« 大西実生子『僕僕先生』第2巻 胸躍る異郷の旅の思い出と憧れ | トップページ | 『仮面の忍者赤影』 第18話「鳥獣むささび」 »

2016.04.23

白石一郎『海狼伝』 異端者の中の異端者の青春記

 第97回直木賞受賞作にして、歴史時代小説の中でもサブジャンルとして存在する海洋時代小説の中でもマスターピースというべき物語、戦国時代末期の海賊たちの世界を舞台に、一人の少年の成長を瑞々しく描く快作であります。

 時は織田信長が台頭し、戦国時代も終わりに近づいた頃、対馬で海女たちの手伝いをして暮らす少年・笛太郎が、かつてこの地を離れて海で猛威を振るい、やがて朝鮮王朝に下った海賊・宣略将軍とその一党が帰ってきたことを知ることから物語は始まります。

 女手一つで自分を育ててくれた母から、実は将軍が自分の血縁であることを聞かされた笛太郎は、その一党の下働きに加わるのですが、しかし平然と他者の命を奪う海賊稼業と、謎めいた態度をみせる将軍に戸惑うばかり。
 薩摩船を襲った際に一党に捕らえられた明国人奴隷で武術の達人・雷三郎と友情を結び、やがて武者となった笛太郎ですが、その初陣で襲った村上水軍に一党は敗れ、雷三郎ともども、囚われの身となるのでした。

 あわや殺されるところを、行方不明の父がかつて村上水軍の将であったことが判明した笛太郎は、雷三郎と二人で、村上水軍の一党でも変わり者の能島小金吾に預けられることになります。
 武芸や操船はからっきしなものの、ずば抜けた商才を持つ小金吾と笛太郎、雷三郎は、信長と西国大名の緊張が高まる中、各地を奔走。ついに念願の自分たちの船を手に入れるのですが……


 さて、そんな本作を改めて読んでみてまず感じたのは、登場するキャラクター造形の巧みさであります。
 たとえば主人公の笛太郎。確かに生まれに様々な因縁があり、それが彼の運命を大きく変えてはいくものの、しかし彼は決して超人でもヒーローでもありません。

 確かに操船や波・天候を読む能力には長けているものの、武術の腕は並み以下で、「海賊」という言葉からイメージされる勇壮さ(あるいは血なまぐささ)とは、縁遠いところにいる人物であり、どこか好ましい青さを感じさせるのです。
 しかしそれが逆に、彼をこの物語の中では一種異端とも言えるニュートラルさを持つ――その象徴が、海賊の海賊たる所以である略奪や殺人といった行為に違和感を持つ点でしょう――存在として浮かび上がらせると同時に、我々現代の読者にとっても親しみの持てる人物として感情移入させるのであります。
 そしてその異端ぶりは、彼の仲間とも同志ともいうべき雷三郎と小金吾にも共通するところであります。
 武術に優れ、剽悍な側面を持つ雷三郎は、しかし外つ国から連れてこられた異邦人であり、本質的に海賊という集団とはどこか馴染めぬ(その一方で笛太郎という「個」とは交誼を結ぶ)青年。そして小金吾は、村上海賊の一族に生まれながらも、武張ったところがほとんどなく、商人としての才に長けた人物であります(ある意味、本作で一番の異端者かもしれません)。

 もとより海賊とは、「陸」の人間に比べれば異端者であります。しかし本作は、その異端者の中でもさらに異端者であり、結果としてむしろ我々に近いところに立つことになる笛太郎たちの目を通すことで、この特異な世界と、彼らが活躍した時代を俯瞰的に描き出すことに成功しているとすら感じます。
 キャラクター描写の巧みさが、物語と、時代と有機的に結びつき、相乗効果を上げているのには、唸らされるばかりなのです。


 しかし、本作の中心にあるのは、あくまでも笛太郎という少年と青年の間に立つ者の成長記であることは言うまでもありません。
 上で触れたように、海賊に加わりながらも、海賊という存在に違和感を持つ笛太郎。しかしそれであるならば、彼は何者なのか、何ができるのか……その問いかけは、彼にとっては初めて触れる外部、大人の男である宣略将軍の「悪業を重ねる為に生まれたものは天の命じるまま悪業をなせ」という言葉に象徴され、幾度となく物語の中で浮かび上がることとなります。

 もちろん、物語には結末があり、笛太郎の青春にも、一つの区切りがつけられることになります(それがまたえらく盛り上がる形で!)。しかしそれで彼の青春が――生が終わるわけではありません。
 むしろ将軍の言葉に応えたというべき結末を見れば、彼の本当の生はこれからだと言えるでしょう。彼のその先の生を描く続編『海王伝』については、またいずれ折を見て紹介したいと思います。

『海狼伝』(白石一郎 文春文庫) Amazon
海狼伝 (文春文庫)

|

« 大西実生子『僕僕先生』第2巻 胸躍る異郷の旅の思い出と憧れ | トップページ | 『仮面の忍者赤影』 第18話「鳥獣むささび」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/13655/63527461

この記事へのトラックバック一覧です: 白石一郎『海狼伝』 異端者の中の異端者の青春記:

« 大西実生子『僕僕先生』第2巻 胸躍る異郷の旅の思い出と憧れ | トップページ | 『仮面の忍者赤影』 第18話「鳥獣むささび」 »