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2016.05.27

八犬伝特集その十九の一 時海結以『南総里見八犬伝 一 運命の仲間』

 様々なノベライズを中心に活躍中の時海結以による、児童向け『南総里見八犬伝』の第一巻であります。八犬伝には、これまでも様々な児童向けリライトが発表されておりますが、本作は全三巻予定ということもあってか、物語の展開だけでなく、人物描写にもかなり力を入れている印象です。

 『南総里見八犬伝』のリライトと一口に言っても、実は物語の要素の取捨選択で、様々なバリエーションがあります。
 中には原典とは物語展開が大きく異なる作品もあるのですが、伏姫の物語ではなく、信乃の物語から始まることを除けば(少なくとも第一巻の時点では)、本作の物語展開は原典に比較的忠実な内容と言えます。

 その一方で原典と異なる……というより踏み出しているのは、登場人物の心理描写。読本特有の心理描写の薄さを補強するというのは、八犬伝リライトでは定番中の定番なのですが、本作は感情の動きに力を入れている印象があるのです。

 特に本書においてはほぼ主人公である信乃については、原典以上に叔父夫婦をはじめとする周囲に虐められ、艱難に耐える描写が多いのですが、その中で何とか生き抜こうとする、強くあろうとするという彼の想いは実にけなげで、読んでいるこちらの心の方も大いに揺さぶられていくのであります。
(ちなみに本作の村雨丸は、強い心を持たぬ者が抜けば災いをなすという設定のため、その点からも信乃は強くあらねばならないのであります)

 そんな彼が、荘助をはじめ、現八、小文吾、親兵衛、道節といった、まさしく「運命の仲間」と出会い、自分がこの世界に寄る辺なき孤独な存在ではなかったこと、そして自分に為すべきこと、できることがあることを知る展開も、それまでの想いの積み重ねがあるからこそ、大いに盛り上がるのです。

 そして面白いのは、そんな人物描写の掘り下げは、八犬士のみに留まるものではないことです。その代表が、おそらくは本作で最も原典から設定が変わったであろう、山林房八です。

 原典では、小文吾の妹の夫でありながら彼と対立し、お尋ね者である信乃を差し出させようとする憎まれ役と見せておいて、実は……という房八。
 原典では彼の祖父と小文吾の叔父の間に因縁があるのですがそれはオミットされ、代わりに祖父が里見家に仕えており、その縁で彼も八房と八犬士の因縁を知っているという設定に変更されております。

 そんな彼が辿る運命は原典同様なのですが、しかし本作においては、自分が信乃の身代わりとなることで、密かに憧れていた「八犬士」になることができる……と喜んで命を差し出すというアレンジが、何とも泣かせるのであります。
 もっとも、何故かおぬいさんと夫婦ではないので、彼女の巻き添え感は原典以上なのですが……
(また、おぬいが小文吾の姉となっているのですが、これは親兵衛の年齢を引き上げるための措置でしょうか)


 何はともあれ、現代の読者、特に少年少女が読んで面白い作品とするために、残すべきはしっかりと残し、補うべくは巧みに補ったという印象の本作。この辺りのさじ加減は、この作者なればこそと言うべきでしょうか。

 本書に収められているのは、信乃・現八・小文吾が荘助を救出し、道節と出会ったことで五犬士が荒芽山に勢揃いしたものの、管領軍の攻撃の前にちりぢりとなってしまうくだりまで。
 この先、残り2巻でどのような「八犬伝」が描かれることとなるのか。殊に、これまでのリライトではほとんどの場合大幅にリライトされてきた(それはまあ、無理はないのですが)八犬士集結後の物語、関東連合軍戦がどのように描かれるのか、大いに気になるところですが……

 少なくともクオリティの点については心配はないと言い切ってしまってもよいかと思います。


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