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2016.04.27

上田秀人『前夜 奥右筆外伝』 正負の継承に繋がる前日譚

 早いもので『奥右筆秘帳』シリーズが完結してからもう3年。現在は『百万石の留守居役』シリーズが展開中ですが、ここに『奥右筆秘帖』が外伝の形で復活しました。『前夜』のサブタイトルからわかるように、シリーズ開始までの登場人物たちの過去を描く短編集であります。

 田沼意知の刃傷に興味を持ってしまったために命を狙われることとなった老獪な奥右筆組頭・立花併右衛門と、その隣家の冷や飯食いで剣の使い手の柊衛悟――文と武、老と若と、対照的な二人が幕政の闇に挑み、強い絆を育んでいく本シリーズは、「この文庫書き下ろし時代小説がすごい!」で二度にわたって第一位に輝くなど、大人気を博してきました。

 物語は、全12巻で大団円を迎えましたが、本書で描かれるのは、冒頭に述べたとおり前日譚。
 併右衛門と衛悟はもちろんのこと、衛悟の巨大な壁として立ち塞がる非情の剣鬼にして甲賀忍・冥府防人と、彼の主であり将軍位を狙う巨魁・一橋民部卿治済を加えた四人の物語が収められています。

 病弱な妻と幼い娘・瑞紀を抱え、引きも財力もない状態の小普請組から己の筆一本でのし上がった併右衛門。
 妹と自分に冷たい父を見限り、己の忍びとしての腕で家名復興を夢見る望月小弥太――後の冥府防人。
 将軍の血を引く御三卿・一橋家の当主として将軍の座を仰ぎ見る中、権力の魔に魅入られていく一橋治済。
 小普請組の次男坊というどんづまりの環境で、剣の道も己の将来も壁にぶつかり、迷い苦しむ柊衛悟。

 外伝と冠されていたことで、個人的には彼ら登場人物それぞれが過去に巻き込まれた事件を描く、本編とはある程度独立した作品を勝手に想像していたのですが、本書に収録されているのは、本編に至るまでの彼らの姿を描く前日譚。
 そういう意味では、本書は完全に本編の補完という印象もあります


 そうした中で一番印象に残ったのは、一橋治済であります。本編では、将軍位を狙う「御前」として暗躍した治済。確かに、本編に幾人も登場した権力亡者の中では一番の大物でありますが、いささか意外なチョイスとも最初は感じました。
 しかし本編では(他の登場人物に比べて)出番が少ないことがあり、ある意味わかりやすい悪役であった治済の内面が……「そこ」に至るまでの心の動きが描かれた本作は、一編の歴史小説として読んでも実に面白いのであります。

 元々は赤の他人であり悪く言えば利用しあう関係であったものが、やがて血よりも濃い絆を結び、そして実際に家族となった併右衛門と衛悟。
 それに対し、本シリーズの治済と家斉は、実の親子でありながらも、将軍位を挟んで激しく対立し、文字通り骨肉の争いを演じてきました。

 そこにあるのは、本シリーズの、上田作品の根底にある「継承」の、いわば正負の姿。
 そしてその負の根底にあるものを――持たざる者には想像しにくいそれを――前日譚の形で巧みに描き出した本作からは、やはり作者ならではの歴史観が、そして作者の技前がくっきりと浮き彫りにされていると感じます。


 本書のあとがきによれば、『百万石の留守居役』完結後の次回作は、本シリーズの続編となるとのこと。それがいつのことになるのか、そしてそこで何が描かれるかはもちろんわかりませんが、本書で描かれたものは、その続編にも継承されていくことは間違いないことでしょう。


『前夜 奥右筆外伝』(上田秀人 講談社文庫) Amazon
前夜 奥右筆外伝 (講談社文庫)


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