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2016.03.16

杉山小弥花『明治失業忍法帖 じゃじゃ馬主君とリストラ忍者』第8巻 清十郎を縛る愛と過去

 女学校に通う商家のじゃじゃ馬お嬢様・菊乃と、リストラされて無職の元・伊賀忍び(……?)・清十郎の、もどかしくも初々しい、そして色々な意味で危なっかしい恋模様を描く本作も、早いものでもう第8巻。清十郎の正体を巡り様々な思惑が交錯する中、ついに不平士族の乱が各地で勃発します。

 初めはお互い納得づく、悪く言えば互いの存在を利用するための婚約だったはずが、数々の揉め事・冒険をくぐり抜けるうちに強く惹かれあい、ついに本当に結婚を決意した二人――
 なのですが、お互いの自意識が邪魔して相変わらず素直になれない二人。本当に面倒くさいなあ! と呆れ半分、からかい半分な気分にもなりますが、しかし二人にとっては大真面目なだけに、なかなか根の深いものがあります。

 この巻の冒頭に収められたエピソードでは、そんな二人が、外国人居留地の知人に招かれた先で巻き込まれた毒殺未遂事件が描かれることになります。

 お互いに相手を欠くべからざる相手として強く求め合いながらも、しかしお互いがこれまで生きてきた世界と、そこで形成された自分自身の形(と思いこんでいるもの)に拘るあまり、素直になれない――
 そんな二人が、ミステリ味が強く効かされた事件(本作の魅力の一つであります)の中で、同じく事件に巻き込まれた異国の夫婦の姿を一種の鏡として描き出される様は、実に巧みと言うほかありません。

 これはほとんど毎回書いているような気がして恐縮なのですが、やはり今回も書けば、この時代ならではの人間性――時代に規定される心のあり方――のせめぎ合いと、どこまでも普遍的な男女の心と想いのすれ違いが重ね合わされることで、時代ものとして、ラブコメとして、高いレベルで融合しているのには心より感心いたします。

 そしてそれはこの二人に限らず、この巻でも描かれる会津出身の菊乃の同級生・モモと、薩摩出身の巡査で密偵としての清十郎の雇い主・槇の関係にも通じるものでありますが……


 しかしそんな複雑な時代性と男女関係を飲み込みつつも、物語は大きく動き始めます。
 この時期に各地で勃発した不平士族の反乱――維新で敗北した側だけでなく、勝利したはずの側にもまた、不平を抱き決起した者たちが現れるという、ある意味この時代を反映するようなこの動きに、菊乃と清十郎は(モモと槇も)巻き込まれていくこととなります。

 それは、二人にとっては、これまで様々な形で絡んできた長州の不平士族のリーダー・桐生との因縁との一つの決着に繋がるものであります。
 菊乃にとっては、清十郎の過去を知る相手であり、そしてどこか気になる存在。清十郎にとっては、自分の過去をほじくり返し(そして目下の雇い主である槇=明治政府の敵でもあり)、そして菊乃を惑わせる間男。そんな桐生との決着は、二人にとって望ましいものであるはずですが……


 しかしここで爆弾が投入されることになります。そう、清十郎の本当の正体を知る、彼に取っては師匠とも上司とも言うべき男の登場という――

 これまで少しずつ、主に単行本巻頭の描き下ろしで描かれてきた、清十郎の本当の正体。
 元・伊賀の忍び・清十郎と名乗る彼は、本当は何者なのか……? 場合によっては物語構造が根底からひっくり返るこの真実が明らかになることを、我々読者は期待しつつも恐れてきたわけですが、ここでまさかこんな人物が登場するとは! と大いに驚かされたところであります。

 その驚きはもちろん、清十郎の正体の一端が――少なくともその奥に更なる闇があることが――明かされたことによるものではあります。しかしそれ以上に、菊乃への恋情を除けば、この上ない自由人に見えた彼を強固に縛る、得体の知れぬ鎖の存在が見えたことによります。


 菊乃への愛と、己の背負った過去(いや秘めたる現在)と……果たして清十郎を縛る二つの存在のどちらが強いのか。それが描かれる時が、物語の結末かもしれませんが――さて、その鍵を握るはずの菊乃はどう動くのか。
 気がつけば真っ黒な時代の闇がすぐ後ろにまで迫る中、それに負けぬ普遍的な愛の勝利に期待したいところなのですが……


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