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2016.04.30

廣嶋玲子『妖怪の子預かります』 「純粋な」妖怪たちとの絆の先に

 盲目の美青年・千弥と暮らす引っ込み思案の少年・弥助は、ある日森の中にあった石を割ったため、妖怪奉行所の奉行・月夜公の前に引き出されてしまう。実は石の正体は子預かり妖怪・うぶめの住処。弥助は石を割った罰として、いずこかへ消えたうぶめに代わり妖怪の子預かり屋を命じられることに……

 児童文学を主たる活動フィールドとする廣島玲子が、『鵺の家』に続き東京創元社から送る一般向け小説であります。今回の題材は、タイトルにあるとおり妖怪もの。時代妖怪小説はもはや珍しくありませんが、しかし本作は、児童文学でも妖怪の登場する作品を様々描いてきた作者らしいユニークな魅力にあふれる作品です。

 本作は、タイトルそのままに「妖怪の子を預か」ることとなった人間の少年・弥助を主人公とした作品であります。

 妖怪にも子供っているのかしら、と言えばそれはもういるのが本作の世界観なのですが、これが人間の子供と同じく、いや小さくとも妖怪の姿と力を持っているだけに相当の難物。そんな珍客相手に四苦八苦しながら、弥助は妖怪たちに少しずつ認められていくこととなります。
 実は弥助は、人間相手には大変な引っ込み思案。彼とともに暮らしている美貌で盲目の按摩の青年・千弥には普通に接することができるものの、それ以外の人間にはほとんどまともに口をきくことができない少年であります。

 そんな彼が、人間ならぬ妖怪たちと接していくうちに心を開いていくようになっていくのですが、一見不思議に見えるそれは、妖怪がある意味「純粋な」存在であるゆえ。
 人間は約束を破っても、妖怪は約束を破らない……というのは昔話などでまま見かける構図ですが、本作はそんな弥助に助けられる妖怪たちの人情、いや妖情(?)が弥助自身をも救っていくという構図が、何とも心地よいのであります。

 もっとも、妖怪は約束を破らない、というのは逆に言えば、妖怪は約束を破らせないということでもあります。
 そもそも弥助が妖怪の子預かり屋になったのは、元々妖怪の子預かり屋だったうぶめのすみかである石を、知らぬとはいえ弥助が壊してしまったため。その罰として、弥助は姿を消したうぶめが帰ってくるまで、預かり屋を続けざるを得ないのであります。

 つまり本作は、個々の妖怪の子供たちのエピソードを横糸に、うぶめはどこに消えたのか、弥助は無事に預かり屋を続け、そしてやめることができるのか……それが縦糸として展開していくことになります。
 が、実は縦糸は一本ではありません。実は千弥に出会うまでの記憶をほとんど持たない弥助。弥助の過去に何があったのか、闇の中に消えていく白い腕という彼の記憶の意味は何なのか。縦糸と横糸は様々に絡み合った末に、意外な形で結末を迎えることになります。


 作者はこれまで妖怪もの、ファンタジー要素の強い時代ものを数多く発表してきました。本作は、魅力的な妖怪・人間のキャラクター像と、起伏に富んだストーリー(そしてその中に散りばめられた黒さ・ほの暗さ)と、いかにも作者らしい作品と言えるでしょう。

 個人的には、個々の横糸のエピソードがいささか駆け足に感じられたのが少々惜しく感じられたのと(章題があればその辺りの印象はだいぶ変わったのでは……とは感じます)、千弥と弥助の関係で、互いの依存度が高すぎるように感じられたのが気になったところではあります。
 特に後者は、この先二人がちゃんとした生活を営めるのか少々不安になるほどだったのですが……それはまあ、二人の問題ということで良しとしましょう。

 何はともあれ、既に本作はシリーズ化が決定しているとのこと。弥助がこの先、妖怪たちといかに関わり、彼らと、そして外部の世界と――そこには妖怪たち以外の人間も含まれていくことでしょう――絆を作っていくことになるのか。
 妖怪時代小説ファンとして、新たなシリーズの登場を喜んでいるところであります。


『妖怪の子預かります』(廣嶋玲子 創元推理文庫) Amazon
妖怪の子預かります (創元推理文庫)


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2016.04.29

雨依新空『ヴィラネス 真伝・寛永御前試合』第3巻 新たなる外道少女、その名は柔心

 寛永御前試合の出場者を「外道」として描く夢枕獏の『真伝・寛永御前試合』に、さらに外道たちが皆女性というとんでもないアレンジを加えた『ヴィラネス 真伝・寛永御前試合』の第3巻であります。最初の外道・宮本弁之助に続いて登場する次なる外道、その名は関口柔心――

 江戸時代初期の名だたる武芸者たちが一堂に会し、江戸城吹上御庭にて将軍家光の前で試合を繰り広げたという寛永御前試合。
 その、いわば夢のオールスター戦に集ったスターたちが、実は人としてのタガが外れた「外道」、しかも女だった! という設定で描く本作ですが、この巻の前半で描かれるのは、第一の外道・宮本弁之助の物語の結末であります。

 美しき外道・秋山虎之介に弟子(という名の捨て石)として拾われた少女・弁之助。虎之介の向かう先は、化け物として知られる伝説の剣豪・塚原卜伝のもとでありました。
 人里離れた小屋で暮らす、少女とも老婆ともつかぬ奇怪な外見を持つ卜伝に挑む虎之介。しかし彼女は、外道っぷりで遙かに自分を上回る卜伝の前に、無惨にも敗北を喫することになります。

 残された弁之助は、唯一自分が卜伝に勝るであろうもの――生命力を頼りに、小屋ごと、自分ごと卜伝をぶっ潰すという手に出るのですが……

 というわけで、ここで描かれるのは、卜伝戦の決着と、その先に待つ弁之助の真の外道としての旅立ちであります。
 己が生き残るためであれば、己が最強となるためであれば、どんな手でも使う。誰が相手でも殺す。まさしく外道というほかない彼女の所業は、彼女がいまだ年端もいかぬ少女だけに、より凄惨に、そして同時に、どこかやるせないものとして、こちらの目には映ります。

 あるいは、それこそが本作の外道女体化の狙いとも思えるのですが……


 そして続いて描かれるは、第二の外道・関柔心の物語。関口柔心といえば、柔術の祖とも言われる人物、紀州徳川家の御家流ともなった関口新心流初代・関口氏心その人であります。
 同じ講談社の漫画では『十 忍法魔界転生』で転生衆の前に破れた達人の一人として登場しましたが、原典たる寛永御前試合をはじめとする講談においてはお馴染みの武芸者です。

 さて、本作で描かれる柔心は、ショートカットも可愛らしい少女ではありますが……人間の、生物の体の仕組みに異常に興味を燃やす、一種の偏執狂的性格の持ち主。
 半ば骨となった行き倒れの出会いをきっかけに、生物の仕組み――骨の、肉の構造に興味を持ち、そして小動物を相手に存分にそれを学んだ後は、男の子たちを相手に思う存分その壊し方を実践する……

 柔心の技の先に存在する柔道のあり方を表するに、柔よく剛を制すという言葉があります。本作において、近所のガキ大将たちを相手にその技を振るう彼女の姿は、まさにそれを体現していると言えるかもしれません。
 が、相手を壊すことに一切躊躇しないその姿は、精力善用・自他協栄の精神からはほど遠いものであります。

 そう、彼女もまた外道――弁之助が、過剰な闘争本能の爆発とも言うべき外道であったのに対し、柔心のそれは、一種学者的な興味と罪悪感の欠如の発露とも言うべきものであり、彼女が可愛らしい少女の姿であるだけに一層、その異常さが際だつのです。

 そしてその外道柔心が挑むことになるのは、次々と人を襲い、喰らう巨大な野犬――いや魔犬。平然とこれを退治ることを宣言した柔心ですが、その狡猾かつ獰猛な野性を前に、さしもの彼女も初めて恐怖を覚えることになるのですが……
(ここで、死闘の最中に自問自答するという夢枕獏的描写を、悪魔っ子の如きもう一人の自分の幻影との会話で描くのがまた面白い)


 果たして外道が勝つか、野性が勝つか――早くも次の巻が気になるところですが、現在本作は、原作に追いついたという(ある意味猛烈にストレートな)理由で、一旦連載終了という状態。
 ここまで来て……と歯噛みする状態ですが、かくなる上は原作の少しでも早い進行を願うばかりであります。


『ヴィラネス 真伝・寛永御前試合』第3巻(雨依新空&夢枕獏 講談社ヤンマガKCスペシャル) Amazon
ヴィラネス -真伝・寛永御前試合-(3) (ヤンマガKCスペシャル)


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2016.04.28

野田サトル『ゴールデンカムイ』第7巻 不死の怪物とどこかで見たような男たちと

 マンガ大賞2016を受賞、単行本2ヶ月連続刊行と、いまノリにノっている『ゴールデンカムイ』の第7巻であります。いつ果てるともなく続くアイヌの黄金を巡る刺青人皮争奪戦ですが、この巻では久々に杉元一味が出ずっぱり。思わぬ事件の連鎖が、杉元たちを新たなる戦いと刺青に導くこととなります。

 札幌での殺人ホテルでのドタバタバトルを終え、旅を続ける杉元一行。途中、苫小牧に立ち寄った彼らの前に現れたのは、よく当たると評判の女占い師・インカラマッ。杉元に近づく素振りを見せる彼女にアシリパがやきもきするのにこちらもニヤニヤ……
 というのはさておき、ここで彼女の力で一山当てようと企んだ白石が苫小牧競馬に突撃。そしてこの競馬場で密かに行われていたキロランケが八百長の騎手と間違えられたことで、またもや騒動が引き起こされることになります。

 そして苫小牧を飛び出した杉本たちの次なる目的地は、アシリパのフチの姉の花嫁衣装を手に入れたアメリカ人牧場経営者ダンのもと。そこで衣装を買い戻すのと引き替えに、牧場の馬を次々と襲う「モンスター」――巨大な赤毛の羆を対峙することになった杉元たちは、しかし思わぬ相手の力に、荒野の一軒家に逃げ込むことになります。

 そしてその一軒家の先客が若山輝一郎 と仲沢達弥という、どこかで聞いたような名前と見たことあるようなビジュアルのカッ……男たち。彼らととも羆を迎え撃つことになった杉元たちですが、敵は羆だけではなく――


 杉元一味のみならず、第七師団と土方一党が鎬を削るこの刺青人皮争奪戦。彼らが皆、揃いも揃って個性的な上に、彼らの展開する争奪戦がまた面白いだけに、最近は彼ら敵となる勢力の視点で描かれるエピソードも少なくありませんでした。

 それはそれで面白いのですが、やはり主人公たちに思う存分活躍してほしい……と思っていたところ、冒頭に述べたとおり、この巻では最初から最後まで杉元一味のみが大暴れ。
 待ってましたと言いたいところですが、物語は競馬に花嫁衣装の奪還に羆退治、さらには色々な意味で危険な男たちの登場と二転三転、一体この作品はなんのお話でしたか? と言いたくなるような状態に――

 しかしそれがまた実に面白いから困る……いや困らない。一つ一つのシチュエーションそのものの面白さはもちろんのこと、そこでキャラクターたちが起こす行動が物語をどんどん加速させ、ややこしくも楽しくて仕方ない方向に転がっていくのですから。
 そして、一見脇道にそれまくっているかのように見えた物語が、終盤に来て、実は本筋にきっちりと繋がっていた、という展開もたまらないのです。


 もちろん、冷静にみればやはり話はとっちらかっていますし、熊との対決も本作では既に珍しくないという印象であります。ゲストキャラの有名人もじりも、面白くはありますが、巫山戯すぎという印象は否めません。
 しかしそうした点すらもねじ伏せて、上で述べたように楽しさへと繋げてしまうだけのパワーが、本作にはあります。そしてその混沌ぶりが、逆に魅力にすら感じられるのであります。そしてこの混沌ぶりに振り回されるのも、作品をリアルタイムで楽しんでいるものの特権なのでしょう。

 まだまだ先が見えないこの物語、次の巻で収録されるエピソードでは、またとんでもない方向に物語が展開しているようなのですが……それもまた楽しみとなりまs。もうここまで来たら、勢いのままにどこまでも突っ走っていっていただきたいと思うのです。もちろんついて行きますから。


『ゴールデンカムイ』第7巻(野田サトル 集英社ヤングジャンプコミックス) Amazon
ゴールデンカムイ 7 (ヤングジャンプコミックス)


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2016.04.27

上田秀人『前夜 奥右筆外伝』 正負の継承に繋がる前日譚

 早いもので『奥右筆秘帳』シリーズが完結してからもう3年。現在は『百万石の留守居役』シリーズが展開中ですが、ここに『奥右筆秘帖』が外伝の形で復活しました。『前夜』のサブタイトルからわかるように、シリーズ開始までの登場人物たちの過去を描く短編集であります。

 田沼意知の刃傷に興味を持ってしまったために命を狙われることとなった老獪な奥右筆組頭・立花併右衛門と、その隣家の冷や飯食いで剣の使い手の柊衛悟――文と武、老と若と、対照的な二人が幕政の闇に挑み、強い絆を育んでいく本シリーズは、「この文庫書き下ろし時代小説がすごい!」で二度にわたって第一位に輝くなど、大人気を博してきました。

 物語は、全12巻で大団円を迎えましたが、本書で描かれるのは、冒頭に述べたとおり前日譚。
 併右衛門と衛悟はもちろんのこと、衛悟の巨大な壁として立ち塞がる非情の剣鬼にして甲賀忍・冥府防人と、彼の主であり将軍位を狙う巨魁・一橋民部卿治済を加えた四人の物語が収められています。

 病弱な妻と幼い娘・瑞紀を抱え、引きも財力もない状態の小普請組から己の筆一本でのし上がった併右衛門。
 妹と自分に冷たい父を見限り、己の忍びとしての腕で家名復興を夢見る望月小弥太――後の冥府防人。
 将軍の血を引く御三卿・一橋家の当主として将軍の座を仰ぎ見る中、権力の魔に魅入られていく一橋治済。
 小普請組の次男坊というどんづまりの環境で、剣の道も己の将来も壁にぶつかり、迷い苦しむ柊衛悟。

 外伝と冠されていたことで、個人的には彼ら登場人物それぞれが過去に巻き込まれた事件を描く、本編とはある程度独立した作品を勝手に想像していたのですが、本書に収録されているのは、本編に至るまでの彼らの姿を描く前日譚。
 そういう意味では、本書は完全に本編の補完という印象もあります


 そうした中で一番印象に残ったのは、一橋治済であります。本編では、将軍位を狙う「御前」として暗躍した治済。確かに、本編に幾人も登場した権力亡者の中では一番の大物でありますが、いささか意外なチョイスとも最初は感じました。
 しかし本編では(他の登場人物に比べて)出番が少ないことがあり、ある意味わかりやすい悪役であった治済の内面が……「そこ」に至るまでの心の動きが描かれた本作は、一編の歴史小説として読んでも実に面白いのであります。

 元々は赤の他人であり悪く言えば利用しあう関係であったものが、やがて血よりも濃い絆を結び、そして実際に家族となった併右衛門と衛悟。
 それに対し、本シリーズの治済と家斉は、実の親子でありながらも、将軍位を挟んで激しく対立し、文字通り骨肉の争いを演じてきました。

