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2016.03.26

芦辺拓『金田一耕助、パノラマ島へ行く』 探偵小説の中で流れる時代と、甦る過去

 マニアックな趣向の作品を描かせれば本格ミステリ界有数の巧者・芦辺拓が、その趣向をフル回転させて描く金田一耕助&明智小五郎もの作品集も、はや第三弾。今回は、二人の名探偵が、それぞれの活躍の場を入れ替えるようにして、怪事件に挑むことになります。

 本書は『金田一耕助、パノラマ島へ行く』『明智小五郎、獄門島へ行く』の二編からなる作品集ですが、その目指すところは、それぞれのタイトルから明らかでしょう。
 パノラマ島とは、乱歩の『パノラマ島奇談』に登場した歓楽の島、獄門島とは正史の同名作に登場した奇怪な見立て殺人の現場となった島――それぞれの作者の代表作の舞台と、探偵役の組み合わせ(『パノラマ島』には明智は登場しないのですが……しかし)を入れ替えて、物語は展開していくのです。

 表題作の『金田一耕助、パノラマ島へ行く』は、パノラマ島をレジャーランドにする計画を立てた親友の不動産業者・風間俊六に引っ張り出された金田一が、まるで遙かな高みから落ちたかのような死体となって発見された男の謎に挑む事件。
 舞台となるパノラマ島は、かつてある男の奇想のままに作り出されながらも、男が姿を消すと共に幻と消えた島。廃墟となって久しいその島で、果たして何が起きたのか。島の対岸の宿に泊まった金田一が夜半に聞いた物音から、意外な真相が浮かび上がるのですが……

 いかにも作者らしい豪快な、しかしこの場所ならではのトリックや、原典読者であればニヤリとできる登場人物の顔ぶれもさることながら、しかし圧巻は、本作を通じてなされるある問いかけでありましょう。
 「夢見る者が去った後、彼が見ていた夢はどこに行ってしまうのか?」という――

 言うまでもなく、パノラマ島は、乱歩が描いてきた幻妖怪奇な夢の中でも筆頭とも言うべき存在。そのなれの果てを、その結末を、本作は金田一という探偵――数々の事件で因縁に縛られた共同体に対する時代の変化の象徴/見届け人を務めてきた男を通して描き出すのです。(そしてそこに、原典では描かれることのなかったもう一つの視点が用意されているのも心憎い)

 本作の舞台は高度成長期、様々な古きものが消え失せ、新たな――どこか味気なくも感じられる――ものたちが生まれた時代。パノラマ島はその象徴とも言うべき存在でありますが、しかし同時に、そこを訪れた金田一も、古きものの側に属する人間でもあります。
 結末近くで彼が見たある光景は、彼自身に対する餞でもあった……というのは、いささかセンチメンタルに過ぎるでしょうか。


 一方、『明智小五郎、獄門島へ行く』は、明智と文代、小林少年の三人が、休暇で獄門島を訪れたことから始まる事件であります。横溝正史による小説で(!)人口に膾炙することとなった獄門島。しかし島に上陸した明智たちの前に現れる獄門島の人々はは、どこかよそよそしさを感じさせる態度を取るばかりでありました。
 島では陸を歩く巨大な蛸、身を失った巨大な鯛の作り物、消えた小林少年、牢に閉じこめられた謎の男。続発する奇怪な事態の果てに待つものとは……

 こちらも孤島を舞台としつつも、果たして何が起きているのか、事件らしき事件を明らかにせず展開していく本作。しかしその果てに明かされる真実は、やはり作者の豪腕が冴え渡る驚天動地のトリックであります。

 そして唸らされるのは、獄門島という横溝正史の代表作(あと『夜光怪人』)の舞台をきっちりと踏まえつつも、そこで繰り広げられる物語は、どこまでも江戸川乱歩の、それも戦後の明智小五郎もの――すなわち、みんな大好き少年探偵団の空気を醸し出している点であります。
 さらにそれが、単に雰囲気だけではなく、実は謎解きの一部として見事に機能していくのもたまらない。クライマックスに流れるあの歌には、一定年齢以上の方は落涙を禁じ得ないのではないでしょうか。

 しかし、この反則すれすれのメタな仕掛けは、いや、古き因習の象徴ともいうべき島で起きたこの事件は、同時に広く「消費」の対象となった探偵小説の――そしてそれを取り巻く社会の――変化の象徴とも感じられます。
 前半部とは大きく趣を変えるやにみえる本作もまた、時代と社会の変化を描くものなのであり――そしてそれがラストの明智の言葉に繋がるのではありますまいか。


 しかし何よりも切ないのは、そんな時代ですら、我々から見れば、既に過去となっていることなのですが……いや、そんな過去を懐古趣味だけでなく、現在の我々を楽しませるミステリとして甦らせた作者の作品に対し、あまり湿っぽい述懐は似合わないかもしれません。


『金田一耕助、パノラマ島へ行く』(芦辺拓 角川文庫) Amazon
金田一耕助、パノラマ島へ行く (角川文庫)


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