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2016.05.06

荻原規子『風神秘抄』下巻 死と生、神と人の間を歩んだ果てに

 平安時代末期を舞台に、孤独な笛吹きの少年・草十郎と勝ち気な白拍子の少女・糸世、そして鳥の王を自称するカラス・鳥彦王の冒険と苦難の旅路を描くファンタジーの下巻であります。ついに互いの想いを確かめ合った草十郎と糸世ですが、二人は思わぬ形で引き裂かれることに……

(今回、物語の核心に触れることになりますので、ご容赦下さい)
 平治の乱に源義平の郎党として参加したものの、敗れて流浪の身となった草十郎。自分とだけ言葉を交わすことができる不思議なカラス・鳥彦王と道連れになった彼は、京の河原で糸世の舞を目撃することになります。
 思わず吹き始めた草十郎の笛と共鳴し、様々な奇瑞を起こす糸世の舞。実に時空の因果に作用し、歴史を書き変える二人の笛と舞は、幼い頼朝の運命を変えるほどの力を持つのでした。

 その力に目を付けた後白河法皇により、彼の寿命を延ばす舞を求められる二人。互いに惹かれあい、紆余曲折を経て想いを確かめ合った糸世のため、その求めを受ける草十郎ですが、舞の最中に意識を乱した結果、糸世はその場から消失してしまうのでした。
 一度は失意のどん底に沈みながらも、彼女を取り戻すわずかな希望を胸に、鳥彦王とともに旅立った草十郎は、富士から鳥彦王の里を経て、熊野に向かうことに……


 上巻でボーイミーツガールを描いた物語は――もちろんその要素は踏まえつつも――この下巻では、いささか異なる趣で描かれることとなります。
 それは生と死の物語とでも申しましょうか、まさに神隠しのように消えた糸世を追う草十郎と鳥彦王の旅路は、こうした色彩を帯びた、強く神話的な物語として展開していくこととなります。

 たぐいまれな音と舞の力により、異界の扉を開けるほどの力を持っていた草十郎と糸世。しかし一度そのリズムを崩した時、糸世はその異界に落ち込み、姿を消すこととなります。
 彼女が異界に消えたのだとすれば、彼女のもとに向かい、救い出すためには、やはり異界に近づかなければならない。そしてそれは必然的に、生と死の間に存在する――いや、後者にはるかに近い世界に近づく旅となっていくのであります。

 旅の途中で草十郎が出会う源氏ゆかりの女性・万寿姫は、まさにこの死の象徴としての存在。ある意味糸世の対極に立つ者である彼女との対峙を通じて描かれるのは、草十郎が向かう先の選択であり、物語で大きな意味を持つことになります。

 そして物語の終盤において、草十郎はさらに大きな選択を迫られることとなります。それは人と王の――あるいは人と神とすら呼べる者の選択であります。
 この長い物語において、草十郎のお目付役として、相棒として、そして友として行動を共にしてきた鳥彦王。彼こそは鳥たちの王であり――そして鳥の王に選ばれた者はその絶大な力を得て、人の世の王、すなわち帝となることも夢ではないのであります。

 そしてもちろん鳥彦王が選ぶのは草十郎。では選ばれた草十郎は、何を望むのか――

 彼は決して恵まれた生を送ってきた者ではありません。幼い頃から孤独に過ごし、ようやく見つけた尊敬できる主を戦で失い、そし自分の半身とも言うべき糸世との暮らしを夢見ても、そこに権力者たる後白河法皇の存在が陰を落とすことになります。
 そんな彼が、この世の王たる道を選んでも、あるいは不思議ではないのかもしれませんが……しかし、そこで彼を繋ぎ止めるものがあります。

 それはこの旅で彼が出会ってきた、ごく普通の人々の存在。歴史に名を残した者、残さぬ者、それぞれに自分の生を懸命に生きる、そんな当たり前の人々との触れ合いが、彼の道を決めるのであります。
 それは、死と生、神と人の間を歩いてきた彼の旅の決着としてふさわしいものであると同時に、一人の少年の成長物語としてもまた、見事な結末であると申せましょう。

 そしてその代償に彼が何を得て何を失ったのか……ある種の神話的色彩が感じられる結末は、もの寂しいと同時に、自分自身の道を選び取った者の力強さが感じられます。
 そしてまたそこに、神から人へ、王から人へと移りゆく、勾玉三部作と本作を繋ぐもの、移ろいゆくものを見いだすことも可能ではないでしょうか。


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