 そこにあるのは、本シリーズの、上田作品の根底にある「継承」の、いわば正負の姿。
 そしてその負の根底にあるものを――持たざる者には想像しにくいそれを――前日譚の形で巧みに描き出した本作からは、やはり作者ならではの歴史観が、そして作者の技前がくっきりと浮き彫りにされていると感じます。


 本書のあとがきによれば、『百万石の留守居役』完結後の次回作は、本シリーズの続編となるとのこと。それがいつのことになるのか、そしてそこで何が描かれるかはもちろんわかりませんが、本書で描かれたものは、その続編にも継承されていくことは間違いないことでしょう。


『前夜 奥右筆外伝』(上田秀人 講談社文庫) Amazon
前夜 奥右筆外伝 (講談社文庫)


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2016.04.26

『牙狼 紅蓮ノ月』 第22話「共鳴」

 ルドラの依代となった星明を助ける術が見つかったと語る晴明。しかしそのためには雷吼が星明の精神世界に入り、その中でルドラを滅する必要があった。危険な企てに躊躇いなく乗った雷吼の呼びかけで目覚めた星明は、自分の中のルドラと対峙する。しかしその頃、外の世界では道満が現れ……

 前回、道長の道満を斬れという命を断った雷吼の前に現れた晴明。ついに星明を助ける術が見つかったという晴明の言葉に、雷吼は危険を承知で当然飛びつくことになります。
 毎度の如く彼の前に現れた黒星明を誘き寄せ、赫夜の竹結界で捕らえた雷吼。そこで待ち構えていた晴明は、一枚の鏡を雷吼に示します。それこそは星明の精神世界に繋がる鏡。要するにその鏡から星明にサイコダイブし、直接星明の精神を目覚めさせ、ルドラを叩きだそうというのが晴明の策だったのであります。

 しかし言うまでもなくそれは危険極まりない手段。一歩間違えれば星明はおろか、雷吼も命を落とすことになりますが、もちろん雷吼がこれを拒むはずはありません。勇躍鏡の中に飛び込んだ雷吼は、文字通り闇に縛られた星明を発見。闇を断ち切ってお姫様抱っこで彼女を救出します。
 やけにあっけないのには逆に驚かされますが、再会を喜ぶ二人の前に現れたのは、黒星明――すなわちルドラ。二人を逃さんとするルドラに対し、星明は自ら立ち向かうことになります。……が、さすがに素手では本作最強の星明、自らの中から文字通りルドラを叩き出すのでありました。

 と、作戦が着実に進んでいくのですが……外の世界に(今ごろ)現れたのは道満。事態を察した道満は術を止めんとしますが、その前に金時が立ち塞がります。死力を尽くして挑む金時は(素手では全く当てにならない)道満といい勝負を繰り広げますが、しかしさすがに追い詰められてしまいます。
 その金時を間一髪救った頼信も、格好いいことを言いながらあっさり追い詰められたその時――突如現れたのは三本の赤い柱。そしてその柱の上にいたのは三稲荷!

 普段は憎らしい口を叩く三人ですが、今回その矛先が道満に向かってみれば実に痛快。そして猛然と襲いかかる道満に、狐面を残して消えた三人は、次の瞬間巨大な白い狐に変じ、あまりに強大な力で道満を一撃で叩きのめすと、仕事は終わったとばかりに去るのでした。

 そして現実世界に帰還した雷吼と星明を待っていたのは、倒れ伏した晴明。実は晴明が行った術は、泰山府君の術。陰陽道では最高神とも言うべき泰山府君の力を借りるこの術は、伝説では死者を蘇らせる術と言われていますが、本作においては晴明の命という大きな代償を支払うものでありました。
 そう、晴明のこの術の真実は、星明を依代としたルドラを自分の体に移すというもの。そして晴明は最後の力を振り絞り、自分を討つよう雷吼に告げます。

 ルドラ討滅も目前となったとき、地に伏していた道満に動きが……というところで次回に続きます。


 果たしてどのように救い出されるかと思われた星明ですが、上で述べたように、想像以上にあっさりと救出された今回。
 確かに黒星明であった最中のことは、心神喪失状態ではありますし、彼女にとっては「光」であった雷吼が助けに来たことで闇と決別できた、ということなのだとは思いますが、これまで彼女が生きてきた中で背負ってきたものが、ここであっさり決別できてよいのか……

 とは思うものの、彼女にとってのもう一つの「光」であった晴明と彼女の最後の対話を見ると、声優の熱演もあってそれなりに納得させられてしまったのでありました。


 さて、いよいよ残すところはあと2回。何となく、善悪両サイドの詰めの甘さから面倒な事態になりそうな気がしますが……


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 『牙狼 紅蓮ノ月』 第18話「星滅」
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 『牙狼 紅蓮ノ月』 第20話「依代」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第21話「対決」

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2016.04.25

梶川卓郎『信長のシェフ』第15巻 決戦、長篠の戦い!

 快進撃を続ける信長の前に現れた最強の敵・甲斐の武田勝頼。この巻では、ケンにとっても因縁浅からぬ相手である勝頼との決戦――長篠の戦いが描かれることとなりますが、しかし戦を目前にケンは戦場近くの村に囚われの身に。果たしてケンは間に合うのか、そして戦に関わった者たちの運命は……

 徳川・織田連合と武田が真っ向から激突した、歴史に名高い長篠の戦い。この大一番を描くに、本作は前の巻から丹念に物語を積み重ねてきました。高天神城の戦いの事後処理をはじめとする対武田の情報戦、長篠での「一夜城」建築……当然というべきか、ケンはそのまっただ中で奔走することになるのですが、そこに彼と同じ現代人、今は果心居士を名乗る男・松田により、ケンは窮地に陥ることになります。
 松田に指嗾された設楽ヶ原の農民たちに囚われたケン。農民といっても当時の彼らは一転落ち武者狩りにも転じる剣呑な人々、武田側につくという彼らに囚われたケンの命運は風前の灯火となってしまうのですが……

 この窮地からいかにケンが脱するか、そして村人たちを味方につけ、一夜城建築を成功させるか――幾重にも困難なこの状況をいかにひっくり返すか、というのは相変わらずの楽しさがありますが、しかしこの巻の中心となるのは、もちろん長篠の戦いそのものであります。

 織田の馬防柵と鉄砲三段撃ちという戦法により、突撃するばかりの武田騎馬隊は惨敗した……という長篠の戦いのイメージは、特に三段撃ちについては、現在はほとんど巷説として退けられているところではあります。
 本作ももちろん、単純にそうしたイメージをなぞるわけもないのですが――それでは果たして、どのようにこの戦を描くのか。そしてどのようにそこで敗者となった者たちを描くのか?

 その詳細はここでは述べませんが、この部分だけを取り出しても、優れた歴史ものとして楽しめた……そう表することは許されるでしょう。
 刻一刻と動いていく戦況と、その中で入り乱れる様々な人々の思惑を積み重ね、戦いの中の「その瞬間」へと突き進んでいく……結果を知っていても、いや結果を知っているからこそ楽しめる(という表現はいささか気が引けますが)世界が、ここにはあります。
(特に野戦ではなく○○戦というくだりには、もう痺れるばかり)

 そしてさらに見事なのは、武田方――勝頼と譜代の重臣たちの描写です。
 上で軽く触れたように、織田方の万全の備えに対して猪突猛進して自滅したというイメージを持たれがちな武田方。そのネガティブな印象の矛先が向けられてきたのが当主たる勝頼であります。

 偉大すぎる父の影を払拭せんとするあまり、焦って無謀な突撃を行った、行わせた愚将……これまで描かれてきた勝頼像を見ればわかるように、本作は、そんなアプローチを取るものではありません。
 大信玄の子として厳しい視線を向けられつつも、それに押しつぶされることなく、雄々しく立つ一人の武将。それでいて決して超人ではなく、血の通った一人の悩める若者としての顔を併せ持つ者として、勝頼は描かれるのです。

 それでいて、その勝頼の武将としての器が、かえって彼を敗北への道に追い込むという皮肉もまた切なく、そんな彼を認めて散ってく老臣たちの姿も、ちょっと格好良すぎると思いつつも、グッとくるものがあります。
 終わってみれば、勝者である信長、家康はもちろんのこと、勝頼ら武田家の人々、そしてケンを捕らえた農民たちも含めて、ほとんど一人として貶めることなく描いてみせたのは、歴史ものとしての本作の見事さを示すものでありましょう。

 もっとも、この決戦の中でいつも以上に八面六臂の活躍を見せるケンの姿には、いささかやりすぎの印象がなくもないのですが、これはここまできっちりと描かれた歴史の重みに負けぬため……と思うべきでしょう。


 さて、大戦を終え、一時の平穏を手にしたかに見えたケンですが、ラストに待ち受けるのは、信長の意外な言葉。果たして次の巻からはタイトルが変わってしまうのか!? というのはもちろん冗談ですが、これまでとはまた全く異なる切り口の物語が楽しめそうな予感があります。


『信長のシェフ』第15巻(梶川卓郎 芳文社コミックス) Amazon
信長のシェフ15 (芳文社コミックス)


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2016.04.24

『仮面の忍者赤影』 第18話「鳥獣むささび」

 甲賀を脱出し、伊吹山に囚われたジュリアン救出に向かう赤影たち。無事ジュリアンを救い出した赤影だが、そこ出現したむささび道軒に連れ去られてしまう。ジュリアンを利用し、マリアの鐘を持つ娘の行く先を聞き出した道軒に挑む赤影だが、巨大むささびに変化した道軒に苦戦を強いられるのだった。

 前回、五人がかりでもまんまと白影を甲賀から救出されてしまったうつぼ忍群。赤影たちが様子を窺っているとも知らず作戦会議を始めますが(ところで流伯が落ち武者の水死体のような素顔を見せたのは今回が初めてでは……)、さすがに赤影たちが期待していたように幻妖斎のところに真っ直ぐ向かうことはありません。
 その場に木を井桁に組んだ典馬は(白影が「飯を炊くつもりじゃよ」などとトンチキなことを言っている間に)火をつけ、そこから赤い煙が立ち上ります。と、次の瞬間巨大な黒い影が横切ったかと思いきや、五人は姿を消していたのでありました。

 やむなく、幻妖斎たちがいるであろう伊吹山を目指す赤影たち。そこでは、秘密基地で幻妖斎がマリアの鐘の在処を知るべく、ジュリアンを拷問していたのでありました(その割りには意外に元気そうなジュリアン)。
 三方に別れてジュリアンを探すことにした赤影たちですが、薬草取りの子供に化けた青影は、自分の前に下忍(あの派手な格好で歩き回っているのには驚きますが、青影を追い払うだけなのは意外と善人なのかも)が出てきたことから基地の在処を知り、さらに下忍を捕らえてみせます。

 主題歌二番とともに宙に舞う青いシャボン玉を合図に集合した赤影と白影。赤影は下忍に変装して基地に潜入。ジュリアンを助け出しますが、そこに魔老女・典馬・流伯・左近が出現(白蝋鬼は外で小人変化した後行方不明……どこに行った?)、さすがに狭い空間では左近の針飛ばし以外は忍法は使えませんが、魔老女がレッドナイフの如く巨大化させた刃で典馬たちも襲いかかります。

 しかしそこはさすが赤影、手投げ弾を爆破させた隙にその場から脱出しますが、ジュリアンがマリアの鐘の在処を語ろうとした時、そこに怪しげな老人が現れます。その場に卍マークが現れるという謎演出のおかげで正体を見破られた怪老人の正体はむささび道軒、一瞬の間にジュリアンを攫って姿を消します。

 と、ジュリアンが意識を取り戻したのは山中の小屋の前。そこで暮らすおかねさんことは、ジュリアンの兄をかつて救った女性。そしてマリアの鐘は、いま彦根に行っている彼女の娘のお糸が持っている……と彼女が語った時、突如小屋をガッキと掴んで宙に舞い上がる何者かの影。そのまま二人もろとも小屋を空から落としたそれは、道軒が変化した巨大むささびでありました。

 二人の死体を探して、自分の手下であるむささびを何匹も放つ道軒。が、そのむささびがすぐに全て撃ち落とされます。撃ち落としたのはもちろん赤影、先ほど空から落とされた二人も、しっかり救出していた(と口で説明)のであります。
 しかしそこで再び変化した道軒が上空から襲来! 羽の下に取り付けられたミサイル(!)を投下して赤影を追いつめます。大物相手にも定評のある赤影ですが、大むささびの機動力は相当のもの。久々の手甲銃を繰り出しますが、大むささびの爆撃の中に消えて……

 もちろん赤影は無事でしたが、しかしマリアの鐘の行方は卍党に知られてしまいました。急いで彦根に向かう赤影一行ですが、彼らの背後には卍党第七の影が――足下だけ映るその姿が、白と黒のストライプというだけでもうナニなのですが。


 前々回からその姿がちらりと現れてたむささび道軒。今回登場したその姿は、緑色のウェットスーツに、お団子っぽくも見える短いおさげ髪という何とも曰く言い難いものですが、久々の怪忍獣登場は盛り上がります。おかねさんの居場所がわかっていたのであればさっさと聞き出せばよかったのにとか言わない。


今回の怪忍者
むささび道軒

 うつぼ忍群第六の忍者。忍法むささび変化で大むささびとなって宙を舞う。普通サイズのむささびをも自在に操る。赤影に救出されたジュリアンを攫い、マリアの鐘の在処を聞き出した。


今回の怪忍獣
大むささび

 むささび道軒がむささび変化で変身した巨大むささび。宙を自在に舞って仲間や敵を運び、翼の下に取り付けられたミサイルで急降下爆撃を仕掛ける。


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2016.04.23

白石一郎『海狼伝』 異端者の中の異端者の青春記

 第97回直木賞受賞作にして、歴史時代小説の中でもサブジャンルとして存在する海洋時代小説の中でもマスターピースというべき物語、戦国時代末期の海賊たちの世界を舞台に、一人の少年の成長を瑞々しく描く快作であります。

 時は織田信長が台頭し、戦国時代も終わりに近づいた頃、対馬で海女たちの手伝いをして暮らす少年・笛太郎が、かつてこの地を離れて海で猛威を振るい、やがて朝鮮王朝に下った海賊・宣略将軍とその一党が帰ってきたことを知ることから物語は始まります。

 女手一つで自分を育ててくれた母から、実は将軍が自分の血縁であることを聞かされた笛太郎は、その一党の下働きに加わるのですが、しかし平然と他者の命を奪う海賊稼業と、謎めいた態度をみせる将軍に戸惑うばかり。
 薩摩船を襲った際に一党に捕らえられた明国人奴隷で武術の達人・雷三郎と友情を結び、やがて武者となった笛太郎ですが、その初陣で襲った村上水軍に一党は敗れ、雷三郎ともども、囚われの身となるのでした。

 あわや殺されるところを、行方不明の父がかつて村上水軍の将であったことが判明した笛太郎は、雷三郎と二人で、村上水軍の一党でも変わり者の能島小金吾に預けられることになります。
 武芸や操船はからっきしなものの、ずば抜けた商才を持つ小金吾と笛太郎、雷三郎は、信長と西国大名の緊張が高まる中、各地を奔走。ついに念願の自分たちの船を手に入れるのですが……


