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2016.04.14

『幻想神空海 沙門空海唐の国にて鬼と宴す』 原作を昇華したもう一つの「沙門空海」

 歌舞伎座の四月大歌舞伎で『幻想神空海 沙門空海唐の国にて鬼と宴す』を観劇してきました。副題からわかるように、夢枕獏の同名小説を原作とした新作歌舞伎であります(『幻想神空海』の方は、夢枕獏の空海論の題名)。安倍晴明に続き、空海を演じるは市川染五郎であります。

 時は9世紀初頭、遣唐使として唐に渡った空海と橘逸勢。ふとしたことから、官吏の妻が猫の妖物に憑かれたことを知った空海は、唐における密教の拠点である青竜寺に自分の名を売り込むため、この妖物との対決を決意します。
 しかし想像以上の力を持つ妖物に翻弄された空海は、事件に50年前に死んだ楊貴妃の存在が絡んでいることを察し、逸勢そして白居易とともに大胆にも楊貴妃の墓を暴くことを決意。しかしそれによって楊貴妃にまつわる大秘事に彼らを巻き込んでいくことに……

 そんな本作の物語は、原作である『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』のほとんど異なることはありません。当たり前と言えば当たり前かもしれませんが、しかし原作は単行本で全4巻という大長編。
 この歌舞伎版は、一幕もので2時間20分という、相当に長い部類に入りますが、しかしこの長大な物語を描き切ることができるのか……というこちらの心配は、杞憂に終わりました。この歌舞伎版は、限られた時間の中で、原作の物語をほぼ消化、いや昇華してみせたのであります。

 もちろん、原作と付き合わせてみれば、オミットされた部分は様々にあることは間違いありません。しかし、原作の物語の印象的な部分、骨格となる部分はきっちりと拾い上げ、舞台として換骨奪胎することで、本作は、見事にもう一つの『沙門空海……』として成立していると感じます。
(観劇後、ざっと原作に目を通し直すまで、オミットされた部分に気付かなかったほどです)

 特に感心させられたのは、夢枕獏作品の名物とも言える長い過去編の処理です。原作においては、阿倍仲麻呂らの手紙という形で語られる、50年前の長い物語。本作では、そのくだりを義太夫節に乗せた女形二人の踊りで見せてしまうのであります。
 実は本作、歌舞伎と言いつつも、そこまではほとんど歌舞伎らしい部分は見せぬ、ある意味普通の舞台劇的演出がほとんどなのですが、ここでパッといかにも歌舞伎らしい見せ方で、長い物語をダイジェストしてみせるのはお見事と言うべきでしょう(阿倍仲麻呂という日本人の手紙、という形式とも平仄が合います)。

 ちなみにもう一つ歌舞伎というスタイルをうまく使ってみせたのが、猫の妖物に憑かれた女の描写。
 この女のビジュアルは、頭に猫を乗せているという、かつてないほどダイナミックな直球ぶりなのですが、女からその頭上の猫の妖物に体の主導権が移り、妖物が喋り出すのを、女形の声から地の男性の声に変えることで示すのには、感心させられました。


 私が観劇したのは初日ゆえ、粗を探せばないわけではありませんが、原作の舞台化としても、新作歌舞伎としても、なかなかに楽しめる一幕であったことは間違いありません。

 ちなみに(という取り上げ方も申し訳ありませんが)、染五郎も、逸勢を演じた松也も、実に伸び伸びと演じていたのに好感が持てました。
 染五郎の、晴明とは似て非なる、超人の中の人間くささをより強調してみせた空海も良かったのですが、松也の逸勢は、異国でも(己の才を頼んで)物怖じしない元気さと、その一方での空海への頼りっぷり(「どうしたものかなあ空海」という台詞の天丼ぶりが楽しい)が、なかなかうまく表れていたと感じます。
(ちなみに本作、時事ネタ的なものはほとんどないのですが、松也渾身の「最近はどこで何が漏れるか分からない」には大いに笑わせていただきました)


 先に述べたとおり、実際に観るまでは不安もあったこの歌舞伎版ですが、いやいや、こういうやり方もあるのか、と大いに感心させられた、原作ファンにとって非常に楽しい作品であったと思います。



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