« 『或夜の奇妙な出来事 変』から 異なる作風、異なる怪異の3編 | トップページ | 加藤廣『空白の桶狭間』 虚構の戦の果てに消えたものと生まれたもの »

2016.03.30

波津彬子『雨柳堂夢咄』其ノ十六 区切りを超えても変わることなく愛しき世界

 大きな柳の木の傍に立つ骨董屋・雨柳堂を舞台に、店主の孫の美少年・蓮を狂言回しとした『雨柳堂夢咄』待望の最新巻・其ノ十六の登場であります。前巻で記念すべき第百話を達成した本作ですが、良い意味で通常営業と言うべきでしょう、この巻でも常に変わらぬ魅力的な世界が展開されています。

 さて、この巻に収録されているのは全8話。もちろんどのエピソードも骨董品にまつわるものであることは言うまでもありませんが、しかしその品も、登場人物も物語も、いつものことながら、バラエティーに富んでおります。以下のように――

 ある日忽然と姿を消した小説家の友人を捜す挿絵画家がたどり着いた「菊慈童」の伝説『仙境にて』
 骨董品狂いを妻に睨まれている学者が選んだ贈り物が浮き彫りにする彼女の想い『おくりもの』
 京助が不思議な二人の子供と出会ったことで誘拐犯と勘違いされたことから始まる美しい因縁譚『なかきよのとおのねふりの』
 没落した家の青年が、幼い頃に出会った掛け軸と不思議な形で巡り会う『早蕨のころ』
 とある家で妊婦を護るという神宮皇后ゆかりの品を巡る奇譚『神功皇后』
 夏風邪に倒れた蓮の祖父が、若き日に出会った女性と品物に夢裡に再会する『夏の風邪おくり』
 雨柳堂に置かれた美しい鍔に引かれる乙女の想いの意外な結末『乙女の祈り』
 編集者を振り回す怪談マニアの作家が参加した怪談会で味わった恐怖を描く『怪を語れば』

 ユーモアあり、ロマンスあり、感動あり、(ちょっぴり)恐怖あり……様々な想いが巧みに織り込まれた物語は、滋味に富んだという表現がしっくりくるものばかりであります。


 そんな本書の中で、特に私の印象に残ったのは、『仙境にて』『なかきよのとおのねふりの』の二編です。

 突然失踪した友人の幻想小説家の跡を追う挿絵画家の姿を描く『仙境にて』は、画家の探索が続くにつれて、小説家の人物像が徐々に浮かび上がる……いや、むしろ薄れていくのが実に面白い一編。
 小説家が失踪前に語った「菊慈童」――菊の露を口にして不老不死となった古代中国王の侍童の物語が、思わぬ形で意味を持つのには驚かされましたが、結末の余韻は、それこそ良質の幻想小説の読後感に通じるものがあります。

 一方の『なかきよのとおのねふりの』は、登場するたびにトラブルに巻き込まれる医学生の京助さんが、早速二人の迷子に懐かれた末に、誘拐犯扱いされる……という展開だけでニヤニヤが止まらなくなるのですが、しかしそこからの展開が意外かつ感動的。
 実は迷子は一人だったという展開からは、本シリーズの読者ならばピンと来るものがあるかと思いますが、そこから生まれるドラマには、ただ涙……。しかしそれに留まらず、もう一回転してユーモラスな結末に着地する完成度の高さには、ただ唸らされるばかりでした。


 もちろん他の作品もそれぞれに魅力的な本書、おそらくは読者それぞれに、気に入る作品は異なるのではないでしょうか。
 しかし全ての読者が(もちろん私を含めて!)一致するのは、本書の変わらぬ完成度の高さと、居心地(という表現は妙なのかもしれませんが)の良さでありましょう。

 あとがき(巻末の日常漫画とともに、単行本の大きな楽しみであります)では相当に弱気にも見える発言をされている作者ですが、何の何の、謙遜にもほどがありましょう。

 百話を超えても、連載25周年を迎えても、変わらぬ不思議で暖かい場所――雨柳堂。この店を、この世界を、我々はこれからも愛し続けるのであります。


『雨柳堂夢咄』其ノ十六(波津彬子 朝日新聞出版Nemuki+コミックス) Amazon
雨柳堂夢咄 其ノ十六 (Nemuki+コミックス)


関連記事
 「雨柳堂夢咄」第10巻
 「雨柳堂夢咄」其ノ十一 変わらず在り続ける物語
 「雨柳堂夢咄」其ノ十二 また会う日まで…
 「雨柳堂夢咄」其ノ十三 時の流れぬ世界で時の重みを知る
 「雨柳堂夢咄」其ノ十四 流れる人と変わらぬ物の接点で
 『雨柳堂夢咄』其ノ十五 百話目の雨柳堂、百話目の蓮

|

« 『或夜の奇妙な出来事 変』から 異なる作風、異なる怪異の3編 | トップページ | 加藤廣『空白の桶狭間』 虚構の戦の果てに消えたものと生まれたもの »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/63404760

この記事へのトラックバック一覧です: 波津彬子『雨柳堂夢咄』其ノ十六 区切りを超えても変わることなく愛しき世界:

« 『或夜の奇妙な出来事 変』から 異なる作風、異なる怪異の3編 | トップページ | 加藤廣『空白の桶狭間』 虚構の戦の果てに消えたものと生まれたもの »