 さて、そんな本作を改めて読んでみてまず感じたのは、登場するキャラクター造形の巧みさであります。
 たとえば主人公の笛太郎。確かに生まれに様々な因縁があり、それが彼の運命を大きく変えてはいくものの、しかし彼は決して超人でもヒーローでもありません。

 確かに操船や波・天候を読む能力には長けているものの、武術の腕は並み以下で、「海賊」という言葉からイメージされる勇壮さ(あるいは血なまぐささ)とは、縁遠いところにいる人物であり、どこか好ましい青さを感じさせるのです。
 しかしそれが逆に、彼をこの物語の中では一種異端とも言えるニュートラルさを持つ――その象徴が、海賊の海賊たる所以である略奪や殺人といった行為に違和感を持つ点でしょう――存在として浮かび上がらせると同時に、我々現代の読者にとっても親しみの持てる人物として感情移入させるのであります。
 そしてその異端ぶりは、彼の仲間とも同志ともいうべき雷三郎と小金吾にも共通するところであります。
 武術に優れ、剽悍な側面を持つ雷三郎は、しかし外つ国から連れてこられた異邦人であり、本質的に海賊という集団とはどこか馴染めぬ(その一方で笛太郎という「個」とは交誼を結ぶ)青年。そして小金吾は、村上海賊の一族に生まれながらも、武張ったところがほとんどなく、商人としての才に長けた人物であります(ある意味、本作で一番の異端者かもしれません)。

 もとより海賊とは、「陸」の人間に比べれば異端者であります。しかし本作は、その異端者の中でもさらに異端者であり、結果としてむしろ我々に近いところに立つことになる笛太郎たちの目を通すことで、この特異な世界と、彼らが活躍した時代を俯瞰的に描き出すことに成功しているとすら感じます。
 キャラクター描写の巧みさが、物語と、時代と有機的に結びつき、相乗効果を上げているのには、唸らされるばかりなのです。


 しかし、本作の中心にあるのは、あくまでも笛太郎という少年と青年の間に立つ者の成長記であることは言うまでもありません。
 上で触れたように、海賊に加わりながらも、海賊という存在に違和感を持つ笛太郎。しかしそれであるならば、彼は何者なのか、何ができるのか……その問いかけは、彼にとっては初めて触れる外部、大人の男である宣略将軍の「悪業を重ねる為に生まれたものは天の命じるまま悪業をなせ」という言葉に象徴され、幾度となく物語の中で浮かび上がることとなります。

 もちろん、物語には結末があり、笛太郎の青春にも、一つの区切りがつけられることになります(それがまたえらく盛り上がる形で!)。しかしそれで彼の青春が――生が終わるわけではありません。
 むしろ将軍の言葉に応えたというべき結末を見れば、彼の本当の生はこれからだと言えるでしょう。彼のその先の生を描く続編『海王伝』については、またいずれ折を見て紹介したいと思います。

『海狼伝』(白石一郎 文春文庫) Amazon
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2016.04.22

大西実生子『僕僕先生』第2巻 胸躍る異郷の旅の思い出と憧れ

 大西実生子作画で『Nemuki+』誌で連載中の漫画版『僕僕先生』の第2巻であります。美少女仙人・僕僕と旅に出たニート青年・王弁の珍道中を描く本作は、原作第1作の展開を踏まえつつも、第2巻を迎えて、さらに漫画ならではの独自性を加えているように感じられます。

 ほとんど成り行きから僕僕先生の弟子となり、行く先も知れない旅に出ることとなった王弁。僕僕の知人である司馬承禎がいる長安では王宮で思わぬ御前試合を命じられた末に飛び出すという冒険を経た二人は、今度は北方の辺境に向かうこととなります。

 遊牧民たちが暮らす地で二人が訪ねたのは、僕僕とは旧知の商人夫婦。しかし僕僕と旧知ということは……というわけで、この夫婦も並みの人間ではないのですが、ここで王弁は思わぬ夫婦喧嘩の仲裁役を務めることになります。

 そしてその夫婦から、雲に乗って空を飛ぶなどという芸当が出来ない王弁のために僕僕が買ってくれたのは、伝説の名馬……なのですが、これが本作らしく、また一癖も二癖もあるどころではない変わり種。
 苦闘の末、何とかこの馬・吉良に乗ることができた王弁は、僕僕とともに、文字通り天地の果てを超えた先の世界へ――

 というわけで、この巻で描かれるのは、原作の中盤から後半にかけての物語。第1巻に比べると、比較的ペースはゆっくり目になったような印象がありますが、それはその分、(これまで描かれたものに加えて更に)丹念に、人物と世界の描写を行っているため、というべきでしょう。

 この漫画版の作画者の描写力については、既に第1巻の時点で十二分に理解していたつもりですが、この巻ではさらにそれがパワーアップ。僕僕の可愛らしさ、小悪魔ぶりをはじめ、登場するキャラクターとその個性が、原作読者でも納得の、いや原作読者だからこそさらに納得できるクオリティで描かれるのには感心いたします。

 キャラクターだけでなく、王弁と僕僕が訪れる様々な土地の情景描写も素晴らしい。僕僕はさておき、王弁にとっては全くの異郷である新たな土地とその住人たちの描写は、王弁の旅立ちの原動力の一つであるだけに本作では重要な意味を持つものであります。
 それが魅力的に、個性的に描かれているということは、それだけでこの漫画版の成功を意味するものではないでしょうか。

 ある意味、その集大成と言うべきが、自分を乗せようとしない吉良に手を焼く王弁が、ある形で異郷の旅の思い出を、憧れを奏でる場面でしょう。ここで描かれる記憶の奔流とも言うべき映像の美しさ、瑞々しさは、全く以て胸が躍るばかりで……この場面だけでも、この漫画版が描かれた意味があった、と言っても決して大袈裟ではないと感じます。

 そしてもう一つ印象に残るのは、原作第1作にはないものの、その後のシリーズの展開から逆算したと思しきシーンの存在でしょう。
 商人の妻が語る、かつての僕僕と、その傍らに居た者の姿は、シリーズ読者にとっては一種のファンサービスともなりますが、それ以上に、王弁の知らない僕僕の姿、彼女が背負ってきた歴史を――すなわち、物語世界の奥行きを広げるものとして、強く印象に残るところであります。


 さて、この巻の終盤で二人が訪れるのは、異郷は異郷でも、人知を超えた、まさしく神話の地とも言うべき世界。そこで待ち受けるものを、本作が如何に描くのか……全く不安はなく、期待のみが待っている、と言い切ってしまってもよいでしょう。


『僕僕先生』第2巻(大西実生子&仁木英之 朝日新聞出版Nemuki+コミックス) Amazon
僕僕先生 2 (Nemuki+コミックス)


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2016.04.21

『牙狼 紅蓮ノ月』 第21話「対決」

 道満との交渉が決裂し、雷吼を呼び出そうとする道長の使者に立った保昌が星明に殺されてしまう。怒りに燃えて星明と対峙する保輔を止めようと二人の間に割って入る雷吼。魔戒騎士二人の激突の結果、雷吼を退けた保輔の刃がついに星明を斬る。しかし星明はその場で復活、姿を消すのだった。

 まだまだ続く闇堕ち星明との対決。しかし状況は最悪の方向に転がり、図らずも二人の魔戒騎士の対決が実現することになります。

 前回、手を組もうとした芦屋道満が自分の弟であると判明し、相容れぬ存在と知った道長。夜中にもかかわらず、雷吼を呼び出そうと我が侭を言う道長に使いに出さされた保昌ですが……その前に星明が現れます。
 星明が闇堕ちしたことを知らなかったものの、しかし彼女の口調から異変を察知した保昌。それはさすがと言うべきですが、しかし刃を向けた相手が悪かった。ただの一撃で血煙に沈んだ保昌は命を落とすのでした。

 さて、雷吼が星明を斬る気を失った状況で、もう一人の魔戒騎士・保輔に魔導火の珠を与え、星明討滅を命じます。その時点ではさすがに躊躇っていた保輔ですが、兄がその星明に殺されたことを知り、男泣きに泣いた末に復讐を誓います。
 星明は再び雷吼の前に現れると考え、後をつける保輔。その見込み通り現れた星明に対し、ザンガに変身した保輔は、伏見稲荷を思わせる千本鳥居を通り抜けた先で、星明と対峙するのですが……その前に雷吼が立ちはだかります。

 星明を元に戻す法があると必死に訴えかける雷吼。しかし保輔がそれに耳を貸すはずもなく、ここにガロとザンガ、二人の魔戒騎士が激突することに……
 いやぁ、倒すべき敵が別にいながら、行き違いと主義主張の相違からヒーロー同士が激突というのは、初代ガロというか一昔前の平成ライダー的で実に懐かしい(?)。吹き飛ばされた雷吼が変身解除されるというのも「らしい」感じです。

 と、ひねくれた視聴者はさておき、雷吼を蹴散らした保輔は、魔導火の力を帯びた刃を手に星明に迫り、その一撃はついに星明を斬るのでありました。
 そして強烈な光を放ちながら消滅したかに見えた星明ですが……星明はその中から変わらぬ(闇堕ちした姿で)復活。しかしさすがに力を使い果たしたか、道満に連れられて姿を消すのでした。

 赫夜の結界により、光の奔流から守られた保輔。星明が去り、戦う理由はなくなったかにも思える彼ですが、しかし生身で雷吼と刃を交えることになります。
 激しい剣戟の末、刀を弾き飛ばされて敗れたのは保輔。彼は星明はもう追わない、その代わり雷吼が全てを背負え、もう犠牲者は出すなと告げるのでした。これもまた、一本気な彼らしいけじめの付け方というべきでしょうか。

 と、忘れた頃に頼信を使いに雷吼を呼び出した道長は、雷吼に対し道満を斬れと命じます。しかし魔戒騎士に人は斬れないと雷吼はこれを拒絶、既に道満は人とは言えぬとなおも言い募る道長に対し、道長も道満も、人を駒にする点では同じに見えると言い放つのでした。
 頼信もそんな雷吼の意思に共鳴したところに現れた晴明。彼は、星明を救う準備ができたと雷吼に告げます。そして稲荷たちも、保輔を前になにやら企む様子ですが……


 またもや史実上の人物が史実とは異なるところで死んでしまい、牙狼平安とはいえ不満の残る今回。保輔と雷吼の激突の動機付けに必要とはいえ、それなりに味のあるキャラだっただけに残念ではあります(和泉式部との関係が描かれる間もなかったですし……)。
 ちなみに、星明が斬られて爆発、復活した場面では、保昌を殺したのはニセ星明かと期待しましたが、さすがにそんなに都合の良い展開はなかったようですね。

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 『牙狼 紅蓮ノ月』 第11話「斬牙」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第13話「相克」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第14話「星明」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第15話「心月」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第16話「最低」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第17話「兇悪」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第18話「星滅」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第19話「繚乱」
 

関連サイト
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2016.04.20

越水利江子『洗い屋お姫捕物帳 まぼろし若さま花変化』 勧善懲悪豪華絢爛な正調時代活劇

 謎の死を遂げた岡っ引きの父譲りの帰雲流縄術の遣い手の少女・お姫は、祖父の洗い屋稼業を手伝う毎日。そんな中、美貌の芸人・花蝶太夫の小屋が、何者かに襲撃された。事件に巻き込まれたお姫は、マイペースな町方同心の花咲俊平とともに、謎を追う。しかし事件は、お姫の隠された記憶とも関連が……

 児童文学のジャンルにおいて、様々な時代もの・歴史ものを発表している越水利江子による、痛快時代劇であります。
 主人公は岡っ引きに憧れる女の子と、いかにも児童文学的に見えなくもありませんが、しかし大人の目で見ても実に楽しく、しっかりした作品なのは作者らしいところでありましょう。

 一年前に岡っ引きの父が消息を絶ち、幼い頃から父に仕込まれた帰雲流縄術で下手人を捕らえることを夢見るお姫。しかし少女の身で岡っ引きになることが許されるはずもなく、彼女のいらだちは、同じく父を殺されてその跡を継いだ北町の定廻り同心、「スズメ」こと花咲俊平にぶつけられるばかり。

 しかし、江戸で評判の女芸人・花蝶太夫が謎の一団に襲撃され、お姫とスズメ俊平が一味と対決したことから、事態は思わぬ方向に動き始めます。
 謎の一団がいつまた現れるかわからないことから、お姫の祖父で洗い屋(ハウスクリーニング業)の善兵衛の家に匿われた花蝶。耳が聞こえぬという彼女と生活を共にするうちに、不思議な親しみを覚えていくお姫ですが、敵の魔手は、今度はお姫に迫ることとなります。

 何故か、小さい頃の記憶がほとんど残っていないお姫。敵に荒れ屋敷に拉致されたことをきっかけに、彼女の封印された記憶が目覚めたとき、俊平、花蝶、善兵衛たち、登場人物全てを巻き込んだ大捕物の幕が上がることに――


 非常にわかりやすく伏線が張られていることもあり、お話的には比較的先が読みやすい本作。それでも最後まで飽きることなく、楽しく読むことができるのは、起伏に富んだ展開の連続と、何よりも登場するキャラクターの魅力によるところが大きいところでしょう。

 いわゆる「おきゃん」なお姫はもちろんのこと、軟弱なようでやるときはやるスズメ俊平(それでいて烈婦を地でいく母には全く頭が上がらないのが楽しい)など、定番を踏まえつつも、どこかに捻りを加え、そしてさらに親しみやすさを感じさせる造形となっているのには感心させられます。

 普通に考えれば、読者である子供たちには縁遠いどころではない江戸時代。その時代を舞台とした本作に登場する人々に、生きた人間としての血を通わせ、我々現代人と変わるところのない存在と納得させる……
 ある意味一般読者向けの作品よりもはるかに難しいそれを軽々とクリアしてみせるのは、やはり歴史時代児童文学においては有数の描き手である作者なればこその技でしょう。
(この時代もの特有の用語・概念を、さらりと説明してみせるのも、またお見事)

 登場人物揃って大暴れのクライマックスも賑やかで、勧善懲悪豪華絢爛な正調時代活劇を楽しませていただきました。


 ちなみに本作、実は『てのひら猫語り 書き下ろし時代小説集』に収録された『洗い屋おゆき』の原話ともいうべき作品であります。
 『洗い屋おゆき』の方は、短編ということもあって登場人物や道具立てはぐっと絞られていますが、おきゃんな縄術使いの少女とスズメ同心の活躍という骨格は同じで、読み比べてみるのも、また一興かと思います。


『洗い屋お姫捕物帳 まぼろし若さま花変化』(越水利江子 国土社) Amazon
洗い屋お姫捕物帳―まぼろし若さま花変化


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2016.04.19

毛利志生子『宋代鬼談 梨生が子猫を助けようとして水鬼と出会うこと』 人の悪しき心と善き心の間で

 タイトルどおり、中国は宋代を舞台に描かれる、一風変わった中国ファンタジー――というより志怪小説というべき作品です。副題にある水鬼とは、溺れて死んだ者の魂が変じた存在。副題通り、その水鬼に出会ってしまった青年官吏が、それをきっかけに奇怪な世界に半歩踏み込むこととなります。

