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2016.03.01

伊東潤『天下人の茶』 茶室の中の「勝者」と「敗者」

 昨年同様、今年もハイスパートな活躍が予想される伊東潤。作品ごとに特異な題材と視点を用意する作者の引き出しの多さには毎回驚かされますが、この最新作の題材は、何と「茶」。戦国時代末期、天下人たる豊臣秀吉と、彼に仕え、茶道を大成した千利休を中心とした短編連作であります。

 現代では趣味の一つとして定着している茶道。しかし本作の冒頭に描かれているように、織田信長は御茶湯御政道として、一種の君臣の支配のツールとしてそれを利用してきました。
 それが秀吉においては、北野大茶湯に象徴されるように、上は帝から下は庶民までに茶の湯を親しませ、一つの共通文化として定着させたと言えるでしょう。

 本作で浮き彫りとされるのは、その現世とは一定の距離を置いた(ように見える)文化たる茶道を通じて浮かび上がる勝者と敗者の姿。序章と終章のような形で二つに分けられた表題作と、それに挟まれた四つの短編という、ユニークな形でそれは描かれることになります。


 さて、表題作の前半に続く短編のうち三つは、一言で表せば「敗者」の物語であります。

 自分だけの道を求め、朝鮮茶碗に取り憑かれた牧村兵部。老境に至り暴走する秀吉を止めるために己の身を擲った瀬田掃部。秀吉亡き後も、師と自分が恩を受けた豊臣家を救うため奔走した古田織部――
 彼らは、利休の弟子として師の言葉を胸に、それぞれに己の茶を、侘びを、そして道を求めて懸命に生きながらも……しかし、いずれも「勝者」になれなかった者たちであります。

 歴史を単純に勝者の側から描くだけでなく、むしろ敗者の側から――それも我々読者に、彼らに対する大きな共感を覚えさせつつ――描くというのは、これは作者の得意とするところでありましょう。
 その意味では、彼ら三人は、実に伊東作品の主人公的な存在であると言えるかもしれません。


 しかしその物語は、続く四話目――彼らの師たる利休自身(の姿を細川忠興の目から)描くエピソードにおいて、大きく趣を変えるように思われます。
 ここで描かれるのは、これまでの物語構造を、(一見)ガラリと変える大仕掛け。戦国最大と言うべきあの事件の、その謎を、本作は描いていくことになるのであります。

 その伝奇性豊かな趣向にはもちろん嬉しくなってしまうのですが、しかしそれ以上に驚かされるのは、そこで展開される、秀吉と利休の対峙の姿であります。

 言うまでもなく、天下人としてこの「現世」を支配した秀吉。それに対し、如何に秀吉の腹心とも言うべき立場にあったとしても、利休は秀吉に仕える一介の茶人に過ぎません。
 そして歴史が示すとおり、その最期を思えば、利休もまた「敗者」――秀吉に敗れたと言うことができるかもしれません。

 いや、本当にそうでしょうか。冒頭に述べたとおり、この時代、茶道は天下万民に親しまれた存在――彼らの精神に共通に根付いた文化、「現世」に対する「精神世界」とイコールなのであり……そしてその世界に君臨する利休は、秀吉とそのまま対になる存在なのではないか。
 だとすれば、これまでに利休自身が、あるいは彼の弟子が求めてきた茶とは侘びと――その先に見える利休の姿は、これまで描かれたこともないような、一種の魔人としてすら感じられるのであります。

 そして表題作の後半、ただ一人、現世の勝者として君臨する秀吉の胸中に過ぎるものは……ラスト一行に至り、誰が「勝者」で誰が「敗者」か、我々は混迷の中に置き去りにされるのであります。


 ここに至り、物語の全てもまた、その構図を変えて感じられる――それは私の深読みのしすぎでありましょうか。

 しかし、本作で描かれる「敗者」たちは、いずれも己の意志でもって――たとえそこに様々な外部からの影響があったとしても――己の生を、己の道を全うした者。そしてそれは、結末で描かれる無惨な「勝者」の姿とは、あまりにも対照的と感じられます。
 そしてまた、この「敗者」の在り方は作者の作品に通底するものであり……そして先に述べたとおり、それこそが我々を強く共感させる所以なのではないでしょうか。


『天下人の茶』(伊東潤 文藝春秋) Amazon
天下人の茶

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