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2016.02.19

鈴木英治『義元謀殺』下巻(その二) 描かれた「それ以外」と歴史の流れの果て

 鈴木英治による歴史ミステリの名作『義元謀殺』下巻の紹介の続きであります。本作のミステリとしての見事さは先に述べた通りですが、本作の魅力は、決してそれに留まるものではありません。

 そして私が歴史ミステリとしての物語の本筋だけでなく感心させられたのは、本作が描かれるその背景世界――駿府とその周辺に暮らす人々の描くその視点であります。

 戦国時代の真っ只中であり、織田家をはじめ、周辺の各国と一触即発の状態にある今川家。しかしその中心である駿府では、そのような状況であっても、武士や町人、農民を問わず、それぞれの日常の暮らしが続けられているのであります。
 ……もちろんこれは言うまでもないことでありましょう。いかに戦時中であっても、全ての時と場所で戦が繰り広げられているわけではなく、その後ろで人は生き、暮らしているのですから。

 しかし時に歴史小説においては、ある意味当然のことながら、そこで描かれるべき事件(多くの場合それは戦であるわけですが)に視点を集中することにより、それ以外のものが見えなくなることがあります。

 本作は――もちろんそれは物語上の必然ではあるのですが――その「それ以外」を丹念に描きだします。例えばそれは、現代でいえば軍人ではなく、警察官である勘左衛門のような存在、戦国の武士であっても、戦闘員ではない者たちを描く視点に象徴されていると感じますが、それは本作ならではの切り口でありましょう。
(そしてこの視点は、上巻の紹介で触れたように、作者が後に奉行所ものの名手となったこととも無縁ではありますまい)

 そして――その視点は、同時にこの時代の、いや歴史の流れの異常さ、無情さをも同時に描き出します。
 作中で描かれる数々の死。時に極めて残酷に描かれるそれは、戦の場のそればかりではなく、いやその大部分が、「それ以外」で起きるものであります。
 それはもちろん、本作なればこそのものでありますが――しかし全編を通読すれば、それはやはり戦のための、戦での犠牲にほかならないことが明らかになるのです。

 描かれる陰謀が大掛かりであればあるほど、その行き着く先の史実の影響が大きければ大きいほど、その過程に関わった人々、直接戦うわけではなく、ただその時を生きてきた人々の命の価値は、反比例して軽くなっていく……
 それは、ある意味常軌を逸した実行犯(自身)の動機が、一言の下に否定される結末において、象徴的に浮き彫りにされているとも申せましょう。


 個人的には、クライマックスのトリックがいささかアンフェアなのが気になるところではありますが、しかし本作はそれが許される世界観であり(その点も事前に伏線があります)、そして何よりも、そこに至るまでが最大のトリックであると考えるべきでありましょう。

 何よりも、これまで縷々申しあげたとおり、本作の最大の魅力は、ミステリとしてのトリックに加え、その視点の巧みさ、そしてそれらが一体となって描かれることにより、歴史というものの無情さ・非人間性を剔抉してみせた点であり――それは、少々のことでは揺るぐはずもないのであります。


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