 溺れ死んだ川に縛られて来世に行くこともできず、自分の身代わりになる者を溺れさせて、初めてその運命から解放されるという水鬼。その水鬼に出会ってしまったのが、任官して赴任する途中だった青年・梨生。
 川の中にいた子猫を救おうとして溺れてしまった梨生は、その川にいた水鬼・心怡と出会い、身代わりにされかかるのですが――心優しくお人好しの梨生は、子猫と心怡を救えるのならと喜んで命を投げ出そうといたします。

 しかし同じくらいにお人好しであった心怡は梨生を殺せず、その善行(?)が認められた彼は、いわば執行猶予期間として人間の姿に戻り、一定の期間悪事を働かなければ、水鬼の身から脱せることになったのでした。
 そして梨生は、自分の僕として仕えるという心怡が、無事にその期間をこなせるかの見届け人となったのですが、その副作用なのか、彼の目は、死者の霊が見えるようになってしまったのでした。

 彼の勤めは帳簿管理を担当する主簿ですが、しかしそれ以外にも主簿に課せられた任の一つが検死。かくて梨生は、検死先で出会う不審な死体(の傍らに立つ死者の霊)に導かれるように、怪事件に巻き込まれていくことになるのであります。


 いわば序章というべき梨生と心怡の出会いのくだりの、どこか大らかの日常と超自然の境をひょいと乗り越える感覚が、実にユーモラスで好もしい本作。梨生のお人好しぶりと、自分の持つ能力を持て余し気味の心怡のコンビは、なかなか楽しいのですが……

 しかし、梨生たちが挑むことになる事件、本作に収められた中編二編の方は、それぞれ異なる形で、非常に重い物語が描かれることとなります。

 前半の「いびつな食卓」は、赴任早々に、犬が咥えてきた頭頂部のない髑髏と、その持ち主でる少年の霊を梨生が見てしまったことから始まる物語。少年の頭以外の部分を探し、心怡に犬の跡を追わせた梨生が見たのは、人里離れた地に立ち尽くす数多くの霊たちでありました。
 実は最近続発している行方不明者たちがここに埋められたと知った梨生は、やがて土地の金持ちの一人に辿りつきますが、食通だという彼の好む食べ物は……

 そして後半の「首のない男」は、山寺で発見された、首を切り落とされた男の亡骸にまつわる奇譚。死者の霊を見る力でその男の「顔」を見た彼は、男がとある牢城に服役していた囚人であることを知ります。
 その牢城に心怡を送り込むため、土地の商人の力を借りることになった梨生ですが、商人の屋敷で再び囚人の霊を目撃。実は商人と囚人の間には、意外な因縁があったのを知ることになります。

 それぞれ内容は全く異なるものの、どちらの事件にも共通するのは、事件の背後に黒々と蟠る、人間のネガティブな心の存在。たとえ事件を解決したとしても、その存在までも完全に消し去ることは――人間の内面の問題であることと、宋代の社会体制上の限界の両面から――できないという事実が、重く心に残ります。
 そしてその人間のネガティブな心の具現化とも言うべき存在が、二つの事件の背後で梨生たちを翻弄する謎の女・董彩華。妖しげな術を用い、人の心を惑わす彼女は、決して裁けぬ闇の存在を、我々に突きつけるのであります。

 それでは、人の世に希望は、光はないのか――? その答えこそが、梨生の存在なのでありましょう。
 自分の命を、見ず知らずの他者のために喜んで放り出すことの出来る梨生は、確かに底抜けのお人好しでありますが、しかしそれは人間が確かに、その黒い部分と同時に持つ善き部分の存在を示す何よりの証なのですから。
 確かに全てを暴くことはできないかもしれない。しかし、せめて命を奪われ、自分の目の前に現れた者の真実を――たとえ結局は彼一人の胸中に収めることになったとしても――明らかにすることは、なかなか勝利を収めることができない善なる心が、せめてもの一矢を報いたと言えるのではないでしょうか。


 このせめぎ合いの中に、中間に立つ存在として心怡が絡んでくると面白いのでは――とは思うのですが(正直に言えば、心怡の転生にまつわる設定がほとんど機能していないのが惜しい)、それは続編に期待することといたしましょう。


『宋代鬼談 梨生が子猫を助けようとして水鬼と出会うこと』(毛利志生子 集英社コバルト文庫) Amazon
宋代鬼談 梨生が子猫を助けようとして水鬼と出会うこと (コバルト文庫)

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2016.04.18

加藤廣『信長の棺』 信長終焉の真実と記述者の解放と

 信長が上洛する直前、側近の太田牛一は、信長から厳重に封印された五つの木箱を託された。しかし信長は本能寺の炎に消え、以来牛一も秀吉の下に心ならずも仕えることに。時は流れ、老境を迎えた牛一は、信長の伝記執筆に着手する。それは、行方知れずの信長の遺体探しの旅の始まりでもあった……

 加藤廣の歴史小説デビュー作にして出世作、後にドラマ化されるなど、相当に話題になった作品であります。
 およそ戦国時代……いや日本史上最大の謎たる本能寺の変を扱った作品はほとんど無数にあり、そしてその謎解きもまた同様でありますが――本作の、本作ならではの工夫は、探偵役を太田牛一に設定したことでありましょう。

 太田牛一――元々は弓術に優れた武人でありつつも、文の道にも優れ、やがて信長の吏僚として行政を担当し、信長の死後は秀吉にも同様に仕えた人物。しかし彼の名を後世にまで残したのは、信長の伝記である「信長公記」の著者としてでしょう。
 信長の生涯を克明に記し、現代においても第一級の史料として知られるこの伝記の著者は、なるほど、信長の死を巡る謎を追う者として、これ以上の適任はおりますまい。

 その牛一を主人公とする本作は、本能寺の変、すなわち信長の死から秀吉の死までの期間を舞台として描かれます。
 変の直前、信長から厳重に封印された重い五つの木箱を預けられていた牛一。信長の上洛の目的と密接に関わるというその木箱は、しかし用いられることなく歴史の闇に消えた……という冒頭部からそそられますが、この先の物語はさらに波瀾万丈であります。

 時は流れ、ようやく隠居の身となったのを利用して、信長の伝記執筆に全力を注ぐことを決意した牛一。しかしその伝記に不可欠なのは、あの本能寺の変の謎解きと、何よりも、彼がいまだに崇拝する信長の遺体の在処を探し出すことでありました。
 ある意味これ以上はない動機で謎を追う牛一ですが、しかしその前に幾度となく現れるのは、いまや天下人にして、先日までの主君である秀吉の影。

 そもそも、何故秀吉が中国大返しなどという離れ業を成功させたのかという疑問に加え、信長が天下に躍り出るきっかけとなった桶狭間の戦においても、秀吉の影が見え隠れいたします(この辺りは先日紹介した『空白の本能寺』参照)。
 さらに、牛一の『信長公記』に執拗に手を加えて信長の負の部分を描かせ、そしてその一方で、信長の遺体探しに隠れた、しかし異常な執念を燃やす……ある意味、本作の影の主役と言えるかもしれません。


 さて、そんな本作は、ジャンルとしては歴史ミステリということになるかと思いますが、正直に申し上げれば、ミステリとしては少々粗い……というより、純粋なミステリとは、少々ずれた作品のように、個人的には感じます。
 もちろん、謎解きが本作の最大の眼目であることは間違いありませんし、伝奇性豊かなその真相も、実に興味深いものであります。しかしながら、謎解きの多くは偶然の出会いによるものという印象もあり、また信長の死の真相が、一人の人物の口から全て語られてしまうのも、いかがなものかと思わなくもありません。

 しかしながら、本作は歴史ミステリに加えて、もう一つの側面を持ちます。それは、記述者としての、いや一人の男たる牛一の物語であります。

 武から文へその道を変えつつ、その青春を、壮年期を信長の傍らで過ごしてきた牛一。その信長の生涯を記し、そしてその終焉の真実を見届けることは、彼自身の生を振り返り、再確認することにほかなりません。
 本作は、そんな牛一の旅路を丹念に記すのであり、「信長公記」と信長の遺体の行方と、彼自身の晩年が重なり合い――その向かう先を平然と利用し、ねじ曲げようとする者とのさらなる物語を生み出していく姿は、なかなかに読ませるものがあります。
(それだけに、彼が若い女性と結ばれる展開には、苦笑せざるを得ないのですが)

 しかし、その旅路の果てに彼を待っていた真実――この『信長の棺』という見事なタイトルに象徴されるそれは、彼の中の信長への想いに一つの決着をつけるものでありました。
 いわば本作は、信長に取り憑かれた一人の男を描きつつ、彼が信長から解放される過程を描く物語でもあり……そしてその姿があればこそ、謎解きの面白さ以上の味わいを、読後に残してくれるのであります。


『信長の棺』(加藤廣 文春文庫全2巻) 上巻 Amazon/ 下巻 Amazon
信長の棺〈上〉 (文春文庫)信長の棺〈下〉 (文春文庫)


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2016.04.17

『仮面の忍者赤影』 第17話「不死の魔老女」

 白影を救出すべく甲賀に向かう赤影と青影。敵の陣をすり抜けて甲賀館に潜入した二人の前に魔老女が現れる。あっけなく敗れ去ったかに見えた魔老女だが、奇怪な「息子たち」を操り赤影たちを追撃。ついに吊り橋の上に追いつめられた赤影は、敵の攻撃を逆用して辛うじて窮地を脱するのだった。

 前回、甲賀人別帖を求めて潜入した先で捕らえられた白影の救出編であります。
 定番というべきか、ゼウスの鐘を持つ赤影と青影を誘き出すためのエサにされた白影。幻妖斎は赤影を迎え撃つべく、典馬・流伯・白蝋鬼・左近の四人に、それぞれ甲賀の四方を固めるよう命じます(この時の四人の揃い踏みと大言壮語ぶりは、いかにも忍者ものらしくてよろしい)。

 その一方で、出撃せず館に残るは魔老女。理科室の実験セット丸出しの器具を用いて何やら怪しげな秘薬を拵えている魔老女は、「奢りの心は忍びの敵」と諭すなど、頭領である幻妖斎ともほぼ対等の口調で喋り、幻妖斎も彼女を微妙に持て余しつつも、その腕を高く買っている様子です。

 さて、甲賀に接近した赤影と青影ですが、その方角を受け持っていたのは白蝋鬼。得意の縮小化を用い、これで気付かれまいなどと思っていたら、暇だったときに木に投げた手裏剣を見つかり、あっさり捕まって地べたに叩きつけられあえなくダウンするのでした(まさに、奢りの心は忍びの敵)。
 彼の持っていた烽火を逆用し、他の忍びを引きつけた赤影たちは、悠々と甲賀館に潜入するのでした。

 が、そこで彼らを待っていたのはもちろん魔老女。手にした鎌を投げつける魔老女ですが、赤影はそれを受け止めて逆に投げ返すと……魔老女の腹にズブリ! あまりの呆気なさと厭なビジュアルに青影も呆然であります。

 しかし彼女の力はここから。「忍法生き昇天」なる術で、己の生命力を変換して与えたものか、棚の上のガラス鉢の中の小さな4つの人影「息子たち」がむくむくと大きくなり、赤影たちに襲いかかってきたではありませんか。ホムンクルスめいた彼らに通常の攻撃は通じず、赤影たちは意識のない白影を抱えて、その場を這々の体で脱出するのでした。

 一方、一杯食わされた典馬たちが館に戻ってくれば、まだ魔老女は虫の息。ついに死んだかと残念がっているのか喜んでるのか微妙なノリの彼らに対して、魔老女は赤影は逃がさんと不気味に宣言します。……が、赤影の行く先を知っていても話さない辺り、彼女の生臭さというか元気さを感じさせるのが面白いところです。

 さて、その赤影たちは、追っ手から馬を奪って逃走中。しかし、魔老女の息子たちは執拗に彼らに追いすがります。ようやく、彼女が白影にかがせた薬の匂いをつけてきていることを知り、解毒剤を飲ませて匂いを消したものの、時既に遅く、吊り橋を渡る途中で両側から息子たちの挟み撃ちにあうことに。
 白影を青影に任せた赤影に襲いかかる息子たちの火炎攻撃。しかし両側から火を噴いたもんだから、吊り橋が落ち、それに紛れて赤影は脱出に成功するのでした。


 話の本筋からすると道草回のような気もしますが、とにかく魔老女のキャラクターが面白かった今回。黴びた絵の具をなすりつけたようなその顔は非常に怖いのですが、声は結構若いというギャップも面白く、何よりも幻妖斎や仲間たちが微妙に持て余している感が出ているのが楽しいのであります。
 使う術は忍術というより完全に妖術なのですが、ビジュアルやキャラクターと相まって、むしろ違和感なしと感じます。


今回の怪忍者
魔老女

 遙か昔から生きながらえている老くノ一。妖術・薬術に精通し、深手を負っても一定期間で復活する体を持つ。忍法「生き昇天」で「息子たち」と呼ぶ人形を巨大化、自在に操って赤影たちを追わせた。

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2016.04.16

5月の時代伝奇アイテム発売スケジュール

 新年度を迎えてからこのかたヒイコラいいっぱなしですが、そうこうしているうちに桜が咲いて散り、春も真っ盛りという印象です。そしてあともう少しでお楽しみのGWですが……お楽しみといえば毎月楽しみなのは新刊の発売日。というわけで5月の時代伝奇アイテム発売スケジュールであります。

 ……といいつつ、GWで第1週が実質ないようなものなためか、新刊は少なめの5月。残念ではありますが、小説の方は復刊も含めればそれなりの点数があります。

 まず、文庫新刊で気になるのは、もしかして完結?の、あさのあつこ『燦 7 天の刃』。そして第二部も絶好調の芝村凉也『素浪人半四郎百鬼夜行 7 邂逅の紅蓮』も期待が高まります。
 また、角川春樹事務所時代小説文庫からは、上田秀人『日雇い浪人生活録 1 金の価値』と風野真知雄『閻魔裁き 1 寺社奉行脇坂閻魔見参!』の両ビッグネームの新作が刊行予定。伝奇性は薄そうですが楽しみなところではあります。

 そして復刊・文庫化では、まず、先日完結したばかりの『鬼舞』の原点とも言うべき瀬川貴次『暗夜鬼譚 春宵白梅花』が気になるところ(何故かと言えば……)。
 その他、上田秀人『織江緋之介見参 6 震撼の太刀』〈新装版〉、恒川光太郎『金色機械』、堀川アサコ『大奥の座敷童子』、平谷美樹『採薬使佐平次 吉祥の誘惑(仮)』と注目作の文庫化が続きます。

 また、中里介山の名著『日本武術神妙記(仮)』が復刊されるのもありがたいお話です。

 一方、漫画の方はかなり点数的には寂しいところながら、唐々煙『煉獄に笑う』第5巻、山口貴由『衛府の七忍』第2巻、ひかわきょうこ『お伽もよう綾にしき ふたたび』第6巻と、個人的には楽しみにしていた作品の最新巻が並びます。
(しかし、山口貴由とひかわきょうこを並べて語るブログも少ないと思う……)

