高橋克彦『紅蓮鬼』 全面対決、人間vs淫鬼・怨鬼
日経文芸文庫で決定版として刊行された高橋克彦の『鬼』シリーズの第二弾であります。第一弾の『鬼』は短編集でしたが、『鬼』では老境の姿が描かれた陰陽師・加茂忠行が、性交を通じて人から人に乗り移る異国の恐るべき鬼に立ち向かう若き日の姿を描いた長編です。
菅原道真が没してから五年後の延喜八年(908年)、志摩国賢島に流れ着いた異国の巨船。その直後、里の若い娘が八人の男を惨殺する事件が発生、関連する可能性ありとして乗り込んだ者たちを待っていたのは、無惨に引き裂かれた無数の死体でありました。
それから半月後、今度は榛原の山間で五人の男が惨殺され、調査に向かった都の役人・加茂忠道は、その場でただ一人生き残った少女と対面します。しかしその晩、忠道は新たな死体を残して何故か姿を消すことに……
兄の消息を追う中、同様の事件があったと知り賢島を訪れた忠行は、そこで祖父の弟であり優れた陰陽師である加茂忠峰と、その弟子である男装の美少女・香夜と出会い、初めて「敵」の正体を知ることになります。
それは、海を隔てた新羅の鬼・淫鬼――男女の交接を通じて相手に取り憑き、害を為す恐るべき鬼。母国を逃れた淫鬼は、自分のことがほとんど知られていない日本に逃れてきたのであります。
兄が淫鬼に取り憑かれたと知り、忠峰たちとともに後を追う忠行。しかし淫鬼は太宰府で新たな鬼・怨鬼を復活させるとこれを使役して、更なる犠牲を増やすことに。果たして淫鬼の狙いとは……
と、鬼の背後に常に人の存在があった『鬼』に対し、超自然の鬼と人間の全面対決を描く本作。冒頭のシチュエーションはあたかも『吸血鬼ドラキュラ』のようだ……と思いきや、美女怪物が暴れ回る様は『スペースバンパイア』か『スピーシーズ2』か、と、派手な活劇が楽しい作品であります。
夕刊紙に連載されたこともあってか、エログロバイオレンスが横溢した内容には賛否が別れるかもしれませんが、個人的には、連載された約20年前という時代性を思い出して、どこか懐かしく感じました。
閑話休題、大衆文学的な側面を強くしながらも、しかし登場する怪異が従う一種の魔界の法則ともいうべきルールの存在は、やはり作者らしいロジカルなものを感じさせるのが面白い。
万能のようでいて決して無敵ではない弱点を持つ鬼と、陰陽道という人知を超えた技を持ちつつもあくまでも人間である忠行たちの対決の盛り上がりは、このルールに基づいた攻防戦ゆえと言えるでしょう。
そしてまた、先に鬼と人間の全面対決と述べましたが、その背後で第三勢力的に暗躍する者が存在するのも、またこのシリーズらしいところ。
都に鬼たちが侵入したのを奇貨として、自らの権勢を延ばすために利用せんとする者の存在は、鬼とは別の形で、この世の負の側面を描き出すものでしょう。そしてそれが道真と因縁のあった三善清行であり、その腹心が後世に数々の霊異を為したことが伝わる修験者・日蔵という組み合わせも――基本的に清行は善玉として描かれることの多いこともあり――面白く感じられます。
もう一つ興味深いのは、本作の舞台となった時期は、陰陽師たちが軽んじられていた、ある意味陰陽道の没落期であった点でしょう。
平安ゴーストストーリーでは常に主人公格の陰陽師たちにそんな時期がったというだけでも新鮮ですが、国家機関としての陰陽寮が十全に機能していなかった時期だからこそ、半ば在野の陰陽師である忠行たちの活躍の余地が生まれるというのは、なかなかに巧みな構図と感じます。
とは言いつつも、(特に味方サイドの)人物描写があっさり目なのは少々残念な部分ではありますが、しかし肩の凝らない娯楽作品としては十分に楽しめる、そんな作品であります。
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