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2016.06.06

出海まこと『天正真田戦記 名胡桃事変』(その2) 普通の男と普通でない男の対峙

 出海まことの新たな真田戦記、『天正真田戦記』の紹介の後編です。まだまだ発展途上ながら、若くして異能の才を見せる幸村と並ぶ本作のもう一つの極、もう一人の主人公と言うべき人物の存在。それは北条家の家臣・猪俣邦憲であります。

 猪俣邦憲――秀吉の調停による真田と北条の停戦を破り、名胡桃城に攻め込んだ男として、そしてその後の巨大な歴史の動きの端緒を作った男として知られる人物であります。
 その邦憲は、本作においては、当主である氏政ではなく、その弟の氏邦の臣として、沼田城を舞台に幾度となく真田家と戦いを繰り返し、矢沢頼綱を前に連戦連敗を重ねてきた男として描かれることとなります。

 その敗戦は、もう相手が悪かったとしかいうほかありませんが、世間知らずの氏政には嘲笑われ、鬱憤は溜まるばかり。秀吉の調停(という名の圧力)によって真田家との停戦がなった後も、いや停戦となったからこそ、己の力を振るう場所を、己の力を示す戦場を求めていよいよ邦憲の想いは高まっていきます。
 そしてその想いは、やはり鬱屈したものを抱える名胡桃城主の義兄と思わぬ形で出会ったことから、危険な形で爆発することになるのであります。


 後世の記録等では、短慮からその後の主家の運命を変えたとして、芳しからぬ評価を受けている邦憲。本作はその邦憲を、あくまでもごく普通の男として描き出します。戦の中で己の勤めを果たし、それによって主家の、己の名を上げ、後世に繋げることを望む者として……
 それは戦国時代の武士としての普通であると同時に、男として、いや人間としては何時の時代も大して変わらぬ望みを持つ者の姿でありましょう。

 そんな男が、戦国乱世の中で、普通ではない男たちと対峙し、普通ではない事態に巻き込まれた時、何を想い、何を為すのか? 本作の後半で描かれる名胡桃事変を通じて、自らが普通ではない存在でありつつも、普通の少年としての想いを抱く幸村とはある意味対になるものとして邦憲の姿は描かれることになります。
 そしてその重層的な構造が、視点が、本作に歴史小説としての深みを与えていることは間違いありません。

(ちなみに北条で忍びといえば……な風魔小太郎は、本作においてはこの邦憲とは兄弟同然に育った親友、という設定。そのひねりの効いた人物像、幸村との因縁の形も含めて、実に面白いキャラであります)


 もちろん、本作の基本は、血沸き肉踊る活劇であり、その点は後半も変わることはありません。停戦状態であるが故に、名胡桃城奪回に動くことができない真田家。しかし、ごく少数の者たちが、その場にいないことになっている者たちが動けば……
 そこにフィクションの主人公としての「幸村」の活躍の場を設定してみせるのには、ただ拍手喝采するほかありません。

 そしてその先に幸村が何を想い、何を見出すのか……実に本作は、一人の少年の成長物語としても、爽快な味わいを残してくれるのです。

 『ロクモンセンキ』同様、今回も池波節が随所に見られるのは引っかからないでもありませんが、それが小さなことに思えるのは、本作の多角的な魅力故でありましょうか。
 十勇士に当たるであろう「九人」の異能の士も揃ったことではありますし、『ロクモンセンキ』、そして本作に続く、第三の幸村の物語の登場を、心から待ち望んでいるところです。


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