 また、『お江戸ねこぱんち』第14号も久々に登場。
 復刊では山田章博の異色作『おぼろ探偵帖』に注目です。



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2016.04.15

山村竜也『真田幸村と十勇士』 信繁という史実から十勇士という物語へ

 大河ドラマ合わせで真田ものがかなりの点数刊行されている昨今。それはフィクションに限らず、むしろ歴史本において顕著な印象があり、本書もその一つではあります。しかし本書が他と大きく異なるのは、史実の真田信繁だけでなく、虚構の幸村が率いた十勇士も同じように取り扱う点であります。

 真田幸村といえば十勇士というのは、これはもう当たり前の組み合わせではありますが、しかしそもそもその十名の名を挙げることができる方はそれほど多くはないように思いますし、ましてや、その一人一人の来歴・キャラクターを説明できる方は、さらに少ない……というより、ほとんどいないのではありますまいか。

 もちろん彼らは虚構の存在ではありますが――ということも知られていない気がしますが――しかしその虚構にも歴史があり、そして依って立つ現実(モデル)があります。本書は、その前半では真田幸村(信繁)の史実を描き、そして後半において、十勇士一人一人の歴史とモデルを綿密に語るのです。

 そんな本書の著者は山村竜也……と言えば、わかる方にはわかるでしょう。『新選組!』『龍馬伝』『八重の桜』など大河ドラマや、『清洲会議』といった作品を担当した、時代考証家であります。
 しかしこのブログ的に言えば、『天保異聞妖奇士』の時代考証であり、『新選組刃義抄アサギ』の原作者。言うなれば、洒落(フィクション)のわかる専門家なのです。

 そんな著者による本書の前半部分は、真田信繁の生涯を、様々な史料を用いてテンポよく、かつ丁寧に描き出します。この辺りは、歴史ものの新書では定番中の定番ではあります。
 しかし非常に読みやすいというアドバンテージがある上に、例えば信繁の生年のように、複数の史料を付き合わせることで、諸説あるものに説得力ある解を導き出してみせているのは、これはさすがと言うほかありますまい。

 そしてこのブログ的には一番の見所である十勇士解説の部分ですが――これが、彼らが登場する全ての立川文庫を引いて、丹念にその描写から彼ら一人一人の姿を洗い出してくれるのですからたまりません。

 立川文庫といえ明治時代に誕生し、大正時代にかけて爆発的な人気を博した講談速記本。実に真田十勇士の初出はここでありますが、しかし彼らとて最初から十勇士であったわけではなく、そしてその人物像も、それどころか名前も異なるキャラクターとして登場していたものでありました。
 それがいつ、どのようにして、十勇士となったのか。そして彼らは何者で、どのような役割を果たしたのか……本書で題材となるのは、あくまでも立川文庫(と先行する軍記物語)ですが、しかしそのオリジンを巡る物語とその内容には、大いに興奮させられます。

 もちろん立川文庫はあくまでもフィクションであります。そのフィクションの中の彼らを、史実の信繁と並べることに、あるいは抵抗を感じる方もいらっしゃるかもしれません。
 しかし、幸村と十勇士の活躍する物語は、読者の共同認識を積み重ねることによって、もう一つの「歴史」となった存在であり、その内容もさることながら、成立過程を精査することには、大きな意味があるでしょう。

 そう、一つ一つ原書に当たり、関連する箇所を拾い上げ、吟味を重ねる手法は、考証のそれと大きく異なるものではないのですから……


 「真田日本一の兵、古よりの物語にもこれなき由」と謳われた信繁。そしてその武勲の先には、十勇士という新たな物語が生まれました。
 本書は、史実の信繁の事績と、虚構の幸村を支えた十勇士の物語とを、同時に描くことで、我々が彼らの何に惹かれるのか、その理由を教えてくれるのであります。


『真田幸村と十勇士』(山村竜也 幻冬舎新書) Amazon
真田幸村と十勇士 猿飛佐助/霧隠才蔵/三好清海入道/三好為三入道/由利鎌之助/穴山小助/海野六郎/望月六郎/筧十蔵/根津甚八 (幻冬舎新書)

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2016.04.14

『幻想神空海 沙門空海唐の国にて鬼と宴す』 原作を昇華したもう一つの「沙門空海」

 歌舞伎座の四月大歌舞伎で『幻想神空海 沙門空海唐の国にて鬼と宴す』を観劇してきました。副題からわかるように、夢枕獏の同名小説を原作とした新作歌舞伎であります(『幻想神空海』の方は、夢枕獏の空海論の題名)。安倍晴明に続き、空海を演じるは市川染五郎であります。

 時は9世紀初頭、遣唐使として唐に渡った空海と橘逸勢。ふとしたことから、官吏の妻が猫の妖物に憑かれたことを知った空海は、唐における密教の拠点である青竜寺に自分の名を売り込むため、この妖物との対決を決意します。
 しかし想像以上の力を持つ妖物に翻弄された空海は、事件に50年前に死んだ楊貴妃の存在が絡んでいることを察し、逸勢そして白居易とともに大胆にも楊貴妃の墓を暴くことを決意。しかしそれによって楊貴妃にまつわる大秘事に彼らを巻き込んでいくことに……

 そんな本作の物語は、原作である『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』のほとんど異なることはありません。当たり前と言えば当たり前かもしれませんが、しかし原作は単行本で全4巻という大長編。
 この歌舞伎版は、一幕もので2時間20分という、相当に長い部類に入りますが、しかしこの長大な物語を描き切ることができるのか……というこちらの心配は、杞憂に終わりました。この歌舞伎版は、限られた時間の中で、原作の物語をほぼ消化、いや昇華してみせたのであります。

 もちろん、原作と付き合わせてみれば、オミットされた部分は様々にあることは間違いありません。しかし、原作の物語の印象的な部分、骨格となる部分はきっちりと拾い上げ、舞台として換骨奪胎することで、本作は、見事にもう一つの『沙門空海……』として成立していると感じます。
(観劇後、ざっと原作に目を通し直すまで、オミットされた部分に気付かなかったほどです)

 特に感心させられたのは、夢枕獏作品の名物とも言える長い過去編の処理です。原作においては、阿倍仲麻呂らの手紙という形で語られる、50年前の長い物語。本作では、そのくだりを義太夫節に乗せた女形二人の踊りで見せてしまうのであります。
 実は本作、歌舞伎と言いつつも、そこまではほとんど歌舞伎らしい部分は見せぬ、ある意味普通の舞台劇的演出がほとんどなのですが、ここでパッといかにも歌舞伎らしい見せ方で、長い物語をダイジェストしてみせるのはお見事と言うべきでしょう(阿倍仲麻呂という日本人の手紙、という形式とも平仄が合います)。

 ちなみにもう一つ歌舞伎というスタイルをうまく使ってみせたのが、猫の妖物に憑かれた女の描写。
 この女のビジュアルは、頭に猫を乗せているという、かつてないほどダイナミックな直球ぶりなのですが、女からその頭上の猫の妖物に体の主導権が移り、妖物が喋り出すのを、女形の声から地の男性の声に変えることで示すのには、感心させられました。


 私が観劇したのは初日ゆえ、粗を探せばないわけではありませんが、原作の舞台化としても、新作歌舞伎としても、なかなかに楽しめる一幕であったことは間違いありません。

 ちなみに(という取り上げ方も申し訳ありませんが)、染五郎も、逸勢を演じた松也も、実に伸び伸びと演じていたのに好感が持てました。
 染五郎の、晴明とは似て非なる、超人の中の人間くささをより強調してみせた空海も良かったのですが、松也の逸勢は、異国でも(己の才を頼んで)物怖じしない元気さと、その一方での空海への頼りっぷり(「どうしたものかなあ空海」という台詞の天丼ぶりが楽しい)が、なかなかうまく表れていたと感じます。
(ちなみに本作、時事ネタ的なものはほとんどないのですが、松也渾身の「最近はどこで何が漏れるか分からない」には大いに笑わせていただきました)


 先に述べたとおり、実際に観るまでは不安もあったこの歌舞伎版ですが、いやいや、こういうやり方もあるのか、と大いに感心させられた、原作ファンにとって非常に楽しい作品であったと思います。



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2016.04.13

琥狗ハヤテ『メテオラ 参』 いま明かされる「魔星(メテオラ)」の真実!

 獣に変化するという呪われた力と運命を背負った者たち「魔星(メテオラ)」。そのメテオラたる豹子頭林冲、花和尚魯智深らの苦闘を描く変格水滸伝もついに三巻目。過酷な運命に翻弄される林冲たちの前に、新たなメテオラたちが現れ、そしてついにメテオラたちの存在の意味が語られることになります。

 赤子の頃に王進将軍に拾われ、厳しくも温かく育てられた青年・林冲。しかしメテオラたちを狙う謎の男・高キュウと、その配下・高廉によって王進と彼に仕える者たちは滅ぼされ、王進によって事前に旅に出された林冲にも、文字通りの魔の手が迫ります。
 魯智深の助けで辛くも逃れた林冲ですが、その前に新たな異形が……

 という場面から始まるこの巻ですが、登場した異形の鳥人の正体は、王進が林冲を送り出した先である滄州の大富豪・柴進その人。(変身を解いたらいきなりマッパの)この人物もまたメテオラであり、そしてその宿命を知る者の一人だったのであります。

 原典序盤で林冲の庇護者として登場する小旋風柴進。高貴な生まれであり、その地位と財産によって数多くの好漢を庇護する大人物――という設定は原典通りですが、本作の柴進は、鳥人という設定を抜きにしてもなかなかに個性的な人物であります。
 一言で表せば食えない人物、飄々としながらも感情の奥底を見せない男……それが本作の柴進。そんな彼に、林冲と魯智深は庇護されるのでした。

 そしてこの第3巻の物語は、ほぼ柴進の館で展開していくことになります。いかに怪しげな男とはいえ、メテオラの同志としての彼の厚意は真からでたもの。彼と、彼の配下のもふもふちびっ子・阮三兄弟に温かくもてなされる林冲たちですが……

 しかし魯智深を通じてもたらされた都の状況は、林冲にとってはあまりにも衝撃的なもの。失意のどん底に沈んだ林冲に対し、魯智深は己の凄惨な過去を語り始めます。
 そして柴進のもとにいたもう一人のメテオラ、公孫勝(本作では少女!)により、林冲と魯智深は、メテオラの使命と本当の敵の存在を知るのでありました。


 実にこの巻の肝は、この公孫勝により二人が知ることとなるメテオラの真実にあります。公孫勝の術により、記憶の奥底に潜り込んだ二人が見たもの……それはここでは伏せます。
 しかしなるほど、メテオラという異形の姿を持つ者たちのオリジンとして納得のいくものであり、そしてこれまで断片的に描かれてきた「敵」の行動も理解できるように感じます。

 そして何よりも感心させられるのは、ここで語られたメテオラの正体が、原典で登場した百八の魔星の説明として、平仄が合うものとして感じられることでしょう。

 かつて世に災いをなし、地中深く封じられたという魔星たち。一度解放された彼らは、人間に転生して世の災いとなる……という設定は、一見意味が通るようでいて、そんな魔星の転生であるはずの彼らが、天に替わって道を行う(相当に乱暴ではあるものの)正義の味方として活躍する時点で、既に矛盾が生じているやに感じられます。
 そもそも、百八星の存在自体、冒頭と百八人集結の辺りを除けばごくわずかしか語られないわけで、成立事情は色々あるとはいえ、物語内だけでみれば、色々と不思議な点のある設定ではありましょう。

 それに対し、本作で描かれるメテオラの設定は、かなりの部分は――もちろん本作独自の設定ではあるのですが――納得のいく形で答えていた感があります。
 特に、何故同じ時に解放されたはずの魔星の化身たる彼らに年齢差があるかの説明など、その平仄の合い方と内容の過酷さに、ゾクゾクさせられたところです。


 さて、まさしく自分たちが「兄弟」であることを知った林冲と魯智深が旅立つ先は、自分たちメテオラが集うべき地。未だ見ぬその地がどこであるか、それはあの水の滸の地以外ありえませんが、さてそれがどのように描かれるか……この先も必見であります。


『メテオラ 参』(琥狗ハヤテ KADOKAWA/エンターブレインB's-LOG COMICS) Amazon
メテオラ 参 (B's-LOG COMICS)


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2016.04.12

西条真二『みなごろしのストラット 真田幸村異聞録』第1巻 死人たち、幕末史に介入するも……

 昨日も幕府と薩長、そして生ける死人の三者の戦いを描いた作品をご紹介しましたが、本作もそれと重なる構図を持つ作品であります。しかし本作の死人は、死人は死人でも己の意志を持つ存在、しかも豊臣方の武将たちという変わり種。そしてその中心に立つのは、あの真田幸村なのです。

 将軍家茂の頃、家茂の妹であり、徳川家とロマノフ家(!)の血を引く美少女・徳川タリナ。本作は、彼女が率いる銃火器で武装した女性ばかりの治安維持部隊・公武騎兵団が、大坂城は山里丸の芦田曲輪の籾蔵を訪れたことから始まります。

 当時の大坂で跳梁する奇怪な魔物・死人憑き。その魔物たちを退けつつ、大坂城石垣の中に隠された通路を行くタリナたちの目的地は、大坂城の地下に存在する逆しまの城・逆天城でありました。
 そしてそこに集うのは、関ヶ原で、大坂の陣で……すなわち、二百年以上も前に命を落とした武将たちを中心とする死人憑きの群れ。彼らは何者かによって死の眠りから目覚めさせられ、以来、この逆天城で主を守り続けていたのです。

 そんな中に命がけでやってきたタリナの目的はただ一つ、死人憑きたちを徳川の味方につけること。そしてその見返りに、彼女は死人憑きの主に嫁ぐことを誓います。主……豊臣秀頼に! 
 しかし秀頼はかねてより眠り続けて目覚めることなく、そして徳川家と言えば、自分たちを滅ぼした怨敵。幸村ら、タリナの言葉を信じた者たちと、福島正則ら、徳川の味方につくのを良しとしない者と――死人憑き同士の戦いが、幕府と薩長の戦いと重なるように、始まることとなります。


 と、ゾンビものというよりは有名人転生ものの趣がある本作ですが、いずれにせよとんでもない設定であることは間違いありません。
 正直なところ、戦国の有名武将が江戸時代に蘇って……という趣向の作品は、そこまで珍しいわけでもなく、また、手綱さばきを間違えると、単なるオールスター戦になってしまうのですが、本作はその中心に、逆しまの城で眠り続ける秀頼という存在を置くことで、うまく差別化を図っていると感じます。

 そしてまた、登場する武将たちが、超有名人だけではないのもまた楽しい。何しろ、タリナたちの前に最初に現れる名前憑きが、大野道犬なのですから(ちなみに、火炙りに処されても、黒こげの状態から立ち上がって一人道連れにしたという巷説がある道犬がここで登場するのは、やはり意識してのものでありましょう)。

 そして何よりも本作の作者は西条真二。ニコニコしながらとんでもないことをやらかすキャラクターを描かせたら右に出る者がいない漫画家であります。
 そんな作者だけに、本作の見かけは飄々とした少年である幸村(復活の際に若返っていたという設定)も、美少女揃いの公武騎兵団も、にこやかな顔をして相手を平然とブチ殺すようなキャラクターが勢ぞろい。そのキレっぷりは、むしろ爽快ですらあります。


