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2016.04.05

村山知義『忍びの者 序の巻』 歴史の前に儚く消えるもの

 信長が天下取りに邁進する頃、伊賀は百地三太夫と藤林長門守、対立する二人の上忍が中心となっていた。忍びを軽んずる信長を憎む三太夫は、自分の妻と密通し、殺して逃げた石川五右衛門を捕らえ、信長暗殺の命を与える。盗賊を装い、孤独に信長暗殺を狙う五右衛門の胸中には、ある恐ろしい疑念が……

 忍者小説の古典の一つ、最終的に五部作となった大作の第一部として、1960年から翌々年にかけて「アカハタ」(現「しんぶん赤旗」)に連載された作品であります。
 本作が連載されたのは、忍者小説に数多くの名作が生まれた勃興(復興?)期とも言うべき時期ですが、しかしそれらの作品と本作が一線を画するのは、徹頭徹尾、リアリティを重んじた作風でありましょう。

 本作に登場する忍びの用いる術は、人知を超えた忍法忍術ではなく、あくまでも合理的な、一種の技術とも言うべきもの。
 「万川集海」をはじめとする実在の忍術書の記載を丹念すぎるほどに拾った本作で描かれるのは、どこまでも地に足の着いた詐術やサバイバル術としての忍びの技であり、それを用いる忍びたちも、超人ではあり得ないのであります。


 そんな本作の舞台となるのは、朝倉義景が信長に滅ぼされる前年から、本能寺の変に至るまでの十年間。信長が周囲の諸勢力による包囲網を脱し、天下統一まであと一歩まで迫った、ある意味最も戦国時代らしい時期であります。

 本作の前半(序盤)は、そんな時代の伊賀を二分する一方の上忍・百地三太夫配下の下忍の青年・カシイの視点を中心に描かれることとなります。
 忍びにしては純な心を持つカシイが密かに心を寄せる少女・タモ。くノ一として朝倉義景の下に送り込まれることとなった彼女を案じながらも忍びとして活動を続けるカシイですが、しかし信長の攻撃により一乗谷は炎上することに……

 この事件により、物語からほとんどフェードアウトしたカシイに代わり、中盤以降出番を増やすのが、やはり三太夫配下の石川五右衛門。言うまでもなくあの大盗ですが、本作の五右衛門像は、三太夫の妻を寝取った上に殺害、伊賀を出奔したという、巷説に伝わるそれを踏まえつつも、奇怪な姿を描いていくこととなります。
 というのも、本作において、大盗としての五右衛門は一種のカムフラージュ。三太夫に追い詰められた五右衛門は、隠れ蓑(兼三太夫の軍資金稼ぎ)として盗賊を行う傍ら、信長暗殺を命じられていたのであります。

 信長といえば、本作でも描かれるように、天正伊賀の乱で伊賀を壊滅させた、いわば伊賀忍びの宿敵とも言うべき人物。それ以前から忍びを敵視/軽視する信長の命を縮めるべく様々な手を打っていた三太夫は、直接的な手段として、五右衛門を送り込んだのであります。
 もちろん信長の警戒は厳重、五右衛門が手をこまねいていた間にも時代は刻一刻と動き……


 と、あらすじだけ見れば、忍びを中心に、忍びが歴史を動かす様を描く作品と見えるかもしれません。
 しかし本作における忍びは、確かに歴史の随所に立ち会い、存在するものの、あくまでも傍観者――いや、むしろその歴史の流れの中に翻弄され、弊履のように捨てられていく被害者として、描き出されるのです。

 先に述べたように、特定の勢力に属するでもなく、金のみを頼りに――そしてそれもその大部分を上忍に収奪される――一種の傭兵として生きる下忍たち。彼らは、彼らが時に力を貸し、時に命を狙う戦国武将が、敗れたとしてもスポットライトを当てられるのとは対照的に、最初から最後まで、ひたすらに日陰者として生き、死んでいくのであります。

 上で述べたとおり、本作には一応は中心となるキャラクターが存在するものの、しかし描かれるのはその背後で巨大なうねりを見せる時代そのものであり、その存在の前には、あまりに個人は儚く脆い存在なのです。
 本作において、ある意味権力と陰謀の――あのあまりに有名な結末が示すように――非人間性の象徴として、下忍たちの運命を左右する三太夫と長門守。しかしそんな彼らとて、さらに巨大な力の前では、下忍たちと何ら変わる存在ではないのですから……

 「いくら呪文を唱えても、印を結んでも、ドロンドロンと消え去ることのできないことを、一番身にしみて知っている」忍びたちの姿を描く本作は、どこまでも暗くやりきれなく、そして小説としては時に冗長で退屈な部分もあるのですが――
 しかし、間違いなく本作ならではの、本作でなければ描けなかった重みを持つ作品であります。

『忍びの者 序の巻』(村山知義 岩波現代文庫) Amazon
忍びの者〈1〉序の巻 (岩波現代文庫)

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