親王にとっては祖父に当たる帝(仁明天皇)が亡くなり、東宮が皇位(文徳天皇)につくことに。しかし今をときめく権力者である藤原良房の娘である明子が男児を生んだことにより、惟喬親王の立場は微妙なものとなります。

 良房と明子に押され、実家の強い後ろ盾もない静子と親王は宮中で肩身の狭い思いをすることに。それだけでなく、二人の周囲では様々な嫌がらせが起こり、それがやがて命の危険が及ぶに至り、業平は激しい怒りを覚えるのですが……
 そんな中、静子付きの女官・香澄が業平に見せたのは、三種の和歌が記された紙片。その和歌の中には藤原氏がこれまで行ってきた表沙汰にはできない秘密が記されていると彼女に聞かされた業平は、良房に一矢報いるために、謎に取り組むことになります。


 宮中の複雑怪奇な政治の動きと、そこにまつわる秘密が隠された和歌というシチュエーションは、冒頭に挙げた『藤原定家・謎合秘帖』シリーズの一作目に共通するモチーフがある本作。しかしそちらに比べ、本作はかなりの部分(もちろん意図的に)ライトな味付けをほどこしている印象があります。

 もちろんその最たるものは、業平のキャラクターであることは間違いありません。伝承に残る業平の色男キャラを再構築し、絵に描いたような平安朝の色男でありつつも、女子供には優しく、どこか憎めない、陽性の好男子として描き出しているのがなんとも楽しいのであります。
(惟喬親王と極めて仲が良かったというのは史実ですが、史実で後に彼とは浅からぬ……というより深い関係になる女性が、なかなか意外な姿で登場するのもいい)

 そしてその相棒となる親友の陰陽師・葛木行貞は、彼に負けぬ美形ながら、ひどく冷笑的で、無鉄砲な業平に容赦なく突っ込みを入れつつも、要所要所で彼をフォローするという実に美味しいキャラクター……というわけで、本作は、かなりキャラクター小説よりの内容となっている印象があります。

 そのためというわけではないかと思いますが、和歌の謎解きも、比較的あっさり目であるのはいささか物足りないというのが正直なところではありますし、また、行貞があまりに便利な存在となっているのは、ミステリとしてはどうかなあ……と思わなくはありません。

 しかし本作が、在原業平をはじめとして、日本史や古文の教科書に登場する人々に、新たな命を吹き込んだのは間違いありますまい。
 少なくとも、幼い親王のために本気で怒り、時の最高権力者にも遠慮なく喧嘩を売る業平のキャラクターは実に魅力的であります。

 まだまだこの時代、面白い題材や人物は目白押しであり、この先も描かれるであろう業平と行貞の冒険を期待しております。


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