 しかし……正直なことを申し上げれば、本作には、素直にノれない部分も少なくありません。

 その一つが、大坂城に集う死人憑きの顔ぶれ。大坂の陣で大坂方につき、そこで討ち死にした者たちはいて当然として(その意味では片桐且元がいるのはどうなの、と)、関ヶ原で東軍に属した面子もいるのはどうなのかなあ、と感じます。
 その辺りは豊臣恩顧の武将ということかもしれませんが、中に今井宗薫が混じっているのは不思議でありますし(そもそも武人ですらない)、豊臣家と接点がないはずのザビエルがいるに至っては……であります。

 しかし個人的にそれよりも残念なのは、彼ら死人憑きをはじめするキャラデザインが、あまりに「らしさ」が感じられないこと。
 アレンジは大歓迎ですが、しかし必然性のない、そして全く時代ものらしくないデザインは、厳しいことを申し上げれば興ざめであります。

 物語がぶっ飛んでいるからこそ、その他の部分は時代ものであって欲しい……現実があればこそ、奇想が際立つのですから。
 設定は面白いだけに、この点は本当に残念だと言わざるを得ません。


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2016.04.11

たみ『クロボーズ』 第二撃「異郷の友は色々不詳」

 たみ&富沢義彦によるwebコミック『クロボーズ』の第二話であります。突如戦国時代にタイムスリップした現代の黒人ボクサー、ヤーボ・モートンが、信長のもとで意外な運命を背負うことになるという本作、この回では、ヤーボに並ぶ重要キャラであろう、ある歴史上の人物が意外な形で登場いたします。

 念願だったヘビー級のチャンピオンベルトを手にした次の瞬間、いかなる力の作用によるものか、時間も空間も遠く離れた戦国時代の日本、しかも合戦の真っ只中にタイムスリップしたヤーボ。
 訳も分からぬまま、襲いかかる雑兵を蹴散らしたヤーボは、宣教師ヴァリニャーノと出会い、彼に導かれるままに信長の前に引き出されるのですが……

 という第一話に引き続いての今回は、初めて黒人を見て興味を抱く信長とヤーボのやり取りが展開。ヤーボの肌を、墨を塗っているのではないか、洗ってみせよというのは、現代から見れば酷い話ではありますが、実はこれは史実。
 そこでヤーボは風呂に入れられることになるのですが、ここで意外なキャラクターの意外な設定が明らかになることになります。

 ヤーボの体を洗い、検分することを買って出た人物、それは羽柴秀吉。そして本作の秀吉は、実は……女!
 第一話の扉絵で、ヤーボの傍らに肌も露わな女性が描かれており、これがヒロインなのかな、と思っていたところ、まさかそれが秀吉だったとは。

 いやはや、女体化戦国武将というのは既に珍しくはありませんが、秀吉というのは相当に珍しい、というより私は初めて見ました。
 秀吉に女体化の例がほとんどないというのは、やはり史実での女好きのイメージが大きく影響しているものと思います。それを本作がどのように折り合いをつけているかというのはここでは伏せておきますが、ある意味実に潔い形でありながら、その手があったか! と感心させられた、とだけは申し上げておきます。

 さて、ある意味信長の物好きさに助けられ、
弥助と名付けられて秀吉に預けられたヤーボ。京の都を行く二人の前に現れたのは、前田利家でありました。
 その利家の目的は、ヤーボの腕試し――言うまでもなく利家といえば槍の名人、ここにボクシングvs槍術という異次元の対決が描かれることとなるのは、本作ならではの面白さと言えるでしょう。

 そして言葉がわからぬながら、利家の意図を察し、ストリートファイトはウェルカムと受けて立つヤーボが実にいい。
 冷静に考えれば、武器を持った相手との戦いを平然と受けて立つというのは無茶にも思えますが、この台詞を含めて、ヤーボのこれまでの生き方を想像させる演出と感じます。


 さて、この時点ではまだヤーボは日本の言葉がわからず、当然信長や秀吉も英語がわからずという状況。
 互いの意思疎通の難航ぶりが、読んでいてももどかしい状況ではありますが、それがオチに生きてくるという構成は面白く、何となく、本作がこの先向かう方向が見えてくるようにも感じたところです。


『クロボーズ』(たみ&富沢義彦 コミックアース・スター連載) 公開サイト


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2016.04.10

『牙狼 紅蓮ノ月』 第20話「依代」

 変貌した星明と雷吼の戦いの最中に現れた赫夜。ルドラ封印の力を持つ彼女が力を発揮するためには、ルドラが完全に復活しなければならない。しかし、番犬所からは雷吼に対し、ルドラの依代となった星明討滅の命が下る。一方、道長は道満を呼び出し、ある取り引きを持ちかける……

 ぼやぼやしているうちに、放送が終了、完結してしまった『牙狼 紅蓮ノ月』。お恥ずかしい限りですが、何ごともなかったように紹介残りを取り上げていきたいと思います。

 さて、闇堕ちしてベアトップ妖女した星明と対峙することとなった雷吼。星明の術を二人の対決に割り込んできたのは、赫夜でありました。番犬所も知らなかったその真相――晴明が語るそれは、赫夜こそがルドラ封印の要となる力を持つ魔導具であるということでした。

 しかし彼女が封印の力を発揮できるのは、ルドラが完全に復活した時のみ。言い換えればルドラが完全復活する前に赫夜の力でルドラを封印し、星明を助け出すことはできないということであります。
 道摩法師の仕掛けた闇に染まり、依代となった星明を救う術がないわけではないが、準備がかかるという晴明。それまで赫夜を守ることとなった雷吼ですが、そこに番犬所からは、冷徹にも星明討滅の指示が……

 一方、晴明に見切りをつけた道長が呼び出したのは、あろうことか芦屋道満でありました。道長は、自分と手を組もうと道満を誘うのですが……その言葉に道満が返したのは、古ぼけた扇。そして、それを目にした道長の顔色が変わります。
 扇が示すもの――それは、なんと道満が道長の弟であったという事実。どうやら双子であったものか、赤子の頃に二人は引き離され、道満は小舟で川に流されたのでありました。

 この辺り、以前の回から道満の意味ありげな態度からある程度は予想していましたが、なるほど「道」満という名前も、史実の上での道長の兄たちにも「道」の字がついていたことを考えれば面白い。(もっとも、四男だったことを考えれば、そこまで双子に神経を尖らせるのかなあとは思いますが)
 それはさておき、この対面で、ともに大きな目的のために手段は選ばぬ男同士でありながら、自らの手は汚さず白くありつづけようという道長(ここで自分は炎羅にはならんと断言する道長のキャラが実に面白い)は、あくまでも自分とは別の人種だと見切った道満は、道長の前から消えるのでした。

 そんな状況とは知らず、黒く染まった星明の式神に誘き出された雷吼の前に現れたのは星明。彼女の容赦ない攻撃の前に、雷吼はついに覚悟を固めます。星明を討つ――多くの命を救うために、一人の命を奪うという覚悟を。
 皮肉にも、以前の自分と同じ覚悟を固めた雷吼の力に追いつめられる星明。しかし、その刃を止めたのは、赫夜の力でありました。そして星明のほうも、己の中で真の星明の意志が目覚めたか、混乱しながら何処かへ逃れ去ります。

 そして番犬所では稲荷たちが、袴垂に星明討滅の指令を……


 幾つかの新事実はわかってきたものの、内容的には嵐の前の静けさといったところの今回。しかし上で述べたとおり、この世の平和を守りつつも、全ての命を守りたいと願っていた雷吼が、自分とは最終的な目的は同じながらも、より現実主義的な星明の道を選ぶ――それもその星明を相手に――という皮肉で、そして哀しい道を選ぶのが印象に残ります。

 それにしても、全部わかっていてやってるのかと思っていた番犬所ですが、意外と間が抜けていたのね……


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 『牙狼 紅蓮ノ月』 第11話「斬牙」
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 『牙狼 紅蓮ノ月』 第14話「星明」
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 『牙狼 紅蓮ノ月』 第17話「兇悪」
 『牙狼 紅蓮ノ月』 第18話「星滅」
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2016.04.09

『仮面の忍者赤影』 第16話「怪獣針紋鬼」

 ペドロの言葉に従い伊吹山のマリアの鐘を目指す赤影一行。途中襲いかかってきた猩猩左近撃退した三人は、三方に分かれる。しかし敵の陣容・能力を記した甲賀人別帖を探す白影はむささび道軒に捕らえられ、赤影も幻妖斎と魔老女の罠にはまってしまう。果たしてこの窮地から逃れる術は……

 前回、一度は救い出したものの、あえなく捕らえられたジュリアン・ペドロ。しかし彼から第二の鐘の在処を聞いていた赤影は、伊吹山に向かうのですが、途中野宿していたところに襲いかかるのは下忍たち。
 これを軽く一蹴したところに、奇怪な銀色の毛皮(?)に包まれた怪忍者が襲いかかります。これこそは猩猩左近――銀色の針や棘付きの金属球といった飛び道具に加え、自ら球状に丸まって体当たりを食らわす針紋鬼(針モンキー……?)に変身する猩猩化身の術! が、かわした赤影に爆弾を食らわされて毛皮を剥がされた姿はやっぱりウエットスーツ……

 左近は逃げ出したものの、次々襲いかかる怪忍者に、赤影は白影を甲賀に向かわせ、甲賀忍びの名と能力を記した人別帖奪取を命じます。そして青影は横山城の半兵衛に現状報告、自身は伊吹山に向かうことになります。
 さて、甲賀に入った白影は、通りかかった老人に、自分は忍びを求めてきたさる大名の使者と称して人別帖の在処を聞き出すと、老人をその場に縛り付けて(この辺りやっぱり忍者)人別帖を手にするのですが……
 その中で卍マークがついたむささび道軒、魔老女の名に考え込む白影ですが、突如罠にはまって宙吊りに。縛ったはずのあの老人こそが道軒だったのでありました(ちなみにこで人別帖の蝦蟇法師の名には赤線が……)

 一方、伊吹山に向かった赤影はそこで下忍たちに襲われていた娘・ゆきを助け、彼女の母がマリアの鐘の持ち主であったことを聞きます(ここで自分自身のことはにこやかにスルーする赤影もやっぱり忍者)。そして鐘があるという堂に案内される赤影ですが、そこに待ちかまえていた幻妖斎にゆきが捕らえられ、やむなく捕らえられるのでした。
 が、そこでゆきの顔が気色の悪い合成で変貌、その下から現れたのは、何ともいえぬ顔色の怪人・魔老女でありました。白影も捕らえたと勝ち誇る幻妖斎に、青影がこちらに向かっていると言い返す赤影ですが……

 そんなことを言うもんだから、青影の前に現れるゆき(魔老女)。しかし何故か彼女の背中に浮かんだ卍マークを見た青影は彼女をすり抜けて直接お堂へ。そして軒下からゴリゴリと縛られて床に転がされた赤影の縄を切りにかかります。
 そうとも知らず勝ち誇る幻妖斎は、赤影の言葉に乗ってゼウスの鐘を見せびらかしたところに、切れた縄を使って赤影が鐘を奪取! しかし堂を脱出しようとしたところで幻妖斎が念力で堂を封鎖、さらに堂をグラグラと揺らします。赤影も仮面ビームで応戦しますが、そんな中で容赦なく青影が床下にしかけていた爆弾が大爆発――しかしもちろん赤影は鐘を手に脱出するのでした。

 しかし白影の安否は不明のまま……赤影たちが甲賀の里に向かうところで以下次回。


 猩猩左近、むささび道軒、魔老女と一気にうつぼ忍群の怪忍者が三人も登場した今回ですが、本格的に能力を見せたのはタイトルロールの左近のみ。後の二人は顔見せ程度でしたが、甲賀人別帖を通じて存在を予告するという演出はなかなか面白かったと思います。


今回の怪忍者
猩猩左近

 忍法猩猩化身で全身を金属の針で覆われた怪獣・針紋鬼に変身する忍者。体の針や爆発する棘付き鉄球を放つ他、自分の体を丸めて強烈な体当たりを仕掛ける。伊吹山に向かう赤影たちを姿を隠して尾行、襲撃するが、赤影の爆弾により変身が解け、撤退する。


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2016.04.08

會川昇『神化一九年の塔地火』 戦争でも、悪法でも縛れないもの

 今月から待望の第二期がスタートする『超人幻想 コンクリート・レボルティオ』の原作者によるスピンオフ小説第2弾が、「ミステリマガジン」最新号に掲載されました。神化一九年、戦争の最中に大陸で起きた超人絡みの事件に、アニメでも重要な役割を果たす人吉孫竹が挑むことになります。

 人外魔境を往く冒険家にして、日本最高の超人研究家である人吉博士。超人民俗学者の肩書きを持つ彼が、陸軍駐屯地に招かれたことから物語は始まります。
 満映――満州映画協会東京支社の男・岩永に出迎えられた人吉博士の任務は、一人の超人戦車兵の診断。人吉博士も旧知のその青年・倖田太一は、機械を自分自身の体のように自在に操る超人能力を持っていたのであります。

 大陸で新型戦車の試験に携わっていた最中、満映の国策映画撮影への協力を命じられた倖田。それは、軍に捕らえられた異国の女性超人ウォー・ガールを、彼の砲弾が粉砕する様を、陸軍参謀立ち会いの下で撮影するものとなるはずでした。
 しかし撮影中に何事かが発生し、その場に居合わせた者は参謀以下全滅、ウォー・ガールも姿を消し、残されたのは彼一人であったと……

 その場で何が起こったのか、証言できるのは倖田のみ。しかし彼の証言は信頼できるのか、人吉博士はその判定を依頼されたのであります。そして、調査に当たる中で人吉博士が気づいたある事実とは――


 短編小説ということもあってか、アニメとも、前作に当たる『超人幻想 神化三六年』ともまた少々異なるテイストを持つ本作。
 背景となるのは、この世界でも行われていた大陸での戦争であり、この世界でも存在していた満映の存在であります。
(ちなみにモデルとなる人物が満州に関わっていたアニメの登場人物の名もちらりと……)

 そしてそんな本作で描かれる謎は、一言で表せば『藪の中』を逆転させたようなものと言いましょうか。証言者はただ一人ながら、その証言が聞く度に変わり、「真実」が次々とその姿を変えていく……
 何故そのようなことになるのか、本当はそこで何が起こったのか? 本作はその秘密を中心に展開していくこととなります。

 その秘密の先に孫竹が見たものは何であったか……実にそれは、本作の舞台背景と密接に関わっているのであります。


 現実の世界の歴史とはいささか異なる、「神化」の世界を舞台として描かれる本作。しかしここで描かれるものは、超人の存在とそれに関わる物事を除けば、実はほとんど現実の世界であった事物・出来事であります。

 その最たるものが「映画法」であります。内容の検閲、製作・配給の許認可制、映画関係者への登録義務付け(あたかも超人のように!)……映画を国家が統制し、違反する者は罰せられる。そんなディストピアSFめいた法律は、我々の世界においてかつて確かに存在したのです。
 そして、満州において国策プロパガンダ映画を中心に製作した満映の存在もまた。

 本来は娯楽でありアートであり、つまりは人間の自由な精神活動の発露であったはずの映画。それが国家の名の下に縛られ、操られた時代を、本作は――アニメや『神化三六年』がそうであったように――超人というフィルターを通して描き出すのです。


 しかし、そのような時代において、どのような形であっても、己の節を曲げても、映画を愛し、映画に関わり、映画を作ろうとした人々がいたのもまた事実。
 本作で描かれた秘密は、実にそんな人々にまつわるものであり、そこに浮かび上がる美しい物語は、戦争でも、悪法でも縛れないものの存在と、その価値を描き出すものなのです。
(そしてその美しい物語の象徴に、あの坂本龍馬が使われるのも嬉しい)

 映画の――その根源にある物語の持つ力を、意味を謳い上げた本作。物語の中に現実を見出し、描いてきた作者ならではの物語であります。


 しかし、倖田のモデルを(実はヒントはあるとはいえ)本作を読んだだけで見抜いた人はいるのでありましょうか……


『神化一九年の塔地火』(會川昇 「ミステリマガジン」2016年5月号掲載) Amazon
ミステリマガジン 2016年 05 月号 [雑誌]


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2016.04.07

横山仁『幕末ゾンビ』第1巻 鳥羽伏見にゾンビ乱入! 絶望しかない状況の果てに

 時代劇にゾンビという取り合わせはもはや珍しくはなく、そして幕末最強の戦闘集団である新撰組がゾンビと戦うという趣向の作品もまた、少なくありません。しかしそんな中で、真打ちが登場したと言ってもよいかもしれません。それが『戦国ゾンビ 百鬼の乱』の作画者による、本作であります。

 物語の始まりは鳥羽伏見の戦。史実通り薩長の火力に苦戦し、そして錦の御旗に追いつめられた新撰組は、井上源三郎をはじめとする犠牲者を出すのですが、しかし、そこから史実は大崩壊することになります。
 いずこから出現した奇怪な怪物たち――生ける屍者・ゾンビの群れが乱入し、敵味方を問わず襲いかかったのであります。もちろんと言うべきか、ゾンビに噛まれた者もまたゾンビと化す状況で、先ほど力尽きたばかりの源さんまでも奇怪なゾンビに!

