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2016.05.20

富樫倫太郎『妖説源氏物語』壱 光源氏の血を引く者たちの魔界行

 まさしく国民文学と言うべき『源氏物語』は、成立以降も様々な形でバリエーションを生んできました。歴史時代小説のジャンルにおいてもそれは様々に存在するのですが、本作はその中でも異色の作品。光源氏既に亡き時代に、その子・薫中将と、その孫・匂宮が魔物たちと対峙する連作集であります。

 光源氏と女三の宮の間に生まれ、生まれつき体から芳しい香りを放つ薫の君(薫中将)。今上帝と光源氏の娘・明石中宮の間に生まれ、薫の君への対抗心から衣に薫物を焚き染めている匂宮。
 薫の君は生真面目で物静か、匂宮は奔放で享楽的と正反対の性格ながら、ともに光源氏の血を引き見目麗しい、当代きっての貴公子と呼ばれる二人であります。

 本作がまずユニークなのは、源氏物語を題材としつつも、光源氏ではなく、この二人を主人公としていることでしょう。冒頭に述べたとおり、様々な形で物語の題材となっている原典ですが、そこで扱われるのはやはり光源氏がほとんどなのですから。

 薫の君と匂宮といえば、岡田鯱彦の『薫大将と匂宮』がすぐに浮かびますが、あちらが二人の晩年の姿だとすれば、本作で描かれるのは若き日の二人の姿。宇治十帖の始まりである第45帖「橋姫」の前、第42帖の「匂宮」の辺りから、物語は始まることとなります。


 先に述べたとおり正反対の性格ながら、幼少期を一緒に過ごし、年齢も一歳しか違わぬことから、何かと行動を共にする……というより、匂宮が薫の君を引きずり出す形の二人。本作はそんな二人が、何故か次々と魔物絡みの事件に巻き込まれる様を描きます。

 危篤となった賭け狂いの友人のもとに借金を取り立てに行った匂宮と薫が巻き込まれた恐怖を描く「鯰中納言」
 町中で奇妙な傀儡師に見込まれた匂宮に代わり拐かされた女房を救うために二人が奇怪な屋敷に赴く「行くなの屋敷」
 孤独な少年に自分を投影していた薫が、少年を飲み込んだ魔性の鏡の中に飛び込んでいく「神獣妖変仙人鏡」

 富樫倫太郎といえば、デビュー後しばらくは独自の平安伝奇で活躍していただけに、本作で描かれるのも、ユニークかつどこまでも生臭い空気が漂う世界。
 特に登場する魔物はいずれも可愛げのないおぞましい連中ばかり、あくまでもただの貴公子に過ぎない薫と匂宮は、魔物たちを前に悲鳴を上げるしかないのですが……そこは魔物退治役として、謎めいた少年陰陽師・白鴎が設定されているのはぬかりないところであります。


 さて、上で述べたあらすじを見ればわかるように、本作は、少なくともこの第一巻の時点では、原典のエピソードを特に下敷きにしたものではなく(第一話の中で、匂宮が六条院で賭弓の還饗を催す描写があるのが、ある意味最も原典寄りかもしれません)、独自の物語が展開していきます。

 それではこの設定にする意味は、と思われるかもしれませんが、その点については、登場人物たちの、特に薫の君の人物造形に注目すべきかと思います。
 本作で描かれる薫は、先に述べたとおり恵まれすぎるほどに恵まれたものをもって生まれながらも、若くして仏道に憧れるなど、どこか浮き世離れした人物。
 その根底にあるのは、ほとんど記憶に残っていない父と、自分を生んですぐに仏門に入った母への乾いた想いと、あるいは自分は父の子ではないのではないかという疑念であります。

 そう、この設定は、ほとんど原典そのまま。こうして見るとあまりに現代的な薫の人物造形に驚かされる……というのはともかく、そんな陰翳に富んだ人物像の彼が、魑魅魍魎蠢く魔界に一歩足を踏み入れればどのようなことになるか。
 その辺りは第三話にも顕著でありますが、そこから生まれるものは、本作ならではの、本作でなければ読めぬものであることは間違いありません。


 紫式部が生み出した王朝絵巻と、富樫倫太郎による魔界絵巻、その両者が交わったときどのような化学反応が起きることとなるのか……残る二巻もいずれ取り上げましょう。


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