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2016.03.22

矢野隆『凜と咲きて』 愛の結晶たる大殺陣の果てに

 歴史小説に、ゲームのノベライズにと相変わらず大活躍の矢野隆。しかし個人的には作者の真骨頂は、やはり屍山血河の中で輝く「戦う者たち」を描く時代小説ではないかと感じます。売れっ子芸妓の顔の下に、恐るべき剣の腕を持つ美女が、群がる敵を斬って斬って斬りまくる本作のような……

 本作の主人公・凜は、美貌と気っ風のよさで売れっ子の芸妓ながら、事あらば三味線に仕込まれた刀と鋭く研ぎ澄まされた撥(そしてもう一つ……)を振るうバトルヒロイン。
 その技は剣術道場主であった父から教えられたものですが、実はその父は盗賊、事が露見して捕らわれた後に、引退した父の部下・藤兵衛に助けられ、彼が大家のドブ板長屋に暮らしております。

 そんな彼女のもとに転がり込んできたのが、元・侍の別所十三郎。これまでヒモとして――そしてその実のなさから――女のもとを転々としてきた、正真正銘のろくでなしであります。
 が、そんな十三郎に惚れてしまった凜と、そんな凜を愛し始めた十三郎は、それなりにうまくやっていたのですが……

 しかし、そんな彼女たちの暮らしに迫る影。凜の父が隠した莫大な黄金を狙う残党たちが彼女を狙い――そして実はわけありの過去を持つ十三郎も、さる藩の侍たちに狙われる身だったのであります。
 その両者が手を結び、藤兵衛がその魔手に落ちたことから、数十人もの敵を向こうに回した死闘が始まることに……!


 自ら望んで飛び込む、あるいは望まざるにも関わらず、己の命を懸けた戦いの世界に引きずり込まれ、群がる敵を向こうに回して無双の戦いを繰り広げる……本作は、そんな矢野流バトル時代小説の系譜に属する作品であります。

 しかしその中で、本作が他の作品とまた異なる味わいを持つのは、本作の構成・構造によります。
 そう、全七話から構成される本作は、実はその各話において、凜・十三郎・藤兵衛……と、それぞれ中心になる人物を、その視点を変えて描かれるのです。

 正直に申し上げれば、本作のストーリー自体は、意外なまでにシンプルであります。しかしそのストーリーに、様々な視点から光が当てられることにより、様々な陰翳が生まれ――そしてそれがまた別の陰翳と影響しあうことで、物語に、人物描写に、これまでにない形の深みが生まれていると感じます。

 その最たるものが、凜と十三郎の関係であることは言うまでもありません。
 藤兵衛の庇護を受けつつも、天涯孤独の身で、己の腕のみを頼りに暮らしてきた凜。そんな彼女が、いわば女を食い物にして生きてきた十三郎に惹かれてしまうのは皮肉と言うべきでありますが……しかしそんな十三郎の中にも、その過去からくる隠された屈託があります。

 その二人の想いが、強大な敵の出現をきっかけにすれ違い、そしてそれぞれの想いを見つめ直した末に待つもの……それが矢野作品名物というべき大殺陣なのでありますが、しかしそれは周囲に死をもたらす戦いのみを意味するものではありません。

 それは同時に、二人が想いを確かめ合った末に生まれる、いわば愛の結晶。これまでの矢野主人公は、戦いの中で己の生の意味を確かめてきましたが――しかし本作では己のみならず、愛する者の存在を確認するのであり、その戦いの意味の変化が、本作の魅力の源と言えるのかもしれません。
(その意味では、終章で描かれる、二人の戦いに触発され、再び日常に帰って行く少年の姿は、なかなかに示唆に富んでいるやに感じられます)


 個人的には、凜のインパクト満点の秘密兵器は最後の最後に初めて繰り出してほしかった――それを用いた渾身の殺陣が実に素晴らしかっただけに――と思いますし、やはり物語的には、いささかこじんまりとしてしまった印象は否めません。

 しかしそれでもなお、戦いを描くとともに、それと並んで人が最も古くから行ってきた営み――すなわち、人を愛することを描いてみせた本作は、作者の筆の深化を示すものとして感じられるのであります。


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凜と咲きて

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