 が、戦国時代から二百数十年を経て、ゾンビも進化。のたのた歩くだけでなく、走る! 積み重なって壁を作る! と最新(?)スタイルを身につけて人々に襲いかかります。さらに巨体化してフライングスモウプレスを炸裂させる源さんのように、人に、いやゾンビによっては特殊能力を得た中ボス状態に変化するというおまけつきであります。

 このような絶望的状況の最中、ただ一人奮戦してきたのは、新撰組最強の男・永倉新八。原田左之助、大石鍬次郎、市村鉄之助という顔ぶれとともに辛うじて大坂城に帰還した永倉は、土方から驚くべき密命を下されます。
 勝海舟とともに、この時あるを予想していた土方は、将軍慶喜――実は本物は既に病死し、身代わりを妹の静姫が勤めている――を奉じ、北の大地に逃れるよう命じたのでした。

 どう見てもオネエの大女・お芳(新門辰五郎の娘で慶喜の妾のお芳さんですか……)と謎の老人を加え、土方が一人時間を稼ぐ間に大坂城を脱出した一行。しかしゾンビの群れは行く先々の人々を仲間に変え、無数に増殖していきます。その中には、永倉と並ぶあの剣士の姿までもが。
 さらに恐るべき進化を遂げたゾンビの能力により、意外な人物がゾンビと化し……


 いやはや、ゾンビもので希望に満ちた作品というのはありませんが、それにしても本作ほど絶望しかない作品も珍しいでしょう。
 ただでさえ旧幕府軍は崩壊寸前のところに加え、特殊能力が加わった上に異常に伝染力の強いゾンビが異常増殖。頼もしいはずの味方は、ある者は消息不明となり、ある者はゾンビと化し――と、最悪の上に最悪を重ねた状況であります。(しかも仲間の中には、明らかにトラブルメーカーになりそうな鍬次郎に、成長枠であろうとはいえ、戦闘力は低そうな鉄之助が……)

 一応、ゾンビもののお約束と言うべきか、向かうべき目的地は設定されているものの、まだまだ彼の地は遠く、辿り着くまでに歴史は変わっているのではないか、とすら感じさせられます。
 唯一の救いは、(かなり強大な火力を持つであろう)薩長側もまた、ゾンビを敵に回していることですが……

 果たしてこの状況の中で、新撰組最強とはいえ、永倉に打つ手はあるのか? 正直なところ、現時点ではそれは全く想像もつきません。
 つきませんが、しかし、『戦国ゾンビ』で描かれたもの――己自身の「意思」を持ち、決して戦い抜くことを諦めない人間の強さを思えば、そして永倉がそれを持つであろうことを思えば、それこそが本作における唯一の希望となるのではないでしょうか。


 ラストでは(おそらくは)ゾンビではなしに死んだはずのあの男までが登場。大風呂敷を広げに広げた感がありますが、それもまた、伝奇ものの楽しさでありましょう。

 絶望しかない状況から始まった物語の先に待つもの……その先にあるのが更なる絶望なのか、はたまた希望なのか、見届けたいと思います。


『幕末ゾンビ』第1巻(横山仁 幻冬舎バーズコミックス) Amazon
幕末ゾンビ  (1) (バーズコミックス)


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2016.04.06

霜月かいり『BRAVE10S』第9巻 決戦! 命と想いを繋いだ末に

 長きにわたり描かれてきた本作も、第一シリーズを合わせて通算17巻目の本書でついに完結。これが最後の大決戦、暴走する伊佐那海を止めるため、真の力に覚醒した十勇士たちが持てる力の全てを振り絞っての死闘を繰り広げることとなります。

 完全に破壊と死の女神・イザナミと化し、破壊神スサノオとともに暴走する伊佐那海。伊達政宗についた彼女を阻むべく、才蔵・半蔵・佐助・六郎の四勇士と幸村・大助親子は仙台に向かいます。
 とはいえ、イザナミを封じる宿命を背負わされた勇士たちにとっても、二柱の神の力はあまりに強大。イザナミが召還する黄泉醜女にすら苦戦する才蔵たちでしたが……

 しかし、そこに駆けつけたのは、新たな力を手にした十蔵、そして謎の男によって真の、神の力に覚醒した鎌之介。さらにリタイアしていたアナが、彼女を案じて勇士を抜けていた甚八も復帰し、既に斃れた清海を除く全ての勇士がここに集結するのであります。


 というわけで、敗北・離散した仲間たちが、パワーアップして集結するという実に燃える展開となったこの最終巻。ええい、最後だからやってしまえ! とばかりに、次々と駆けつけてきては、豪快な必殺技をガンガンとブチ込んでいく様は、この数巻が重い展開だっただけに、なかなかに爽快であります。

 神には神の力というわけで、ほとんどいきなり勇士たちが神の力に目覚めていくのには驚かされましたが、これもラストということでとにかく良し。特に、とんでもない神の力を背負っていたことが発覚したアナの、甚八との合体技にはひっくり返りました。
(そしてまた、イザナミに対して神話を踏まえつつもゲスの極みな発言をぶつける半蔵も、さすがとしか)


 しかし、それほどのパワーアップを遂げた勇士たちにとっても、イザナミとスサノオは強敵に過ぎます。一人、また一人と勇士が倒れていく中、ついに幸村は、才蔵は最後の決断を迫られることになります。

 そして迎えた結末……この結末については、皆それぞれに思うことが(特に連載第1回から読んできた方には)あるのではないかと思います。
 私としても、この結末しかなかったとはいえ、やはりやり切れぬものを感じますし、もう一つ、十勇士ものファンとしては、どのような形にせよ、もう一度全員が勢ぞろいして欲しかった……そう強く思いました。

 しかし、これも一つの結末と言うべきもの。勇士たちが、仲間たちが一つところに(いわば横並びに)揃うのではなく、彼ら一人一人が、次の仲間に命を、想いを繋いでいく……それもまた、十勇士のあるべき姿なのでありましょう。
 そしてその命と想いが積み重なった末、その先に一つの選択がなされたのであれば、それを否定することはできますまい。これを以て、本作は大団円と言うべきかと思います。


 しかし、それでも生き残った者たちの生は――歴史は続きます。そして、歴史に記されなかった物語もまた。

 この『BRAVE10』正伝は完結しましたが、スピンオフとして、勇士たちのプリクウェルが、そしてあの戦いの後日譚がこれから語られるとのこと。
 もちろん、ここまで来たら最後の最後までつき合おう、そして勇士たちの想いと命が繋がった先の物語を見届けよう――今はそう思っているところであります。


『BRAVE10S』第9巻(霜月かいり KADOKAWA/メディアファクトリーMFコミックスジーンシリーズ) Amazon
BRAVE10 S (9) (MFコミックス ジーンシリーズ)


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2016.04.05

村山知義『忍びの者 序の巻』 歴史の前に儚く消えるもの

 信長が天下取りに邁進する頃、伊賀は百地三太夫と藤林長門守、対立する二人の上忍が中心となっていた。忍びを軽んずる信長を憎む三太夫は、自分の妻と密通し、殺して逃げた石川五右衛門を捕らえ、信長暗殺の命を与える。盗賊を装い、孤独に信長暗殺を狙う五右衛門の胸中には、ある恐ろしい疑念が……

 忍者小説の古典の一つ、最終的に五部作となった大作の第一部として、1960年から翌々年にかけて「アカハタ」(現「しんぶん赤旗」)に連載された作品であります。
 本作が連載されたのは、忍者小説に数多くの名作が生まれた勃興(復興?)期とも言うべき時期ですが、しかしそれらの作品と本作が一線を画するのは、徹頭徹尾、リアリティを重んじた作風でありましょう。

 本作に登場する忍びの用いる術は、人知を超えた忍法忍術ではなく、あくまでも合理的な、一種の技術とも言うべきもの。
 「万川集海」をはじめとする実在の忍術書の記載を丹念すぎるほどに拾った本作で描かれるのは、どこまでも地に足の着いた詐術やサバイバル術としての忍びの技であり、それを用いる忍びたちも、超人ではあり得ないのであります。


 そんな本作の舞台となるのは、朝倉義景が信長に滅ぼされる前年から、本能寺の変に至るまでの十年間。信長が周囲の諸勢力による包囲網を脱し、天下統一まであと一歩まで迫った、ある意味最も戦国時代らしい時期であります。

 本作の前半(序盤)は、そんな時代の伊賀を二分する一方の上忍・百地三太夫配下の下忍の青年・カシイの視点を中心に描かれることとなります。
 忍びにしては純な心を持つカシイが密かに心を寄せる少女・タモ。くノ一として朝倉義景の下に送り込まれることとなった彼女を案じながらも忍びとして活動を続けるカシイですが、しかし信長の攻撃により一乗谷は炎上することに……

 この事件により、物語からほとんどフェードアウトしたカシイに代わり、中盤以降出番を増やすのが、やはり三太夫配下の石川五右衛門。言うまでもなくあの大盗ですが、本作の五右衛門像は、三太夫の妻を寝取った上に殺害、伊賀を出奔したという、巷説に伝わるそれを踏まえつつも、奇怪な姿を描いていくこととなります。
 というのも、本作において、大盗としての五右衛門は一種のカムフラージュ。三太夫に追い詰められた五右衛門は、隠れ蓑(兼三太夫の軍資金稼ぎ)として盗賊を行う傍ら、信長暗殺を命じられていたのであります。

 信長といえば、本作でも描かれるように、天正伊賀の乱で伊賀を壊滅させた、いわば伊賀忍びの宿敵とも言うべき人物。それ以前から忍びを敵視/軽視する信長の命を縮めるべく様々な手を打っていた三太夫は、直接的な手段として、五右衛門を送り込んだのであります。
 もちろん信長の警戒は厳重、五右衛門が手をこまねいていた間にも時代は刻一刻と動き……


 と、あらすじだけ見れば、忍びを中心に、忍びが歴史を動かす様を描く作品と見えるかもしれません。
 しかし本作における忍びは、確かに歴史の随所に立ち会い、存在するものの、あくまでも傍観者――いや、むしろその歴史の流れの中に翻弄され、弊履のように捨てられていく被害者として、描き出されるのです。

 先に述べたように、特定の勢力に属するでもなく、金のみを頼りに――そしてそれもその大部分を上忍に収奪される――一種の傭兵として生きる下忍たち。彼らは、彼らが時に力を貸し、時に命を狙う戦国武将が、敗れたとしてもスポットライトを当てられるのとは対照的に、最初から最後まで、ひたすらに日陰者として生き、死んでいくのであります。

 上で述べたとおり、本作には一応は中心となるキャラクターが存在するものの、しかし描かれるのはその背後で巨大なうねりを見せる時代そのものであり、その存在の前には、あまりに個人は儚く脆い存在なのです。
 本作において、ある意味権力と陰謀の――あのあまりに有名な結末が示すように――非人間性の象徴として、下忍たちの運命を左右する三太夫と長門守。しかしそんな彼らとて、さらに巨大な力の前では、下忍たちと何ら変わる存在ではないのですから……

 「いくら呪文を唱えても、印を結んでも、ドロンドロンと消え去ることのできないことを、一番身にしみて知っている」忍びたちの姿を描く本作は、どこまでも暗くやりきれなく、そして小説としては時に冗長で退屈な部分もあるのですが――
 しかし、間違いなく本作ならではの、本作でなければ描けなかった重みを持つ作品であります。

『忍びの者 序の巻』(村山知義 岩波現代文庫) Amazon
忍びの者〈1〉序の巻 (岩波現代文庫)

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2016.04.04

伽古屋圭市『からくり探偵・百栗柿三郎 櫻の中の記憶』 本歌取りと人々の想いと

 そのとんでもないラストのどんでん返しで読者の度肝を抜いた『からくり探偵・百栗柿三郎』が帰ってきました。自称発明家にして天才的な名探偵・百栗柿三郎と、女中兼助手の千代のコンビが、新たな仲間、新たな趣向とともにお目見えであります。

 時は大正、とある事件に巻き込まれて無実の罪を着せられかけた苦境の中、偶然柿三郎と出会った千代。柿三郎の快刀乱麻を断つ推理により救われ、半ば押し掛ける形で女中となった彼女は、柿三郎の明晰な頭脳を生かすべく、本人の迷惑は省みずに探偵助手を務めることに――

 という設定で展開した前作は、数々の怪事件の末に、意外極まりない大団円を迎えることとなりました。その内容的に、続編は難しいか……とも思われましたが、大丈夫、前作の物語を踏まえつつも、全く新しい物語がここに始まることとなります。
 前作では柿三郎と千代の二人だったレギュラーも、本作では、百栗家に住むこととなった小学生・玉緒、千代が出会った迷い犬のハチを加えて、少々賑やかになりましたが……本作で描かれるのは、今回も、解決不可能としか思えぬような奇怪な謎と、それに挑む柿三郎の痛快な名探偵ぶりであります。

