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2016.02.22

松本清張『かげろう絵図』上巻 大奥と市井、二つの世界を結ぶ陰謀

 江戸城内の観桜の席で、大御所家斉の寵愛篤い多喜の方が、桜の枝に歌を結ぶために上った踏台から転落、命を落とした。踏台を持ち込んだ登美は、実は大奥の腐敗を探るために寺社奉行・脇坂淡路守一派から送り込まれた間者だった。大奥で、幕府で隠然たる権力を振るう中野石翁一派の陰謀とは……

 松本清張といえば、やはり社会派推理小説の大家……という印象がありますが、しかしデビュー作をはじめ、特に初期には決して少なくない数の歴史・時代小説を発表しています。そして本作は、その中でも娯楽度の高い、しかしやはり作者らしさも感じさせる大作であります。

 物語の背景となるのは、第十一代将軍であった徳川家斉の大御所時代。
 将軍就任当初は、松平定信の起用など(結果はともあれ)政治に熱心に取り組んできた家斉も、晩年は側室のお美代の方に入れあげて政治を疎かにし、そしてお美代の方の養父たる中野石翁や、それと結んだ水野美濃守(忠篤)が権勢を欲しいままにした……と言われる時期であります。

 この中野石翁やお美代の方一派の専横は、時代ものではしばしば題材となっておりますが、本作もまさに彼らが悪役となる作品。家斉を動かし、ある陰謀を企む石翁一派に対し、彼らの腐敗を暴かんとする者たちが戦いを挑むことになります。
 それは、当時の寺社奉行であり、後に老中ともなった脇坂淡路守。大奥女中が谷中延命院の僧と密通した事件を裁いた彼は、なるほど、大奥と寺院を結ぶ陰謀に挑むには、相応しい人物であるかもしれません。

 しかし、本作の主人公となるのは、その淡路守と無縁ではないもの、しかし決して同心するものではなく、それでいて石翁一派にも組みしない者。淡路守と結ぶ旗本・島田又左衛門の甥で、普段は恋人の富本節師匠のもとでのんべんだらりと暮らす若者・島田新之助を中心に、物語は展開していくのであります。

 この新之助、頭の回転も武術の腕も抜群のものを持ちながら、旗本の次男坊という立場故に家を出て、市井で庶民に立ち混じって気楽に暮らす青年。
 そんな彼が、叔父の企てから、そして思わぬ形で事件に巻き込まれた友人を救うために、事件の渦中に飛び込んでいくのが何とも痛快なのであります。


 上でくだくだしく述べたとおり、本作はあくまでも江戸城内、そしてその最奥とも言うべき大奥を舞台に展開する陰謀、闘争を描く物語ではあります。
 つまり、本来であれば新之助のような人間が関わることもないような上つ方の物語なのですが――その交わらないはずの世界が交わりそして互いに影響を与え、そしてそれがまた互いに……と、複雑な波紋を巧みに描いていくのは、作者の腕前であり、また持ち味でもありましょう。

 そんな本作は、特に新之助の、如何にも主人公らしいキャラクター造形と活躍など、読んでいてちょっと驚くくらいオールドファッションな(いや、実際に半世紀以上前の作品ではありますが)内容ではあります。
 しかしそれでも、今読んでも全く古さを感じさせないのは、史実を背景に虚々実々の駆け引きを描く物語の楽しさもさることながら、そこで動き回る登場人物の――特に悪役である石翁一派の描写の巧みさに因るものでありましょう。

 特に、石翁一派である前田家江戸屋敷の用人が、密かに通じた大奥の中年寄が妊娠して認知を迫られ、その対応に困って石翁に頼るくだりの生々しさなど、その後の「ああやっぱり……」という展開も含めて、実に「らしい」。
 しかしそれだけでなく石翁に対する淡路守側も、目的のために手段を選ばぬ、犠牲を仕方ないものと認めるという点において、決して単純な正義の味方ではないのが印象に残ります。

 そんな中でただ一人、そうした両派の在り方に背を向け、自由闊達に活躍するのが新之助なのですが……さて、彼は最後までそれを貫くことができるか。
 この上巻で描かれるのは、起承転結でいえば承までの部分。この先に何が描かれるのか……下巻も近日中に紹介いたしましょう。


 と、この文章を書いていた時に飛び込んできたのは、本作がTVドラマ化されるというニュース。ドラマ版は米倉涼子演じる登美が主人公となるようですが(新之助は山本耕史)、さてどのような形で描かれることとなるのか、気になるところであります。


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