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2016.06.29

碧也ぴんく『義経鬼 陰陽師法眼の娘』第4巻 友と庇護者と愛する人と……

 術の失敗により、源九郎義経の体にその魂を宿すこととなった鬼一法眼の娘・皆鶴が、九郎になり変わって平家と戦うこの物語ももう第4巻。源平の合戦はいよいよ激しさを増し、舞台を一の谷から京、屋島へ移していくこととなります。そして屋島で彼女を待つ運命とは……

 幾多の苦節苦闘を重ねながらも、仲間を増やし、ついに九郎の兄・頼朝と対面した皆鶴。
 しかし、なかなか自分を平家打倒の軍に加えようとしない頼朝に振り回された上に、思いもよらぬタイミングで皆鶴が意識を失い、九郎が表に出てきたことで、さらなる苦戦を強いられることとなります。

 それでもかろうじて一の谷の戦で猛将・平教経率いる平家軍を打倒した皆鶴が、訪れた京で対面したのは、白拍子の美少女・静。前巻で九郎――皆鶴ではなく――と出会っていた静は、九郎と契りを交わしたと言い出すのですが……

 一種の性別逆転ものである本作ですが、その場合に気になるのは、九郎の愛と性。言うまでもなく静といえば静御前、義経の最愛の人として、子まで成したと伝えられる人物であります。
 しかし九郎の中身は女性の皆鶴、これは……と思いきや、なかなかユニークな抜け道を用意しているのが面白いところでしょう。

 そして面白いだけでなく、結果的に皆鶴の存在を知った静が、武士という男の世界の中で(そして男の体の中で)孤独な生を強いられている皆鶴にとって、仲間とも親友とも呼べる間柄となるのが実にいい。
 皆鶴にとっての理解者であるのはもちろん、(彼女に比べれば奔放に見えようとも)白拍子という立場に縛られざるを得ない静にとっても、互いが大きな支えとなるという関係性は、これは変則的ながらも女性を主人公とする本作ならではのものであります。

 さて、もう一人京で皆鶴の前に現れるのは、後白河法皇その人。かつては至上の位にありながらも、時に芸人たちと立ち交じって踊り歌う彼のキャラクターは、まさに後世に伝わる破格の人物そのままなのですが……
 しかしその法皇の持つ陰の部分を、ちょっとしたエピソードでもって間接的に――それも皆鶴ではなく弁慶を通じてというさらに二重の意味で――仄めかせてみせるという手法も巧みと申せましょう。


 しかし、静という友を得ても、法皇という庇護者を得ても、満たされないのは皆鶴の想い。彼女が自分自身となるためには――九郎と分かれるためには、平家を倒さねばならず、しかし頼朝は依然として皆鶴が平家と戦うのを禁じるのですから。

 その抑えつけられた想いがどこに向かうのか、それは歴史が示すとおりであり、後々の悲劇を予感させるのですが……しかし皆鶴にとっては、救いとも呼べる人物が存在します。
 それは言うまでもなく、佐藤継信。弟の忠信とともに、奥州から皆鶴に従ってきた美丈夫であり、皆鶴の秘密を知る一人であります。

 彼女が平家と戦う理由を知り、そして彼女が自分自身の中で戦っていることを知る継信。しかし源氏の御曹司の郎党でありつつも、いわば奥州藤原氏から出向してきたという複雑な立場にある彼もまた、孤独を内に抱える人物であります。

 共に孤独を抱え、そしてままならぬ現実に翻弄される二人、互いに支え合う二人に、一度火が付けば……といってももちろん節度ある関係ですが、しかし皆鶴がめったにみせないような、歳相応の女の子らしい表情を見せるのは、何とも微笑ましく、ホッとさせられるところです。


 そして互いの気持ちを確かめ合った二人が向かうのは、屋島の戦い。……そう、あの屋島の戦いであります。
 この戦いの中で何が起こるのか、この時代に詳しい方であればよくご存知でしょう、そしてその瞬間は、本作においても間違いなく訪れることになります。この上もなく残酷な形で。

 果たしてこの悲しみを皆鶴は乗り越えることができるのか、そしてこの先に待ち受ける更なる無情な運命に、彼女は如何に立ち向かっていくのか……
 我々のよく知る物語が、全く異なる色彩で以って描かれる本作もいよいよ佳境であります。


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