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2016.03.17

小松エメル『件の夢――シロの伊勢道中』 二匹の純粋な想いの先に

 『妙ちきりん 「読楽」時代小説アンソロジー』が発売されました。「読楽」誌に掲載された時代伝奇/ホラー/ファンタジー短編を集めたアンソロジーですが、今回紹介するのは、その巻頭に収められた作品、お伊勢参りに向かう犬を主人公とした不思議な物語であります。

 このアンソロジーに収録されている作品は、『件の夢――シロの伊勢道中』(小松エメル)
『異聞 巌流島決闘』(天野純希)
『魔王の子、鬼の娘』(仁木英之)
『あけずのくらの』(輪渡颯介)
『妖刀・籠釣瓶』(毛利亘宏)
『隠神刑部』(乾緑郎)
の6作品。うち『異聞巌流島決闘』の5作品は雑誌掲載時に紹介したため、今回は残る巻頭作を紹介する次第です。


 江戸時代の庶民にとって一大イベントであったお伊勢参り。遠方への旅行が極めて限られていた時代に、ほとんど唯一といってよい旅だけに、様々な記録・逸話が残されていますが、本作の題材となった犬のお伊勢参りも、実際にあった出来事として記録されています。
 犬の首に「伊勢参り」の札とエサ代や宿場代をくくりつけて送り出し、それが道中の人々に世話されて伊勢神宮に辿り着き、お札をいただいて帰ってきたというのですから、何とも長閑なものです。

 さて、本作の主人公は、そんなお伊勢参りに向かうことになった大坂の犬・シロ。そんなつもりなどさらさらなかった彼がお伊勢参りに行く羽目になったのは、ある晩彼の夢に出てきた件とのやりとりがきっかけでありました。
 持ち前の口の悪さから人間に化けた件に悪態をついたのがいけなかったか、別の人間の夢に現れた件がお告げをしたことで、あれよあれよという間に、彼は伊勢に送り出されてしまったのであります。
(ちなみにこの件、姿や言動からして、『一鬼夜行』シリーズに登場するのと同じ存在でありましょう)

 それでもなんだかんだと言いつつ伊勢に向かった彼が途中で出会ったのは、雪という名も似合わぬような薄汚れた老犬。やはり伊勢に向かうという雪と不承不承行動を共にすることになったシロですが、道中のある事件がきっかけで、二匹の絆は深まっていきます。
 しかし伊勢も近づいてきたある晩、シロは思わぬ怪物を目撃することに……


 作者の作品には珍しい(気もする)関西弁でまくしたてるシロの語りが何とも楽しい本作。犬のお伊勢参りという、現代人から見ると不思議な存在に、容赦なくツッコミを入れているのが何とも愉快であります。

 しかし物語が進んでいくにつれ、焦点が当たっていくのは、もう一匹の主人公とも言うべき雪が背負ったものの存在です。
 既に歩くのもやっとながら、それでも雪は何故伊勢に向かおうとするのか。彼が言葉少なに語る過去に何があったのか。それはやがて、思わぬ形でシロと我々読者の前に描かれることとなります。

 そしてそこに浮かび上がるのは、雪の――そしてシロの、どこまでも純粋な想い。
 思えば作者の作品の登場人物(動物/妖物)は皆基本的に純粋な想いを抱え、それだからこそ悩み、悲しみ、喜び、時に悪にすら堕ちる存在として描かれてきました。そして本作の二匹もまた、その系譜に属するものと言えるでしょう。

 時に自分を、周囲をも傷つける純粋な想い。しかしその想いは、我々が胸の中のどこかにある――あるいはありたいと思う――ものであり、それだからこそひどく切なく、そして魅力的に映るのでありましょう。
 この短編を通じて、作者の作品の魅力の源を再確認した思いであります。


『件の夢――シロの伊勢道中』(小松エメル 徳間文庫『妙ちきりん 「読楽」時代小説アンソロジー』所収) Amazon
妙ちきりん: 「読楽」時代小説アンソロジー (徳間時代小説文庫)


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