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2016.03.15

吉川景都『鬼を飼う』第1巻 薄暗い世界の温かい日常

 昭和7年、帝大生の鷹名と司は、弥生坂下で不思議な美少女・アリスと出会い、彼女に誘われるままに四王天鳥獣商なる店を訪れる。そこは神話や伝説に登場するような「奇獣」を扱う奇獣商だった。主の四王天に勧められるまま、「鬼」を飼うこととした鷹名だが……

 吉川景都といえば、個人的には『片桐くん家に猫がいる』『猫とふたりの鎌倉手帖』といった猫漫画の印象が強いのですが、新作は昭和初期を舞台としたあやかしものと聞いては黙っていられません。
 早速手に取ってみましたが……なるほどこういう世界かと、嬉しい裏切りを受けた気分です。

 物語の中心となるのは、本郷の街でひっそりと店を開いた四王天鳥獣商なる店。ぶっきらぼうな義手の男・四王天が営むこの店が扱うのは、鳥獣は鳥獣でも、奇怪な姿と能力を持った「奇獣」……
 洋の東西を問わず、様々な伝説に登場するこの世のものならざる奇妙な生き物たちであります。

 四王天と暮らす謎の少女・アリスに懐かれた主人公・鷹名は、持ち前の好奇心から、店にいた「鬼」を飼うことになるのですが――
 この鬼、日本の鬼とは異なるいわば謎かけ鬼。一日に何度か謎かけをしてきて、それに答えられれば問題なくじっとしているが、答えられなければ食われてしまうというとんでもない鬼でありました。

 この鬼を下宿に連れ帰った鷹名は、初めのうちはうまくやり過ごしていたのですが、鬼の体の小さなうちは他愛もなかった謎かけが、成長するにつれて難解なものになり、ついに……

 というのが、タイトルの由来でもある最初のエピソード。これ以降も鷹名と司は、ある時は四王天とアリスに導かれて、またある時は自ら首を突っ込むように、奇獣絡みの不思議な事件に巻き込まれていくこととなります。

 あやかし絡みの不思議な店を舞台とした物語は、最近の、特にライト文芸ではお馴染みのスタイルではあります。しかし本作がそうした作品と一線を画しているのは、全てとは言わないものの多くのエピソードにおいて、剣呑で、シビアな物語が展開される点でありましょう。
 先の鬼に見られるように、ひとたび扱いを誤れば、自分の命が危うくなるのが奇獣という存在。それ故、そんな奇獣にまつわる物語は、時におぞましく、時に恐ろしいものとなっていくのです。

 そしてその雰囲気は、物語の背景となる時代を考えると、より一層強まるように感じられます。

 昭和7年といえば、前年には満州事変が勃発し、日本がいよいよあの戦争に雪崩れ込んでいく時代。
 作中ではそうした暗い部分はほとんど触れられませんが、血盟団事件や五・一五事件といった血なまぐさい事件が起き、そしてこの巻の後半に敵役(?)として登場する特高が小林多喜二を……というのも、この時期なのですから。
(スタートは昭和7年ですが、作中で新聞記者の口から三陸の地震のことが言及されていることから見て、作中時間では昭和8年にさしかかってるのでしょう)


 非現実的な側面と、現実的な側面の双方から、薄暗い世界を舞台とする本作。しかしその読後感は、意外なまでにさっぱりとしたものがあります。
 それは言うまでもなく、冒頭に述べた作品に見られるような、作者の温かく日常的な作風が、こうした舞台でも貫かれているからにほかなりません。

 一歩間違えれば食い合わせが悪くなりかねぬところを、巧みにバランスを取り、双方の味わいを殺さずに作品を成立させているのは、これは作者の腕でありましょう。
(特に、人の寿命を喰らって生きる巨大な猫・金華猫の切なくもしみじみとした味わいは、本作ならではのものでしょう)

 そんな世界でこの先何が描かれるのか……本筋とも言うべき、四王天とアリスの存在にまつわる謎もさることながら、奇獣たちにまつわる個々のエピソードも楽しみな作品です。


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