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2016.04.19

毛利志生子『宋代鬼談 梨生が子猫を助けようとして水鬼と出会うこと』 人の悪しき心と善き心の間で

 タイトルどおり、中国は宋代を舞台に描かれる、一風変わった中国ファンタジー――というより志怪小説というべき作品です。副題にある水鬼とは、溺れて死んだ者の魂が変じた存在。副題通り、その水鬼に出会ってしまった青年官吏が、それをきっかけに奇怪な世界に半歩踏み込むこととなります。

 溺れ死んだ川に縛られて来世に行くこともできず、自分の身代わりになる者を溺れさせて、初めてその運命から解放されるという水鬼。その水鬼に出会ってしまったのが、任官して赴任する途中だった青年・梨生。
 川の中にいた子猫を救おうとして溺れてしまった梨生は、その川にいた水鬼・心怡と出会い、身代わりにされかかるのですが――心優しくお人好しの梨生は、子猫と心怡を救えるのならと喜んで命を投げ出そうといたします。

 しかし同じくらいにお人好しであった心怡は梨生を殺せず、その善行(?)が認められた彼は、いわば執行猶予期間として人間の姿に戻り、一定の期間悪事を働かなければ、水鬼の身から脱せることになったのでした。
 そして梨生は、自分の僕として仕えるという心怡が、無事にその期間をこなせるかの見届け人となったのですが、その副作用なのか、彼の目は、死者の霊が見えるようになってしまったのでした。

 彼の勤めは帳簿管理を担当する主簿ですが、しかしそれ以外にも主簿に課せられた任の一つが検死。かくて梨生は、検死先で出会う不審な死体(の傍らに立つ死者の霊)に導かれるように、怪事件に巻き込まれていくことになるのであります。


 いわば序章というべき梨生と心怡の出会いのくだりの、どこか大らかの日常と超自然の境をひょいと乗り越える感覚が、実にユーモラスで好もしい本作。梨生のお人好しぶりと、自分の持つ能力を持て余し気味の心怡のコンビは、なかなか楽しいのですが……

 しかし、梨生たちが挑むことになる事件、本作に収められた中編二編の方は、それぞれ異なる形で、非常に重い物語が描かれることとなります。

 前半の「いびつな食卓」は、赴任早々に、犬が咥えてきた頭頂部のない髑髏と、その持ち主でる少年の霊を梨生が見てしまったことから始まる物語。少年の頭以外の部分を探し、心怡に犬の跡を追わせた梨生が見たのは、人里離れた地に立ち尽くす数多くの霊たちでありました。
 実は最近続発している行方不明者たちがここに埋められたと知った梨生は、やがて土地の金持ちの一人に辿りつきますが、食通だという彼の好む食べ物は……

 そして後半の「首のない男」は、山寺で発見された、首を切り落とされた男の亡骸にまつわる奇譚。死者の霊を見る力でその男の「顔」を見た彼は、男がとある牢城に服役していた囚人であることを知ります。
 その牢城に心怡を送り込むため、土地の商人の力を借りることになった梨生ですが、商人の屋敷で再び囚人の霊を目撃。実は商人と囚人の間には、意外な因縁があったのを知ることになります。

 それぞれ内容は全く異なるものの、どちらの事件にも共通するのは、事件の背後に黒々と蟠る、人間のネガティブな心の存在。たとえ事件を解決したとしても、その存在までも完全に消し去ることは――人間の内面の問題であることと、宋代の社会体制上の限界の両面から――できないという事実が、重く心に残ります。
 そしてその人間のネガティブな心の具現化とも言うべき存在が、二つの事件の背後で梨生たちを翻弄する謎の女・董彩華。妖しげな術を用い、人の心を惑わす彼女は、決して裁けぬ闇の存在を、我々に突きつけるのであります。

 それでは、人の世に希望は、光はないのか――? その答えこそが、梨生の存在なのでありましょう。
 自分の命を、見ず知らずの他者のために喜んで放り出すことの出来る梨生は、確かに底抜けのお人好しでありますが、しかしそれは人間が確かに、その黒い部分と同時に持つ善き部分の存在を示す何よりの証なのですから。
 確かに全てを暴くことはできないかもしれない。しかし、せめて命を奪われ、自分の目の前に現れた者の真実を――たとえ結局は彼一人の胸中に収めることになったとしても――明らかにすることは、なかなか勝利を収めることができない善なる心が、せめてもの一矢を報いたと言えるのではないでしょうか。


 このせめぎ合いの中に、中間に立つ存在として心怡が絡んでくると面白いのでは――とは思うのですが(正直に言えば、心怡の転生にまつわる設定がほとんど機能していないのが惜しい)、それは続編に期待することといたしましょう。


『宋代鬼談 梨生が子猫を助けようとして水鬼と出会うこと』(毛利志生子 集英社コバルト文庫) Amazon
宋代鬼談 梨生が子猫を助けようとして水鬼と出会うこと (コバルト文庫)

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