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2016.01.07

上田秀人『百万石の留守居役 六 使者』 思わぬスケールの危機迫る!?

 今日も続く若き留守居役の修行の日々、『百万石の留守居役』も、気付けばもう第6巻目。思わぬ成り行きから会津に旅立つことになった瀬能数馬ですが、それが思わぬ波風を立てることになります。さらに、彼を執拗に付け狙う宿敵までもが彼を追って会津に現れ……

 第五代将軍位を巡る暗闘に巻き込まれ、異例の若さで加賀百万石の江戸留守居役に任じられた数馬。といっても留守居役は(武家)社会の経験を積んで初めてモノとなるお役目、剣に優れ、才知に富んだ彼でも苦戦することばかりであります。

 そしてその若さに目を付けた外様大名家衆からつけ込むべき「弱み」と目されてしまった数馬は、ひとまずその狙いを逸らすために、藩命で遣いに出されることとなります。藩主の今は亡き正室の実家である会津保科家へ、継室探しの名目で……

 と、抜擢されたものの本来の業務では役に立たず、持て余されて遣いに出されるという、社会人的には何とも胃の痛くなるような展開ですが、しかしそこから本作ならではのシチュエーションに繋げてくるのが何とも面白いところなのです。

 そう、数馬の主家は外様第一位の百万石――その継室を送り込むことということは、その前田家と縁戚となるということであり、中小大名家にとっては垂涎の的。
 数馬から目を逸らすための任は、目的通りたちまち周囲に知れたのですが、しかしそれが逆に外様大名家が群れをなして接待攻勢を仕掛けてくる羽目になるという悲喜こもごもの有様が、何とも面白いのです。

 いや、継室の座を狙うのは外様大名家だけではありません。継室を送り込むことで前田家を軛に繋ぐ、あるいは継室付きの臣を使って家中を混乱させる――前田家とは因縁を持つ将軍綱吉もまた、この騒動を利用せんとするのは、これは笑い事ではありません。

 さらに、数馬が遣いに出された会津保科家にとっても、今回の件は疑心暗鬼の元であり、それは裏を返せば、前田家の弱みを握る好機ともなります。かくて気楽な遣いなはずの数馬の任は、一転薄氷を踏むような外交交渉に転じることになります。
 さらにさらに、前田家を放逐され数馬を逆恨みする面々が、刺客として数馬を付け狙い、会津と加賀の間を引き裂こうと襲撃を仕掛けることに――


 第五代将軍位を巡る争い、あるいは将軍暗殺未遂といった、これまでの事件に比べれば、スケールの点では小さく見える今回。しかしその実、藩の危機という点では違いはなく、そしてそれが比較的身近な(と言ってももちろんこれまでと比べて、ではありますが)危機であるだけに、より伝わりやすいものとして感じられます。

 むしろそのスケール感の妙とも言うべきものは、本作ならではの、本作でなければ出せないものでありましょうか。幕臣が主人公であることが大半であった作者の作品の中で、本シリーズが占める位置の独自性が、本作において明確になった感もあります。

 とはいえ、タイトルに比して、主人公の立ち位置がいささか微妙に感じられるのもまた事実ではあります。言い方は良くないかもしれませんが、物語の落としどころはどこになるのか――前田家はまだまだ存続し、そして数馬の人生もこれからであることを思えば、物語をどう盛り上げて区切りをつけるか、それを考えてもよい巻数ではありましょう。

 あるいは江戸と国元に別れてなかなか進展しない――ゴールが見えた時点からのスタートであったというところはありますが――数馬と琴姫との婚礼が一つの山場となるのかもしれませんが、それはそれで、一つの正念場ではありましょう。


『百万石の留守居役 六 使者』(上田秀人 講談社文庫) Amazon
使者 百万石の留守居役(六) (講談社文庫)

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