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2016.01.06

東郷隆『そは何者』 虚実混淆の中の文学者の本質

 あの名作成立の背後には実はこんな出来事が……というのは、著名作家を主人公としたフィクションにしばしば見られるパターンですが、本作はそれを描いた作品ばかりを8編も集めた短編集。いかにもこの作者らしい博覧強記ぶりに加え、物語を彩る幻想味も魅力的な作品揃いであります。

 関東大震災から三年後、麹町下に暮らす泉鏡花のもとを訪れ、原稿を受け取った編集者の青年。昼食を振る舞われて辞した後、腹ごなしにふと立ち寄った屋敷町で貸本屋に迷い込んだ青年は、そこでどこかあどけなく、そして艶やかな不思議な美女と出会い……

 表題作『そは何者』はそんな物語。穏やかで涼やか、そしてどこか散文的な文体は、鏡花のそれを思わせるものですが、ここで描き出されるのは鏡花自身の物語。
 作中でたびたび言及される鏡花の潔癖症は有名なエピソードですし、作中で剔抉される鏡花に対する私小説家たちの陰険な排除運動も史実かと思いますが、それと同時に、まさに鏡花の作品に登場しそうな妖女が物語の中に顔を出し、鏡花たちに絡んでいくのが、何とも楽しいのであります。


 そして本書に収録されたその他の作品も、表題作同様、丹念に拾い集められた文学者の逸話のような「現実」と、この世にあり有べからざる不思議な「虚構」が入り交じった作品揃いであります。以下の通りに――
(無粋を承知で、主人公あるいは題材となった文学者の名をカッコ内に記載します)

 伊豆を旅する旅芸人一行の後を付けてくる薄気味悪い学生の姿を、踊り子が回想する形で描く『学生』(川端康成)

 鎌倉で妻と二人静かに暮らす男が、散歩に出かけた由比ヶ浜で出会った奇妙な香具師たちの予言を耳にする『予兆』(大佛次郎)

 浅草のロック座の踊り子が、楽屋に現れ出前のカツ丼を勝手に喰らっても誰にも気付かれない男を目撃する『楽屋』(永井荷風)

 語り手の青年と谷崎潤一郎との交流を、青年の馴染みの矢場女の秘密を中心に描く陰鬱なムードの『疽』(谷崎潤一郎)

 川端康成が逗留する湯治場に押し掛けた傲岸不遜な青年Mの周囲に、同じ姿の青年が同時に現れる怪異譚『湯の宿』(梶井基次郎)

 長年夢見てきた中国を訪れたものの、そこで入院した芥川龍之介が、夜毎空飛ぶ犬を目撃する『蘇堤の犬』(芥川龍之介)

 隠居した粋人が主催する怪談会に招かれた鴎外たちが、そこに集う人外の者たちの姿に脅かされる『飾磨屋の客』(森鴎外)


 恥ずかしながら私は本書の題材となった文学者とその作品全てに通じるものではない――というより正直に白状すれば、教科書レベルの知識しかない――のですが、それでも作中で描かれる巧みな現実の取り込み方には唸らされるものばかり。
 先に述べた鏡花の潔癖性や、巻末の作品のそのまたラストに描かれる鴎外の悪食などに代表されるような、事実は小説よりも奇なりと言いたくなる事実を巧みに拾い集めて構築された物語は、(いささか俗な表現で恐縮ですが)有名人ものかくあるべしと言いたくなる内容であります。

 そしてその中から浮かび上がるのは、文学者たちの一種異様な生命力とも執念とも言うべきもの。
 あるいは彼らが怪異に巻き込まれるのではなく、彼らのそれが怪異を招くのではないか――そんな想いすら抱かせるその一種の人間力こそが、本書に収められた物語の中核にあるものであり、そして実は彼らの創造の原動力はここにあると……そう感じさせられるのです。

 巧みな虚実の混淆の中から、文学者たちの本質を描き出す――見事な文学者伝とも言うべき作品集であります。


『そは何者』(東郷隆 静山社文庫) Amazon
そは何者 (静山社文庫)

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