 多くの者に恨みを買っていた男が、ある夜、雪に閉ざされた密室の中で頭を撃たれて殺された謎に挑む『殺意に満ちた館』
 人気絶頂の閨秀作家の同居人が殺され、後に屋根裏から彼女たちの暮らしを覗き見していたという犯人の手記が残されていた『屋根裏の観測者』
 衆人環視の屋敷から男の子が誘拐され、暗号文で記された脅迫文が見つかった事件を千代が解き明かす『さる誘拐の話』
 ハチが持ち帰ってきた簪が旧友・ふみのものに酷似していたことから、千代がふみの行方を追って奔走する『櫻の中の記憶』

 これら全四話で描かれるのは、極めて奇怪かつ、極めてフェアな、本格ミステリのお手本のような世界。「アッ、そういえば確かに!」と、後から悔しくもどこか爽快な想いを抱かせる作者の作風は、今回も健在です。


 もっとも――続編ということがあってか(あるいは雑誌連載というスタイルもあってか)、前作に比べると、全編を通してのインパクトは薄れていることは否めません。

 その点は確かに残念ではありますが……しかし、本作の新たな趣向は、それを補って新たな魅力を与えていると感じます。
 その趣向とは、いわば古典ミステリの本歌取り。本作に収められた四つの短編は、いずれも著名な古典ミステリの内容を踏まえ、その作者の作品に依った題材を用いつつ、新たな物語を生み出しているのです。

 『殺意に満ちた館』は……これは本作と題材となった作品双方の内容に関わるので伏せさせていただきますが、クリスティーの名作を。『屋根裏の観測者』は、タイトルから明らかなように乱歩の『屋根裏の散歩者』を。『さる誘拐』は、暗号を残した犯人の自称からわかるようにポーの『黄金虫』を。そして『櫻の中の記憶』は、辺鄙な土地に残る魔犬伝説というドイルの『バスカヴィル家の犬』をはじめとするホームズものの諸作を……

 これらの題材は、作中で明示されるもの、されぬもの様々ですが(後者は本作の舞台となる時代にはまだ発表されていないのですから仕方ありません)、共通するのは、そうした原典を知るものをニヤリとさせつつも、さらにそこから一ひねりを加え、新たなミステリとしてきっちりと成立させていることであります。

 この辺りは、これまでの作者の作品に共通するものですが、本作は対比する作品があるだけに、より際だって感じられるのです。


 そしてもう一つ……本作の魅力は、謎解きの面白さだけにとどまりません。その謎が何故生まれたのか、何故事件が起きたのか、その奥底にある事件の背後の犯人の、あるいは被害者の想いを、本作は丹念に――それは必ずしも、全てを文章にして描き出すことではありません――拾い出すのです。

 本作においてその部分が特に強く出たのは、『屋根裏の観測者』と『櫻の中の記憶』でしょう。全ての謎が解けたその先にはじめて、事件の背後に秘められた想いが浮かび上がる前者、普段は明るく脳天気な千代の負った悲しみを小さな奇跡が優しく昇華する後者……
 これらの作品に通底するのは、どのようなミステリも、全ては血の通った人が関わるという、当たり前で、しかし重要な真実でありましょう。

 トリッキーな仕掛けや本歌取りの趣向のみならず、こうした点もしっかりと踏まえられているからこそ、本作はこれほど魅力的なのだと、改めて気づかされた次第です。


『からくり探偵・百栗柿三郎 櫻の中の記憶』(伽古屋圭市 実業之日本社文庫) Amazon
からくり探偵・百栗柿三郎 櫻の中の記憶 (実業之日本社文庫)


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2016.04.03

『仮面の忍者赤影』 第15話「小法師白蝋鬼」

 ゼウスの鐘の秘密を知る者として信長に招かれた宣教師ジュリアン。彼と合流すべく向かった赤影たちは、彼を警護していた者たちの蝋まみれの死体を発見する。襲ってきた典馬を捕らえて変装し、卍党の本拠に潜入した赤影。ジュリアンから3つの鐘の在処を聞き出そうとする卍党の首領の正体は……

 前回、大まんじのはちゃめちゃ大進撃の中で奪われたゼウスの鐘。その正体を知るということで今回登場したジュリアン・ペドロを演じるのは大泉滉――ちょっと情けないキャラで特撮ものにしばしば登場した名脇役ですが、あまりの若さにビックリであります。
 さて、どこかすっとぼけたムードを漂わせるジュリアン、馬車で行く先ににょっきりと現れた白い岩に興味を抱いて近づくのですが……それは何と巨大な手。その手に掴まれ、彼は何処かへ連れ去られるのでした。

 彼と合流すべく急いでいた赤影たちが駆けつけたものの、時既に遅く、そこに転がるのは護衛の武士たちの蝋まみれの死体――蝋を浴びせられて呼吸が出来なくなって死ぬという、なかなかに厭な死に様です。
 そこですぐに後を追おうとする赤影と白影ですが、青影はお腹が減ったと一人残り、忍者食(と称するトランク一杯のチョコやあめ玉)を貪り食う……って肝が太いな!

 と、あらかた平らげたところで、そろそろ出ておいで、とばかりに死体に声を掛ける青影。実は死体は前回登場した不知火典馬が化けたもの。その存在を知り、悠々と罠に掛けて見せたあたり、ただのマスコットでない青影の有能ぶりに痺れます。
 密かに待ち構えていた赤影白影と三人を向こうに回しファイヤー連打する典馬ですが、赤影たちの猛攻で油のタンクのチューブを斬られて文字通りガス欠、あっさり捕らえられるのでした。

 ここでまんじ党の下忍が近づいてきたことを知った赤影は、マスク姿を幸い、典馬に変装して敵の本拠に潜り込む作戦。湖の地下に隠された本拠に入り込めば、そこに囚われていたのはジュリアン。実は彼の兄は科学者。来日して研究を行っていた彼は、恐るべき超エネルギーの製法を発見、その秘密を3つの鐘に隠したというのです。
 ジュリアンを拷問してその在処を聞き出そうという首領に対し、典馬姿の赤影はその役割を買って出ると、ジュリアンに密かに正体を明かし、逃がそうとするのですが……

 その頃、捕らえた典馬を監視していた白影青影。忍者というより山賊的な面と口調で噛みつく典馬を相手にしない二人ですが、青影の肩を見れば、そこに小さな人影が……
 それこそは第三の怪忍・白蝋鬼。体のサイズを自在に変え、マスクの口から蝋を吐き出す彼の奇怪な術に二人は固められ、典馬と白蝋鬼は悠々と脱出するのでした。しかしその時、白影の袂から一枚の布が……

 さて、まんじ党の本拠では、赤影が様子を見に来た首領を捕らえるのですが……素顔を見せろとマスクを取ると、首ごとポロリ。さすがにギョッとする赤影ですが、首領はその首を拾って元に戻すと高笑い、そして今度こそ現れたその顔は……「久しぶりだな、赤影ェ!」。何と甲賀幻妖斎でありました。

 驚きつつもジュリアンを連れて脱出しようとする赤影は、逆回転するエスカレーターに苦労しながらも(この時どさくさ紛れに「マラソン」「アベベ」と口走るジュリアン)何とか地上に逃れるのですが、ここに立ち塞がるのは小さな白蝋鬼。手だけ巨大化させた白蝋鬼は二人を捕らえるのですが……
 ここで忍び凧に乗って白影・青影参上! 上空からの爆弾連打で隙を作ると、空が苦手という(この時代、得意な人はたぶんいない)ジュリアンを残して垂らされた縄で脱出する赤影ですが、白蝋鬼は水中に逃れ、変わって水中から現れたのは空を飛ぶ大まんじ。

 さすがに大まんじに打つ手なく逃げられた赤影。しかもジュリアンまで攫われてしまったのですが……しかし赤影は彼から第2の鐘、マリアの鐘が伊吹山にあることを聞かされていたのでした……


 意外にもかなり早い段階で姿を現した幻妖斎。もう少し引っ張っても良かったように思いますが、それ以上に白いウエットスーツ姿は本当に似合わないのが悲しい……
 そして今回登場の白蝋鬼、縮小・巨大化とやっていることはとんでもないのですが、典馬に比べると遙かに忍者っぽく見えるのは不思議です。


今回の怪忍者
白蝋鬼

 忍法小人変化で自在に縮小・巨大化する老忍者。体の一部のみサイズを変えることも可能。また、口から吐く蝋で相手を窒息させる。ジュリアンを誘拐し、さらに囚われの典馬を救出。赤影との対決も不利と見るやすぐに逃れた。


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2016.04.02

森野きこり『明治瓦斯燈妖夢抄 あかねや八雲』第4巻 明かされる謎、ヘルンが求めた物語

 怪談を蒐集する外国人拝み屋の自称「小泉八雲」と、霊感体質の巡査・一宮が様々な怪異に出くわす本作もいよいよ佳境。前巻で一宮がついに己のトラウマと決別した一方で、この巻では八雲の側に大きな動きが生じることとなります。そう、「小泉八雲」とは何者かという本作の最大の謎がついに……

 己の実家で、過去と対峙し、克服した一宮の前に現れた紳士。洋行していた一宮の叔父の友人である彼が名乗るその名はヘルン、そして小泉八雲――そう、彼こそが真の八雲だったのであります。
(以下、ややこしいので本作の八雲は八雲と、真の八雲はヘルンと呼びます)

 しかしそれでは本作の八雲は何者なのか? 物語が始まった時から――あるいはヘルンを恩師と慕う九十九少佐が八雲を紛い物と呼んだ時から――誰もが感じていたその疑問は、ここで八雲自身の口から、ほとんどあっさりと語られることになります。

 その正体とは……さすがにここで述べることは躊躇われますが、さすがにこれは予想できなかった! と仰天させられるのと同時に、どこか納得させられるものであった、と言うことは許されるでしょう。
 そして、これまでの彼の行動を思い返すとき、そこから受ける印象が、大きく変わってくるということも……

 これまで本作の物語が、史実でヘルンが来日する以前の時間軸であることに散々疑問を呈してきたところですが、なるほど、この設定であれば納得できる……というより、この設定であればヘルンが来日する以前でなければならない、と自分の不明を恥じた、というのは余談でありますが。


 さて、こうして明かされた八雲の行動の真の理由と、その背後に蟠るヘルンの黒い意志。そのヘルンがいま来日したのは、何者かに憑かれ、変わり果てた一宮の叔父のかつての婚約者の女性を救うため。そしてヘルンの行動により、確かに女性は救われたのですが……

 八雲を通じて「物語」を――この「現実」の中に生まれた怪異という「物語」を蒐集してきたヘルン。
 しかしそれは果たして正しい行為なのか。「現実」のあるべき姿を歪め、その持つ意味を変えるものではないのか――我々が抱くそんな疑問を、一宮は代弁し、一つの答えを出すことになります。

 八雲と時に対峙しながらも、己を変え、彼を――表面的にはごくわずかながらも――変えた一宮。彼の姿は、どこまでもヘルンを信奉し、その言葉に憑かれたかのような九十九とは対照的であり……そしておそらくこの物語の先に待っているのは、そんな一宮と九十九の対峙を通じた、八雲とヘルンの対峙ではありますまいか。

 本作も次の巻でいよいよ完結とのこと、果たして「物語」の物語を紡いできた本作がたどり着くのは何処なのか……心して待ちたいと思うのです。


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2016.04.01

野田サトル『ゴールデンカムイ』第6巻 殺人ホテルと宿場町の戦争と

 北の大地を舞台に繰り広げられる黄金争奪戦を描く本作も快調に巻を重ねて第6巻。敵味方の勢力もほぼ出揃い、ひとまずの目的地も決まった今、物語はクライマックスへ一直線――とはまだまだいかず、思わぬ最凶脱獄囚との死闘が、そしてマカロニウェスタンばりの大乱戦が描かれることになります。

 アシリパの父の友人であるキロランケの、のっぺらぼうこそが死んだはずのアシリパの父だという言葉から、新たな局面を迎えることとなった謎の囚人・のっぺらぼうが秘匿したとされるアイヌの黄金を巡る争奪戦。
 真実を確かめるため、のっぺらぼうが収監された網走監獄に向かうこととなった杉元・アシリパ・白石・キロランケの四人ですが、途中立ち寄った札幌で、とんでもない事態が待ち受けていたのです。。

 彼らが宿泊した「札幌世界ホテル」の妖艶な女将。実は彼女……いや彼こそは刺青脱獄囚の一人、しかもある目的のためにホテルを改造し、目を付けた宿泊客を惨殺している殺人鬼だったのであります。
 それだけでも大変なところに、同じ宿に土方の腹心ともいうべき精力絶倫の元柔道王・不敗の牛山が宿泊、しかも女将に大欲情。さらに女将側も牛山の体を(別の意味で)狙うことに。

 そんな火薬庫の上に腰掛けたような状態とも知らずに牛山と出会った杉元とアシリパは、互いの正体を知らずに意気投合。唯一牛山の正体を知る白石は、先に女将に捕らわれの身にと、もう人間関係が最高に入り組んだ状況でついに(文字通りの)大爆発が……

 いやはや、前の巻に続き、行った先で変態殺人鬼と出くわすという展開はどうなのかなあと思わなくもありませんが、まあそれも刺青人皮を背負う凶悪犯を追っていればこそ、と解すべきでしょうか。
 と、余計なことを考える間もなくホテルを舞台に繰り広げられるスリリングかつ抱腹絶倒ものの乱戦・混戦(なぜドリフ! いや、あのシチュエーションはそれ以外ないですが)。個性の固まりのような面子が、それぞれのキャラクター性を短い間に存分に発揮してみせる様からは、本作の人気の一端というものが見えてくるようにすら感じさせられます。


 一方、杉元一行から離れて巻の後半で描かれるのは、土方・永倉コンビが茨戸の宿場町で繰り広げる「用心棒」ばりのハードなバイオレンス。
 茨戸の支配権を巡り、日泥一家と久寿田一家が警察を巻き込んでにらみ合いを続ける中に飄然と現れた老人――いや生き残りの強者二人は、破落戸たちを容赦なく叩き潰しては己の値を釣り上げていくのですが……

 実は彼らの狙いはこの地にあるという刺青人皮。さらに同様の狙いで現れた元・第七師団の凄腕スナイパー・尾形も加わり、緊張感が高まりに高まったクライマックスでは一大銃撃戦が繰り広げられるのですからたまりません。

 これまで要所要所でその凄みを見せてきた土方ですが、今回は戦士としてだけでなく、幕末の「戦争」を生き抜いた指揮官としての凄みを遺憾なく発揮してくれるのが嬉しいところ。そこに、どちらかと言えば抑え役的なムードだった永倉もついに大噴火(と思えば、まさかの数少ないギャグパートまで)!

 これまで個対個の戦いがほとんどであった本作においては比較的珍しい集団対集団の戦いに、大いに興奮させていただきました。
 そしてこうした展開を目にすると、やはり「戦争」から帰ってきたばかりの杉元と土方が全面対決する日が、いよいよ楽しみになるではありませんか。


 様々な勢力の思惑が入り乱れる展開となってきたため、主人公コンビの出番が奪われがちなのが少々残念なところではありますが、しかしこの混沌ぶりは伝奇ものの最大の醍醐味。まだまだこの極上の味を楽しませていただけそうで何よりです。
(味といえば、グルメ展開が少な目になっていたのは……これはこれでよろしいかと思います)


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