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2016.03.18

樹なつみ『一の食卓』第3巻 五郎の過去と明の未来の交わるところ

 明治初頭の東京は築地の外国人居留地のベーカリーでパン職人を目指す少女・西塔明と、店に雇われてきた無愛想な男・藤田五郎こと斎藤一の交流を描くユニークな漫画の第3巻であります。第2巻では、五郎に続き、生きていた原田左之助が店に転がり込んできましたが、この巻ではさらにもう一人……

 築地の外国人居留地に店を構える「フェリパン舎」ことフェリックス・ベーカリーに、下働きとして潜り込んだ五郎。今は新政府の密偵として働く彼は、未だ政情が定まらざる東京で、不平士族の動きを探る任についていたのであります。
 そのフェリパン舎で働く明は自分のパンを平らげてくれた五郎に対し、そして五郎はいくつもの壁にぶつかりながらも自らの夢のため懸命に生きる明に対して、互いに興味を抱くことに……

 そんな状況で起きたある事件を経て、実は生きていた左之助が加わり、ずいぶんと賑やかになったフェリパン舎ですが、この巻ではさらにもう一人の大物新選組隊士が――その名は永倉新八、斎藤・沖田と並び、新選組最強とも謳われた男であります。


 といっても、史実では幕末に死んだ(少なくともその消息が不明となった)左之助と異なり、新八の方は、五郎と同様、明確に生存が確認されている隊士。
 それ故、明治を舞台とした様々なフィクションにも顔を出しており、決してものすごく意外というわけではありませんが……しかし、ここで五郎・左之助・新八の揃い踏みというのは、相当のインパクトがあります。

 新八といえば、左之助とのコンビが印象に残るゆえか、随分と破天荒なイメージがある人物ですが、本作の新八は、松前藩の上士の家出身という出自を踏まえてか、それなりに(あくまでもそれなりに!)落ち着いた印象。
 史実ではこの頃は松前にいたはずですが、義弟が東京で行方不明となり、探しに出てきたという設定も面白いところであります。

 そしてその義弟が、目下のところ五郎が探索中の外国人商人殺しに何やら関わっているらしく……と、ここで五郎と新八(さらに助っ人で左之助)が共通の事件に挑むという展開に相成ります。


 と、このように書きますと、元新選組サイドばかり目立っているようにも見えますが、それと平行して、明も自分の立場で戦うこととなります。

 五郎たちが探索する事件を同様に探る弾正台の元武士たち。功を焦った彼らが、五郎らとの繋がりからフェリパン舎が怪しいと思いこみ乗り込んできた際に、貴重なパン種の壷が壊されてしまうのであります。
 今ではどこでも手に入るようなパン種でも、当時の日本においては相当な貴重品。折悪しくフェリックス氏も他出している中、明はパン種を新たに作り出すべく奮闘するのであります。


 新選組という過去を背負った五郎の姿と共に、パン職人という未来を目指す明の姿を描く本作。しかし、新選組というビッグネームの前では、さじ加減を間違えれば、明サイドのドラマは影が薄くなりかねないところであります。
 この巻では新八までも加わり、正直なところその心配が募ったのですが……しかしそれは杞憂、五郎側のドラマと平行して、明のドラマも――彼女のひたむきな姿と、そして意外な工夫という形で――きっちりと見せて/魅せてくれました。

 そしてラストにおいて、そんな二人のドラマが交わり、五郎が全盛期の凄みを見せるというのも、また心憎いのであります。

 果たして明の試みはうまくいくのか、そして五郎の追う事件の謎は……さらに言えば、あれほど新選組に、武士に誇りを抱いてきた五郎が、何故新政府の密偵となったのか。まだまだ興味と謎は尽きません。

 もう一つ、明と五郎の関係もまた――(しかしこの時期、既に五郎は……なはずなのですが、さて)


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